第9話 「あの少女には気をつけろ」
聖の目が大きく開かれた。
他の冒険者に疎い聖だが、それでも『ニュールート』におけるランキングを意識していないわけではない。
日々入れ替わる冒険者ランキングの中、首位を独走し続ける絶対王者。
チーム『クロノス』。
そのリーダー『黒乃彗』を前に、聖はどう反応していいのかわからなくなってしまっていた。
「おいおいおいおい、第一位にケンカ売った新人がいるって本当か?」
喧騒にハッと気づき、慌てて周囲を見渡した。
いつのまにか、二人を囲むように人だかりができていた。
「もう一人の男は誰だ? チーム『LUNAR』? ……知らねえな」
「きゃー!!! クロノス様ーっ!!! こっち向いてー!!!」
「あいつ、昨日は双子と配信していたやつじゃね?」
「双子の次は第一位かよ、節操がねえな」
ただ姿を現しただけで、これほどまでに周囲が動く。
同じ人間のはずなのに、自分とは生きている世界が違う。
改めて『黒乃彗』を見つめる聖。
敵意を向けられているわけでもないのに、足がすくんでしまう。
すると、黒乃が聖との距離を縮めた。
拒絶できない圧力に、聖は反射的に身構えてしまう。
周囲の見物人たちもまた、一斉に言葉を失った。
「す――」
黒乃が口を開いた。
瞬間、聖の脳裏にさまざまな未来が浮かぶ。
「す」――この後に続く言葉は何だ?
「全てを終わらせる。慈悲などない」
「好きに逃げるがいい。結末は変わらない」
「好きです! 付き合ってください!」
「スシ! テンプラ! スキヤキ!」
恐怖のあまり、途中から訳の分からない台詞に頭を支配され、聖はより混乱してしまう。
ちらりと黒乃の右手が上がる予備動作が目に入った。
迷っている暇はない、やられる前にやり返すしか、生き残る方法はない。
「――す、すみませんでしたぁ!」
黒乃の動きを制するように、聖は全力で頭を下げた。
目に映る地下1階層の床。そこにぽたぽたと自分の流した冷汗が跡をつける。
とにかく謝れば許してくれるはず。
自分にそう言い聞かせながら、絶対王者が通り過ぎるまでの時間を耐える。
無限に続くかのような沈黙の時間。すると――。
「謝るのはこっちだ」
予期せぬ台詞が聞こえ、聖は勢いよく頭を上げた。
「はい! 全部俺のルナが黒乃さんのドローンにぶつかったのが悪かっ――ん?」
黒乃は一切表情を変えずに、こちらを見つめていた。
「……今、何とおっしゃいましたか?」
黒乃の片眉がわずかに動いた。
「話してもいいかな?」
「は、はい! ぜひ!」
空気を変えるように、咳払いをする絶対王者。
「すまなかった。アナが迷惑をかけたようだ。あいつは性格が壊れているから、俺から謝罪させてくれ」
聖の思考が真っ白になった。
「修理が必要なら、請求書を回してくれれば――」
「ちょっと待ってくださいまし!」
アナスタシアと名乗るドローンが聖たちの間に入り込んだ。
「被害者はこっちですわ! どうしてパートナーの私じゃなくて、得体の知れない男に謝罪、さらには見知らぬ手作りボロドローンの回収費用まで払うなんて、ちょっと頭がおかしいのではなくて? あ、ごめんなさい、主人の頭のネジが100本ほど抜けているのは昔から――」
「アナ」
「――はい?」
「少し黙ってくれ」
アナスタシアが突如爆散した。
猛烈な風圧が襲い掛かり、聖は思わず目をつむる。
続くように周囲の見物人たちも風に煽られ、ホール中の備品が激しく揺れた。
ドゴォォォン――ッ!!!
爆音が遅れてフロア中に響き渡った。
風圧が過ぎ去り、ゆっくりと瞼を開けると、アナスタシアが浮かんでいた場所が煙で渦を巻いていた。
「おいおいおいおい、第一位キレさせたぞ、あの新人」
「上位魔法の『ルミナス・エクスプロージョン』をあのスピードで……さすがは王者ってところか」
「きゃー!!! クロノス様ーっ!!! 私も殺してー!!!」
何が起きたのかわからない見物人たちのざわめきが、より一層強くなる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
呆然とする聖に、ルナが心配そうに声をかける。
「いや、俺は何とも……むしろあのドローンの方が」
煙が晴れていく。
すると、煤で汚れたものの、これといった傷もできていないアナスタシアが息継ぎをするように煙から飛び出した。
「甘いですわね主人。この程度の魔法で私を止められるとお思い?」
眉間に手を当てながら、黒乃がため息をつく。
「なあ、そこのドローン」
「……え!? わ、私!?」
聖に抱かれたルナが機体を大きく跳ねさせた。
「すまないが、アナをどこかに連れて行ってくれないか? こいつがいると話が前に進まない」
聖の目とルナのレンズが、無言で視線を交わす。
「なんて失礼!! むしろ口下手な主人のために仕方なく引っ込み思案な私が――」
いつ息継ぎするんだ、という勢いでしゃべり続けるアナスタシアを一瞥した聖が、改めてルナにお願いする。
「……あのドローンと散歩にでも行ってくれないか?」
「了解」
黒乃の頭上を旋回しながら言葉を続けるアナスタシアに向かって、ルナがふわりと飛び立った。
「え? 何? お声がけ? 申し訳ございませんが今立て込んでおりますので――」
「はいはい。わかったから、ちょっと散歩に行くわよ」
ルナは機体内から両腕を伸ばし、そのままアナスタシアをアームで捕まえた。
「えっ……強引っっ。そんなに私とお近づきになりたいのかしら」
「そうそう――ていうか、ドローン同士で散歩とか初めての経験よ」
「あら、奇遇。実は私もドローン同士のお散歩は初めてでしてよ」
ルナとアナスタシアが高度を上げて遠くへと飛んでいった。
二体の機体が見えなくなったことを確認して、黒乃が改めて自己紹介をしてきた。
「俺は黒乃彗。チーム『クロノス』のリーダーをやっている。と言ってもメンバーは一人だけどな」
そう言って、聖に向けて手を差し出した。
最強の男の手に、息を呑む聖だったが、覚悟を決め力強く握り返した。
「お、俺は聖……チーム『LUNAR』のメンバーで、リーダーはさっき飛んで行った方のルナだ」
黒乃がふっと笑った。
「ドローンがリーダーとは珍しいな」
そして、すぐに黒乃は神妙な面持ちで視線を少し離れた場所で待機しているヒナに向けた。
その視線に気づいた聖が口を開く。
「あいつは――」
「いや、彼女はいいよ」
黒乃に制止され、口をつぐむ。
微細な違和感。
しかし、それ以上に聖は、手を通して伝わる圧倒的な魔力と力に、第一位との間にある実力差をイヤというほど思い知らされてしまっていた。
昨晩必死の思いで倒したヴォルガドゥグでさえ、彼にとっては大した脅威ではないだろう。
あまりの壁の大きさに、聖は乾いた笑みを漏らすしかなかった。
「ん?」
黒乃の眉が微かに動いた。
「力に制限をかけているのか?」
「へ? いつも本気ですけど」
「そうなのか……だとしたらもったいないな」
黒乃は短くヒナへ視線をやった。
「誰にでも声をかけているわけではない、ということか」
「あの、さっきから何の話を――」
周囲の観衆を見渡した黒乃が、小さく笑みをこぼす。
「教えてあげたいところだが、ここで注目の的になるのは本意ではないだろう?」
こちらへ向かってくる騒がしい足音。
二人は同時に視線を向けた。
「お待たせしました! クロノス様っ!」
現れたのは受付嬢だった。
「――それはまたの機会に」
握っていた手が離れ、黒乃はそのまま、受付嬢へと向き直った。
「準備できましたよ」
「思った以上に早かったな」
「ええそれはもう。黒乃さんを待たせると、上司に怒られるので」
息を切らせつつも嫌な顔一つ見せない受付嬢。明らかに聖の時と態度が違っていた。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。何か困ったことがあったら遠慮なく声をかけてくれ。アナを遠くにつれて行ってくれたお礼もしたい」
そう言って、聖の横を通り過ぎる黒乃。
その瞬間、聖にだけ聞こえるように小声でつぶやいた。
「あの少女には気をつけろ」
ハッとして、黒乃を視線で追う。
彼は背中を向けたまま、こちらに向けて手を振っていた。
その手を見て、聖は思う。
双子の時とは比べ物にならない迫力。
きっと彼なら、地下45階層だって難なく攻略できたはずだ。
昨日地下45階層に初乗りできたのだって、たまたま彼が別の階層を攻略してくれていたからに他ならないことを、本能で実感させられてしまった。
「聖さん?」
声の方を向くと、ヒナが心配そうに聖を覗き込んでいた。
「顔色悪いですよ。あの人に何か嫌なこと言われました?」
「いや……そんなことないよ」
急いで笑顔を作った。
「それならいいのですけど……」
素直に見つめてくるヒナの視線から、ふいに目をそらした。
違和感。
何かが喉元にひっかかっている感覚。
黒乃彗の言葉を、もっと深く考えなければならないはずなのに。
「ただいま。流れで連絡先交換までしちゃった――って、あれ? 何だか暗いわね」
ルナが戻ってきた。
そこで、思考が途切れた。
「聞いてください! 聖さんがあの男に嫌なことを言われたみたいなんです!」
「え? 黒乃彗が? そんな人には見えなかったけど」
見慣れたルナの姿を見て、聖の心が落ち着いていく。
「――言われてないよ。むしろ、困ったことがあったら声かけてくれ、って言ってくれた」
「マジ!? だったら新型の魔力センサーとバッテリーと魔弾機関銃が欲しいってお願いしようかな」
「……たのむから第一位を敵に回すようなことだけはしないでくれよ」
◇◇◇
聖、ルナ、ヒナの三人は地下2階層への出入り口までやってきた。
壁に埋め込まれた認証機に入構証をかざすと、重々しいドアがゆっくりと開いていった。
ドアの向こうには下層へと延びる階段。
備え付けられた照明のおかげで奥まで見えるが、目的の地下2階層までは見えない。
「それじゃあ行きましょうか。新生チーム『LUNAR』初の探索です!」
「何であんたが指揮るのよ」
文句を垂れながらも、ルナのランプが緑色に灯った。
配信開始の合図。
昨日ほどは視聴者数は稼げないだろうが、今日はそれが目的じゃない。
「頼んだぞヒナ。俺たちの未来は君にかかっている」
ヒナが胸に手を当ててドヤ顔になる。
「任せてください。聖さんとルナさんは大船に乗ったつもりで、わたしについてきてくれればいいのです」
「ていうか、自己紹介」
「ん?」ときょとんとした目を向けるヒナ。
「配信! 視聴者からしたら何であんたがいるのかわからないでしょ」
「誰か見ている人がいるのですか?」
痛いところをつかれ、ぐうの音もでない聖と月乃。
「――と、とにかく! 自己紹介! 配信は義務だからと言って手を抜かないのが『LUNAR』のモットーなの!」
「ふうん」とカメラを覗き込むヒナ。
そして、にっこりと満面の笑顔を向ける。
「ヒナです! よろしくお願いします!」
深々とカメラに向かっておじぎをするヒナ。
その様子を見て、聖が肩を落とした。
「やれやれ……まあ、誰も見ていないだろうから気にしていないだろうけど」
なんとなくスマホを取り出し、視聴数を確認した。
「お、おおお兄ちゃん!」
ルナから流れる月乃の興奮した声。
同時に、聖も息を呑んだ。
「う、嘘だろ……」
同接数200。
昨日の開始時よりも倍の数字が、スマホの画面に映し出されていた。
『誰この子』
『かわいい』
『昨日の底辺のとこ? 何があった』
『フォローしました』
コメントも終始流れていて、そのほとんどが、ヒナがかわいいというものだった。
普段の配信なら、5とか、良くて20ぐらいなのに。
「どうしたのですかお二人とも。もしや、わたしがチームに入ったことによって、視聴者さんが倍になって驚かれていたりするのですか?」
既に見慣れてしまったヒナのドヤ顔を見て、聖とルナが目を合わせる。
「ルナ……これって」
「決めたわ」
月乃が真剣な声色でつぶやく。
「今日からヒナをリーダーに、迷宮おさんぽ配信に鞍替えするわ」
「たのむから、俺も思ったことを口にしないでくれ……」
更に深く肩を落とす聖とは対照的に、何も知らないヒナはご機嫌の様子だった。




