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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第45話

 結束バンドはホームセンターで調達した分がある。


 一人ずつ手首を固定して、足首にガムテープを巻く。

 地味で単純な工程だが、数が多いと体力より精神が削れていく。

 十人を超えたあたりから、作業が流れ作業になってくる。

 それでいい。考えながらやる仕事じゃない。


 日向さんが横でイージスを維持しながら、困ったような顔で一人ずつ順番を促すたびに、全員が黙って従った。

 さっきまで武器を構えていた連中が、一人ずつ大人しく手首を差し出してくる。

 頭上から何が降ってくるか分からない人間の隣には、近づきたくないのだろう。

 理由はともかく助かる。


 壁際に並べていくたびに、改めて数を確認した。

 四十人を超えている。

 拘束しながら数えるたびに、まだいるのかという気持ちになった。

 感心している場合でもないが。


 拘束を一通り終えてから、ボスの方へ歩いた。


 五十代前後。

 がっしりした体格で、降参した後も背筋だけは伸びていた。

 プライドがそこだけ残っている人間の姿勢だ。

 床に座らせても、どこか上から見下ろしているような顔をしていた。

 負けた自覚はあるが、納得はしていない。

 そういう顔だった。


「いくつか聞かせてください」


 ボスは最初、答えなかった。

 俺も急かさなかった。しゃがんで目線を合わせて、少し待った。


「この辺りで、あなたたちと同じようなことをしている連中は他にいますか?」


 ボスの目が少し動いた。


「……いる」

「まとまって動いてますか?」

「いない」


 少し間があった。


「みんな単独だ。まとまる気がない」


 組織化されていないのは助かる。

 数が読めないのは変わらないが、統率の取れていない集団はそれほど怖くない。

 個々に動いている分には、こちらも個別に対処できる。

 たぶん。


「もう一つ。あなたたちに指示を出している人間は上にいますか?」


 ボスがこちらを見た。

 少し考える顔をして、それから短く言った。


「いない」


 本当かどうかは判断できない。

 ただわざわざ嘘をつく状況でもないので、そのまま受け取っておくことにした。

 こういう時に深読みしすぎると、判断が鈍る。


 立ち上がって、日向さんの方を向いた。


「慰謝料代わりに物資をもらっていきましょう」

「……慰謝料」

「襲われたので」


 日向さんが少し間を置いてから「そうですね」と言った。

 納得したのか呆れたのか、判断がつかなかった。

 たぶん両方だと思う。


 武器から手をつけた。


 バット。 パイプ。 刃物。 チェーン。

 フロアに散乱していた分をまとめて、日向さんが一つひとつ収納に入れていく。


 消えるたびに壁際の連中が微妙な顔をしたが、誰も声を上げなかった。

 収納に吸い込まれていく武器を目で追いながら、何人かが小さく息を吐くのが見えた。

 戦意というものは、頼りにしていた道具が消えた瞬間に一緒に消えるらしい。


「食料はどこですか?」


 ボスが顎でフードコートの奥を指した。


 バックヤードに入ると、棚が天井近くまで積み上がっていた。

 缶詰の種類だけで二十種類以上ある。

 サバ。 ツナ。 コーン。 トマト。 豆類。

 米袋が二十袋近く壁際に積まれていて、乾麺が段ボールごと三箱。

 砂糖。 塩。 油。 醤油。 みりん。

 調味料の充実ぶりが妙に丁寧だった。


 棚の奥に段ボールがさらに積んであった。開けると衣料品だった。

 下着。 靴下。 Tシャツ。

 サイズがばらばらで、どこかの店から根こそぎ持ってきたらしい。

 その隣に救急箱が三つ、包帯、消毒液、鎮痛剤の瓶が並んでいた。

 医療品は特に迷わなかった。


「これも全部入れてください」

「はい」


 日向さんが淡々と収納に入れていく。

 棚一段分が消えるたびに、バックヤードがすっきりしていった。


 缶詰が消え、米袋が消え、段ボールが消えた。

 衣料品が消え、救急箱が消え、最後に調味料の棚が丸ごと消えた時、さすがに日向さんが「すごい量ですね」と呟いた。


「収納、大丈夫ですか?」

「上限がよく分からないので、たぶん大丈夫だと思います」


 たぶん、というのが少し不安だったが、実際に入り続けているので問題ないのだろう。

 イージスといい収納といい、仕様の底が見えないスキルを持つ人間が隣にいるのは、心強いというより若干怖い。


 作業の途中でボスが入り口から声をかけてきた。


「……全部持っていかれたら、俺たちは明日からどうすりゃいいんだ」


 振り返ると、壁際に並んだ連中がいっせいにこちらを見ていた。

 縛られたまま、途方に暮れた目をしていた。

 怒りはもうなかった。

 あるのは純粋な困惑だけだった。


 俺は棚の最後の一段を確認してから、ボスに向き直った。


「命を取られないだけありがたいと思ってください」


 少し間を置いた。


「次はないですからね」


 ボスが唇を一度結んで、視線を床に落とした。

 反論はなかった。

 たぶん分かっているのだろう、次があればどうなるかを。

 周囲の連中も黙っていた。

 誰かが小さく舌打ちをしたが、それだけだった。


 日向さんが最後の缶詰を収納に入れて振り返った。


「終わりました」

「お疲れさまです」


 バックヤードの棚は空になっていた。


 踵を返して出口へ向かうと、後ろから声が飛んできた。


「待て。このまま置いていくつもりか」


 振り返らなかった。


「結束バンドは時間をかければ外せます。ガムテープも同じです。落ち着いてやれば一時間もあれば全員解放できると思いますよ」

「そういう話じゃない」

「そうじゃないですか。命は取りませんでしたし、縛り方も丁寧でしたよ」

「モンスターが来たらどうするんだ」

「そうならないように祈ってますよ」


 足を止めずに歩いた。

 日向さんが隣で同じペースで歩いていた。

 後ろからまだ何か言っている声が聞こえたが、内容は聞き取らなかった。

 聞く必要がなかった。


 出口を抜けて駐車場に出ると、初夏の風が顔に当たった。

 思ったより長い時間いた気がしたが、空を見ると昼前だった。

 日差しが強くなっていて、アスファルトが白く光っていた。


 駐車場の端に止めておいた自転車を回収した。

 日向さんが荷台に乗り込むのを確認してから、ペダルを踏んだ。


 しばらく走ったところで、日向さんが口を開いた。


「さっき、わざと焦ったふりしましたよね」


 ペダルを漕ぐ手が一瞬止まりそうになった。


「……つい楽しくなってしまって」

「何も楽しくないですよ。何かあったらどうするんですか?」

「世界一無敵なのに何言ってるんですか」


 少し間があった。

 風の音と、チェーンの回る音だけが続いた。


「もう、榊さんにも鉄アレイ落としますよ」


 冗談ではないな、たぶん。


 それ以上は何も言わずに漕ぎ続けた。

 日向さんも追及してこなかった。

 正面の道路には草が割れたアスファルトから伸びていて、風が吹くたびに一斉に揺れた。

 崩壊前はここに車が走っていたのかと思うと、少し変な感じがした。

 変な感じがする、という感覚自体がだいぶ薄れてきているのが、もっと変な感じだった。


 頭の中で今日の収穫を整理した。


 これは自分の取り分じゃない、とまず決めた。

 タワマンの備蓄は足りている。

 米も缶詰も調味料も、一人で消費できる量じゃない。

 衣料品と医療品は特に中学校が必要としているはずだった。

 包帯を巻いた隊員の腕を思い出した。

 桐島さんは何も言わないだろうが、顔は変わるはずだ。


 武器一式、食料、衣料品、医療品。

 全部まとめて中学校へ持っていく。

 物々交換にしては規模が違いすぎるが、向こうが先に始めたことなので勘定は合っている。

 そういうことにしておく。


 悪くない一日だった。

 慰謝料にしては取りすぎた気もするが、反省はしていない。

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