第8話 「こう見えても大人です!」
――翌日。
前かごにルナを乗せたママチャリが、工事の騒音と慌ただしい人通りをすり抜け、周囲の風景から浮いている古びたビルに到着する。
錆びた柵に自転車を立てかけると、聖は前かごからルナを取り出して、自動小銃を構えた兵士が警備する入り口へと向かう。
こちらと一切目を合わせない兵士たちの横を通り、ビルの中へ入る。
役所の1階フロア。
慣れた手つきで発券機から整理券を受け取った。
《41番の番号札の方は3番窓口までお越しください》
アナウンスに従い窓口へ移動し、職員から『ニュールート』の入構証を受け取り、壁際の階段へと足を向ける。
階段の上には『地下ダンジョンはこちらです』と薄いプラスチック板の案内表示がぶら下がっていた。
灰色の手すりを握りながら、滑り止めの付いた階段を降りていく。
「今更だけど、役所通らないといけないの、どうにかならないのかな」
ルナを通して月乃がぼやいた。
「本当に今更なこと言うなよ……」
階段を降り切ると、むき出しのコンクリート壁に行き当たった。
どこの建物にもある緑色の非常口マーク。
その下にある防火扉。
ドアノブを回すと、ぎい、という鈍い音と共に扉が開いた。
――瞬間、空気が変わった。
人の声。
笑い声。怒号。
金属のぶつかる音。
空調やフロアワックスの人工的な香りに、微かな土埃と獣の匂いが混じっている。
そして、三本バーの回転式ゲートの先に、天井の高い巨大な空間が広がっていた。
「もう離していいよな」
「もちろん!」
ルナを放り投げると、プロペラが回転し、宙へと浮かんだ。
放たれた鳥のように空中を動き回るルナを目で追うと、地下の光景が視界に映る。
磨かれた白いタイル。
中央の噴水広場。
上階へ伸びるエスカレーター。
見覚えのあるショッピングモールのような造り。
けれども、テナントで売っている商品が普通じゃない。
ショーケースに武器や防具を飾る店や、ドラッグストアみたいな店構えでポーションを並べる店。
歩いている人間も、甲冑じみた装備の男やローブ姿の女、さらには背中に大剣を背負った男。
何度見ても、古いビルの地下にある光景じゃない。
「入構証お願いします」
DRAの職員に声を掛けられ、入構証を掲げる。
「あれ? あなたは……」
見れば、その職員は昨日、聖たちを地下45階層へ送った受付嬢だった。
「昨日も探索したのに……今日も配信ですか?」
受付嬢は笑顔を崩さなかったが、その声にはほんの少し呆れが混じっていた。
「いや、まだわからないけど……ていうか、受付嬢じゃなかったっけ? ゲートの受付もするの?」
「あの子のお守りをしていたら、ゲート担当を押し付けられたんです。DRAももう少し人員を増強してほしいです」
疑問符を浮かべながら受付嬢の背後を見ると、ゲートの向こうで白い修道服姿の少女が大きく手を振っていた。
「聖さーん!!」
聞き覚えのある声に、聖は無意識に三本バーを押した。
がちゃん、と金属音を立てて、ゲートが回った。
「後は任せましたからね」
受付嬢の声を背に、聖は少女へと駆け寄る。
「待たせた」
「待ってません! けど、出入り口がわからなくて迷子になったから、ってわけではないですから!」
後ろを振り返ると、受付嬢がこちらを見て薄い笑みで肩をすくめていた。
「ヒナ!」
空中から先にゲート内に入っていたルナが、急旋回してヒナに近づく。
「あ、ルナさん!」
ルナに向かって手を振るヒナ。
「わたしは決して道に迷って遅れそうになったりしてませんよ!」
「そんなことはどうでもいいわよ」
月乃の素っ気ない反応に、ヒナは口を半開きにして固まってしまった。
そんな彼女の頭に、ルナは丁度いい高さの離着陸場のように着陸する。
「それよりも、お金儲け、期待してるわよ」
「はて? お金儲け、とは?」
ヒナが上目遣いのまま首をかしげる。
ルナは、聖にカメラを向けながらギュインギュインとピント合わせの調整音を響かせた。
「ほらお兄ちゃん! やっぱり騙されたんだよ私たち!」
「待て待て、いきなり急かすな」
聖が一歩踏み出し、改めてヒナの目を真っ直ぐに見つめる。
「なあ、昨日……地下45階層から戻ったときの話。覚えているよな?」
ぽん、と手を叩くヒナ。
「思い出しました。わたしを聖さんのチームの一員にしてくれるって話ですよね?」
「はぁ!? 私聞いていないんだけど!」
ルナのモーターが荒々しい音を立てた。
「ちょっ! ヒナ! それは違――わないけど、それとは別にもう一つ、俺が真摯で深刻な顔つきで言ったことあったよな?」
ヒナが腕を組み、本格的に長考しだした。
「俺の聞き間違いだったのか?」
「――思い出しました! お金! 銀行券のことですよね!?」
ひらめいたとばかりに満面の笑みを浮かべるヒナに、聖は深く胸を撫で下ろす。
「そう! よかった、覚えていてくれて……」
「もちろん覚えてましたとも、ええ。わたしの知識をお借りしたいとのことでしたね」
ヒナは誇らしげに張った胸にそっと手を添え、自信に満ち溢れた表情を浮かべた。
「……なんか腹立つわね」
ぶつぶつ言うルナを無視して、聖が更に、ヒナとの距離を詰める。
「恥ずかしい話だが、すぐにでもお金を稼がないと、俺と月乃は施設に戻されてしまうんだ」
「しせつ?」
再び首を傾げたヒナを見て、聖は軽く頭を振り、言葉を言い直す。
「もうダンジョンに潜れなくなってしまうんだ!」
雷に打たれたように、ヒナは全身を強張らせて、後ろにのけぞった。
「それは――ダメです! すぐにお金を稼ぎましょう!」
しっかりと危機感が伝わり、聖は心から安堵する。
すると、ルナがヒナの頭を飛び立ち、真正面から彼女の顔をカメラで捉えた。
「わかってくれて助かったわ。けれど――」
ヒナの足元から顔までを舐めまわすように映すルナ。
「本当にお金の儲け方、知っているんでしょうね?」
挑発的な言葉に、ヒナが頬を膨らませる。
「知っていますよ! ダンジョン内でレアアイテムやレア素材を見つけるんでしょう!」
「言っとくけど、また地下45階層に向かうとかは無しだからね」
思わず息を止めるような、短い沈黙。
「お兄ちゃんを昨日みたいな目に遭わせるのは――嫌だから」
月乃の低いトーンの言葉に当てられ、ヒナも真剣な顔つきになる。
「わかってますよ……聖さんが弱いことなんて」
ヒナとルナがお通夜のような暗い沈黙におちる。
そんな様子に呆れつつ、聖は苦笑い交じりに二人の間へ歩み寄った。
「心配してくれるのは嬉しいけど、これじゃあ俺が弱いから落ち込んでいるように見えるから。やめてこの空気。お願い」
はっとして、顔を上げるヒナとルナ。
「ち、違いますよ! 聖さんが強ければそもそもお金の心配も無かったんじゃないのかなー、とか思っていないですよ! ねえ、ルナさん?」
「え、私!? ――そ、そうよ! そもそもお兄ちゃんが『黒獣石』を渡さなければ、お金の心配は無かったとか思ってないんだからね!」
「お前たちの本音はわかったから。これ以上オーバーキルするのはやめてくれ……」
がっくりと肩を落とす。
「そ、そういうわけで!」
ヒナがわざとらしく両腕を広げて、にっこりと笑いかけてきた。
「世界一このダンジョンの秘密を知るわたしは、深層に潜らなくても大丈夫な方法を、たった今、思いつきました!」
ルナが胡散臭そうに黙り込むのに対し、聖は目を輝かせた。
「本当か!?」
「ええ、もちろんです」
ヒナはえっへん、と再び胸を張り、手を当てる。
「宇宙一このダンジョンの秘密を知るわたしが、すぐ下の階層に隠されている『秘宝』の在りかを、お教えしましょう」
「うわぁ……うさんくさぁ……」
ドン引きしてぼやくルナを手で押しのけて、聖が勢いよくヒナに頭を下げる。
「頼む! 無茶苦茶な願いだとわかっているが、もうお前しか頼れる人がいないんだ!」
目下に見える聖の後頭部を見つめながら、ヒナの顔がにんまりと緩んだ。
「仕方ないですねー。そこまで言うなら、チーム『LUNAR』に協力してあげてもいいですよ」
聖がパッと明るい表情で頭を上げる。
「もちろんだとも! むしろ是非!」
「むふー」
二人のやりとりを見つめたまま、ルナはこれ以上何も発しなかった。
◇◇◇
受付カウンターにやってきた。
「あれ?」
そこには、先ほどまでゲートを担当していたはずの受付嬢が立っていた。
「ゲート担当じゃなかったっけ?」
「言いましたよね? 万年人手不足って……」
疲れているのか、受付嬢は普段の営業スマイルすらままならなくなっていた。
「それで、今度はどのようなご用件ですか? また、地下45階層に行きたいから転送エレベーター使いたいとか言わないでくださいね。さっき『白き双翼』を送ったばかりなので、しばらく休業です」
「双子は今日も行ったのか」
「てか、こいつ態度悪くない?」
ルナの毒舌に、受付嬢がきっとにらむ。
「あれ! めちゃくちゃ魔力消費するんですからね! 少しは私のことも考えてほしい――って、あ」
冷めた目つきでみている聖とヒナ、そしてルナのカメラに映る自分の姿に気づいた受付嬢は、コホンと咳払いし、すぐさま営業スマイルに戻る。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「……もう遅いと思うけど」
ルナがアームを伸ばし、ヒナを指す。
「まあ、そんなことよりも、この子をチームの一員として登録してほしいのよ」
「よろしくお願いします!」
微妙な空気が漂う中、全く気にした様子もなく、ヒナは笑顔で元気なあいさつをした。
「ごめんね。ここは大人の仕事場だから子供は来ちゃいけないの」
受付嬢が一切隙のない営業スマイルで丁寧に断った。
「年齢は関係ないはずだが?」
聖の質問に、受付嬢の笑顔がほんの少しだけ崩れる。
「……たしかに制限はありませんけど、こちらにも裁量権がありますので」
不満げにこぼしながらも、受付嬢はすぐに事務的な手つきでカウンターのキーボードを叩き始めた。
「一応聞きますけど、お名前は?」
「ヒナです! こう見えても大人です!」
ヒナの言葉を軽く流しながら、受付嬢はキーボードを叩き続ける。
「冒険者登録がされていない場合、地下2階層より下には行けませんのであしからず――ん?」
手が止まった。
「どうした? 登録されていないのか? だったら今から――」
「あ、いえ――すみません。されてます。たしかに――でも」
聖が受付嬢の顔を覗き込むと、神妙な面持ちをしていた。
「何かまずいことでも?」
「登録ナンバーが一桁なんて……職員でもないのに……」
質問に耳を傾けずに、受付嬢はぶつぶつと独り言を呟く。
「おーい! 聞いているのか? 問題あったのか?」
聖の強めな口調に、ハッと我に返る受付嬢。
「あ、いえ……そうですよね。何も問題ありません」
受付嬢がちらりとヒナを見る。
「他の若い冒険者の方も大勢いますし」
「ってことは?」
「はい。登録完了しました。これよりヒナさんは正式にチーム『LUNAR』の一員です」
「やったあ!」とハイタッチする聖とヒナ。
それを俯瞰して見ていたルナが呟く。
「うーん、なんか気になるなぁ」
だが、無邪気に大喜びするヒナを見て、警戒するように回っていたプロペラの回転が、ふっと穏やかに落ちる。
「――まあ、いいか。気のせいね」
「すまないが、次、いいかな?」
聖たちの後ろから、男が声をかけてきた。
「あ、悪い。すぐ移動するから」
聖が急いでカウンターから離れ、ヒナがその後を追いかける。
一瞬、男がヒナに目をやった。
男がどのような表情をしていたのかはわからない。
しかし、その視線に気づいたヒナは、そそくさと足を速めた。
その様子をルナのカメラを通して月乃が不思議そうに見ていると、次の瞬間、ガンッ! という音とともに映像が激しく揺れた。
「な、何!?」
月乃の声が響き、聖がすぐにルナのもとへ移動する。
ふらふらと不時着しそうになっていたルナを、聖が捕まえる。
「どうした?」
「どうしたも何も! あいつが私にぶつかってきたのよ!」
ルナのカメラが向いた先。
そこには、先ほどの男の肩口の高さに、丸いボール型のドローンが浮かんでいた。
「ぶつかったとは心外ですね。むしろ、前を注意せずに移動したあなたの方が、私にぶつかってきたのが真実だと思いますけど――なんなら証拠映像流します?」
妙に饒舌なセリフが、ドローンから発せられた。
まるで、ルナのようだった。
「またエレベーターって、すみませんが今日はもう閉店――って! あなたは!」
カウンターから受付嬢の荒げる声が聞こえた。
その声に、聖もルナも、そして周囲を行き交う人々も、カウンターに目を向ける。
「おい、あれ!」
「嘘……初めて見た」
「すげえ、こっからでもオーラ感じるぞ」
ざわつきがいっそう強くなる。
「ちょ、ちょ――お兄ちゃん! あの人!」
「どうした? お前まで騒ぎ出して……あの男が何かあるのか?」
「何かって、あの人は――」
饒舌なドローンがふわりと、聖の顔の横に並ぶ。
「あの方は冒険者ランキング第一位の黒乃彗。チーム『クロノス』」
聖は目を見開いた。
「う、嘘だろ――あいつが」
聖の驚きに満足したドローンがくるりと回り、丁寧にあいさつをする。
「そして私は、『クロノス』唯一にして無二のサポートドローン。アナスタシアでございますわ」




