第11話 「お前のせいで人生詰んで泣いてるんだよ!」
ドアの隙間から見える光景。
床の大部分が服や雑誌に埋め尽くされていた。
ぽつんと置かれているテーブルの上には、大量の紙袋やビニール袋、空き缶、飲みかけのペットボトルが散在している。
「ヒナ、これって……」
「聖さん、あれを見てください!」
ヒナが指さす方向。
システムキッチンのシンクに、食器が乱雑に積まれていた。
「だらしないと思いません?」
聖がこめかみに手を当てて顔を歪ませる。
「ちょっとまって。嫌な予感。というか、すでに確信が……」
「極めつけはあれです!」
ヒナがドアを小さく開くと、リビングの奥が視界に入った。
大型の液晶テレビ。そこにはフリルのたくさんついたビビッドな衣装を身にまとった少女たちが歌と共にダンスを踊るアニメーションが流れていた。
「なにこれ……」
「違いますよ! テレビじゃなくてそれを見てる女性の方です」
視線を更に奥へと移動させる。
「よっ……ほっ……」
テレビを見ながらダンスを踊る大人の女性の姿があった。
「うーん。また失敗」
女性は頭を捻りながら、物の散らばったフローリングからリモコンを取り出し、映像をストップした。
「ここでいつも止まるのよね――もう一回始めから通してみよう」
そのままリモコンを操作し、画面内の映像を巻き戻す。
「ね、怖いでしょ?」
ヒナが同意を求めるように振り向く。
「……」
あまりの意味不明な光景と、ズレた感想しか口にしないヒナに、聖の思考はショートしかけていた。
「一旦引き返しましょうか? 流石の聖さんも、女児向けダンスを真剣に踊る女性相手では一筋縄ではいかないですよね」
この場を離れようとしだしたヒナの動きに、聖がガッとヒナの肩をつかんだ。
「ちょ、聖さん! こんなところで何を……」
「お前、さっきからずっと、女性って言ってるよな」
「そうですけど、何か?」
「あれは、モンスターではないんだよな?」
ヒナがクスクスと笑い出した。
「やだなぁ。あの人が聞いたらショックで落ち込んじゃいますよ」
その台詞で、聖の我慢が限界にきた。
「お前はっ、俺に何させてんだよ!」
掴んだ肩を思い切り揺らす。
「ひ、聖さん! あんまり揺らしちゃだめです! あいつに気づかれます!」
「あいつも何も、これってやっぱり――っ」
聖がハッと振り返る。
真っ直ぐに伸びた狭い廊下には開封されていないヨガマットや大量のダンボールが放置されている。
その先に見える無機質なドアは、どうみても玄関のドア。
「ただの普通の部屋、そのものじゃねえか!」
あたふたする聖を見て、首をかしげるヒナ。
「そうなんですか?」
「そうだよ!」
軽快な歌が流れ始めた。
画面内の少女たちが踊りだすのと同時に、液晶の前に立つ女性が、同様の動きで踊りだす。
画面の中の少女たちはにこやかだが、女性の表情は真剣そのものだった。
「あ! 見てください聖さん! いい年した女性が下着姿で――怖い! わたし怖いですよ聖さん!」
「あれはブラトップって言って、見られてもいい下着なんだよ! ――じゃなくて! まずいじゃないか!」
更に首をかしげるヒナ。
「え? なんで?」
「どう見てもあの人の部屋だよ! プライベート覗いちまったじゃないか!」
ヒナが「ふふっ」と口元を手で覆い、肩を微かに揺らす。
「まったく聖さんったら。ここはダンジョンですよ」
「他人の部屋だよ! 何が秘密の部屋だ!」
聖がヒナの手を掴み、力強く引っ張る。
「な、何するんですか!」
「今すぐ出るぞ――って! 何で抵抗するんだよ!」
「聖さんこそ、急にどうしたんで――あ」
聖が力を抜いたせいで、ヒナが勢いあまって体ごとドアを開けた。
ヒナに引っ張られ、聖ごとリビングになだれ込むように倒れる二人。
ドスン!
音が響いた。
「誰!」
女性が振り向く。
「いたた……ひどいですよぉ聖さん」
「お前のせいだろ――はっ」
聖はすぐに立ち上がり、身構えた。
部屋の中を見渡す。
やはりここは、覗き込んだ時に思った通り、少し広めの一般的なリビング。
女児向けアニメの歌を背景に、女性が驚いた表情でこちらを見つめている。
――まずい。
聖はすぐに女性に向かって深々と頭を下げた。
「すいませんでしたぁっ!!」
女性が驚いたままの表情で口を開く。
「なんで、ここに……どうやって……」
聖の身体が沸騰するように熱を帯び始めた。
視線の先には、今日一番の大量の汗がフローリングの上にしたたり落ちていた。
互いが困惑で沈黙する。
その間も流れ続ける軽快な歌。
その状況を打ち砕くようにヒナが立ち上がった。
「お答えしましょう。多元宇宙一このダンジョンの秘密を知るわたしが、秘密の部屋への入り方を聖さんに伝授したのです」
いつものポーズで「むふー」とドヤ顔を決めるヒナ。
対照的に聖の頭の中は絶望に支配されていた。
――終わった。まさか、モンスターに殺られるのではなく、社会的に抹殺されることになるとは。
脳裏に月乃の屈託のない笑顔がよぎる。
――ごめん。こんなことで俺たちの生活が終わるなんて。
胸が苦しくなり、涙が込み上げてきた。
「あれ? どうしたんですか聖さん。もしかして泣いているのですか? そんなに秘密の部屋に入れたことが嬉しいのですか?」
ヒナが聖の頭を撫でる。
「まったく。聖さんも子供ですねぇ」
聖がバッと勢いよく頭を上げた。
「バカ! お前のせいで人生詰んで泣いてるんだよ!」
唐突に、女性がリモコンで液晶の電源を消した。
そして、そのままこちらに向かって近づいてきた。
「――っ」
恐怖でたじろぐ聖。
女性はテーブルにあった飲みかけのペットボトルを口にしながら、二人の前に立った。
「なるほど……だいたい事情はつかめたわ」
淡々とした女性の反応。
聖はその冷たさに、逆に心拍数を跳ね上がらせた。
「あんたね。こんなインチキ教えたの」
声色以上に冷たい視線を向けられ、ヒナは顔を引きつらせて両手を振った。
「い、いんちきとはひどいです! 悪いのはこんな抜け道を作った人で――」
女性から向けられる無言の追及。
じわじわと迫る圧力に負け、ついにヒナも首を垂れた。
「ごめんなさい」
女性は深く肩を落として、ため息をついていた。
◇◇◇
テーブルを囲んで椅子に座る三人。
中央には、謎の女性に差し出されたルイボスティーのペットボトルが置かれている。
「あのね。この部屋は地下100階層クリア後のボーナスステージ――聖域なの。地下45階層もクリアされていない状況で、ここに誰かが辿り着くとか、普通思わないよね?」
「はぁ……」
疲れた口調で語り掛ける女性に、聖は空返事で答えた。
――俺は、『秘宝』を手に入れるために、ここに来たはずだ。
しかし、これではどう見ても、不法侵入で事情聴取を受けている容疑者ではないか。
女性が不満げに唇を噛んだ。
「ちょっと君。さっきから空返事ばっかだけど、やってしまったことの深刻さ、ちゃんと理解しているの?」
「うわ、まずぅ――聖さん、このお茶安物ですよ。たぶん六十円ぐらいの」
空気を読まないヒナの一言に、女性がドンッ! と机を強く叩いた。
「ヒナ! そもそもの原因はあんたでしょ! なんで部外者みたいな顔してんのよ!」
「ひ。おばさん、ごめんなさい!」
「お姉さんでしょ!」
ヒナはしゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい……セラフィナお姉さま」
セラフィナと呼ばれた女性がフン、と鼻息を荒げる。
――このままでは、訳のわからない寸劇が続いてしまう。
危機感を抱いた聖が恐る恐る手を上げた。
「あ、あの……質問とかしてもよろしいでしょうか」
セラフィナが、きっと睨みつける。
だが、意を決した聖は手を震えさせながらも質問を続ける。
「お二人はお知り合いなんですか?」
聖の瞳に、ヒナとセラフィナの姿が映り込む。
二人は同様に、きょとんとした顔つき。
「いや、知らない」
「初対面ですよ」
これまで必死に状況を飲み込もうとしていた聖に、限界が訪れた。
「なんなんだよ、もう!」
両肘を机に叩きつけ、頭を抱える。
「顔見知りじゃないのかよ! わけわかんないよ!! 俺はどうしたらいいんだよ!!!」
「わああ、聖さん、へこたれないで!」
ヒナが聖の後ろに立ち、なぜか肩をもみだした。
全く意味の分からない行動。けれども、ヒナ自身は本気で慌てふためき、必死に聖を労おうとしている。
そのやり取りを見ていたセラフィナの表情が、軽くなった。
「へぇ――仲いいんだ」
落ち着いた声に、聖はゆっくりと顔を上げる。
「何がですか?」
「べっつにぃ」
そう言って立ち上がったセラフィナの顔には、自然な笑みが浮かんでいた。
「まあ、来ちゃったものは仕方ないか。報酬を与えるのがこの階層のルールだからね」
報酬。
その単語を聞いた瞬間、聖の全身に力が蘇った。肩に置かれたヒナの手を弾くようにして、勢いよく背筋を立てる。
「あるのか!? 秘密の宝!」
セラフィナが呆れて問い返す。
「それが目的で来たんでしょ?」
彼女の言葉に、強張っていた感情がどろりと溶けていく。
ほっとしすぎて、また、目頭に涙がたまりだした。
「よかった――ちゃんと秘宝はあるんだ」
これで、月乃と離れ離れにならずに済む。
聖はこぼれ落ちそうな涙を自分の手で拭った。
「知らないOLの部屋にぶち込まれただけかと、本当に不安で……」
「OLじゃないし、てか、なんで牢獄風に言う」
セラフィナが、部屋をぐるりと一瞥する。
「……もうちょっと、片づけた方が良いかしら」
聖が無言で頷く。
セラフィナのこめかみがピキッと引きつった。
「さすがヒナちゃんが連れてきたお客さんね……いい度胸してるじゃない」
ヒナがにっこりと無邪気な笑顔を向ける。
「ええ、それはもう。わたしのチームメイトですから」
相変わらず空気を読まない素直な反応に、セラフィナが呆れまじりのため息をついた。
「――しょうがない。いい? よく聞いてよ」
咳払いをしたセラフィナが、一瞬で雰囲気を変える。
その顔つきは穏やかで、別人のように慈愛に満ち溢れていた。
「ここまで辿り着けた勇敢なる者よ。その意志を讃え、私、大賢者セラフィナより、導きとして『ニュールート』三大秘宝の中から一つ。貴方に授けましょう」
セラフィナの醸し出す厳かな雰囲気に、聖の目が大きく開いた。
――しかし、台詞に不釣り合いなゆるい下着姿と汚い部屋の風景に、昂った気持ちが急速に冷めてしまう。
聖の緩んだ表情に、セラフィナは怪訝な色を浮かべた。
「何? 嬉しくないの?」
「いや……嬉しいですけど。なんというか……この場で秘宝とか言われても気持ちが盛り上がりづらいというか……」
もごもごする聖。
その様子を見て、何かに気付いたようにセラフィナがにやりと笑った。
「ははーん。なるほど」
セラフィナが急に得意げな視線を向け、片手を腰に添えながらしなやかなボディラインを見せつけてきた。
「私に発情したな。思春期」
「いや、それはない」
二人のやり取りを無言で見つめるヒナ。
備え付けられた冷蔵庫の低い駆動音だけがやけに響いていた。




