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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第21話

 目覚めると、視界の抜けるような高い天井があった。

 背中を包み込むシーツは柔らかく、不快な冷気も湿気もない。

 タワマンのペントハウスで迎える、二日目の朝だ。


 ぽこん。

 すっ。


 視界の隅で小さな音が鳴る。

 頭が完全に覚醒するより先に、右手が空中でキューブを出し入れしていた。

 完全にスマホを無意識にいじる現代病の延長みたいになっている。

 この貧乏揺すりレベルに成り下がった変な手癖は、たぶん死ぬまで治らない。


 ベッドを抜け出し、広大なシステムキッチンへ向かう。

 大型冷蔵庫を開けると、昨日タッパーに保存したワイバーン肉、卵のパック、そしてペットボトルに入った米があった。

 今朝は唐揚げという気分じゃない。


 俺は炊飯器の釜に米と水をセットし、スイッチを入れた。

 しばらくして炊き上がった銀シャリを茶碗に盛り、中央にくぼみを作って卵を一個割り落とす。

 最後に、上から醤油をひと回し垂らした。


 億ションと呼ばれる豪華なダイニングで、一人もくもくと卵かけご飯をかき込む。

 前の住人はこの絶景を見ながら優雅にエッグベネディクトでも食べていたのだろうか。


「……うまっ。この贅沢空間で食うTKG、最高だな」


 一瞬で完食し、箸を置く。


 ぽこん。

 すっ。


 食後のコーヒーを淹れながら、テーブルに広げたノートにペンを走らせる。

 家賃ゼロのニート生活を死守するための、涙ぐましい電力収支の計算だ。


 一、電力収支の計算。

 二、水道の確認。

 三、全階層のドブ板偵察。

 四、屋上の活用案。


 まずは一つ目だ。

 バルコニーに出て、蓄電池のモニターを精査する。

 現在の蓄電残量は85パーセント。


 屋上のソーラーパネルの発電量を、天候や日照角度からざっくりと概算する。

 そこからIH、冷蔵庫、照明、給水ポンプなどの「俺一人分の消費電力」を引き算していく。


 ぽこん。

 すっ。

 ぽこん。

 すっ。


 計算式を書き込む間も、空いた左手が手持ち無沙汰に動き続けている。

 やがて、ノートの上に一つの答えが出た。


「……よし、俺一人の引きこもり生活なら余裕で黒字だ」


 明確な数字としてニート継続が確定し、ほっと息をつく。

 ノートの末尾に赤ペンで追記する。


 『電力収支:現状黒字。ただし居候が増えた場合は即、破産。絶対一人で住むこと』


 続いて、蛇口をひねる。

 勢いよく水が出た。

 コップに受けて飲んでみるが、異臭や濁りはなく普通の水道水だ。


 非常用電源が給水ポンプを動かしている。

 つまり、電力が尽きれば水も止まる。

 電気と水が運命共同体という、恐ろしい依存構造だ。


「……電気に生殺与奪の権を握られてるわけか。笑えねえな」


 ノートに事実だけを書き込んだ。


 『水道:給水ポンプ稼働中。電力依存。パネルが壊れたら詰む。要対策』


 城のインフラチェックは終わった。

 次は、45階分すべてを解剖するマッピング作業だ。

 エレベーターに乗り込み、各階を順番に回っていく。


 45階、俺の城。

 44階から35階、居住フロア。

 廊下から見えるものだけを記録し、中には入らない。

 単純に、今は自分の部屋の物資で足りているからだ。


 34階から20階。

 壁やドアに魔物の爪痕が出始める。

 ここまで上がってきている個体が確実にいる。


 19階から10階。

 エレベーターの扉が開いた瞬間、嫌な匂いを感じて即座に「閉」ボタンを連打した。

 隙間の向こうで、数体のゴブリンがうろついているのが見えた。


 8階、ライブラリー。

 扉を開けると、天井まで届く本棚が並んでいた。

 農業、建築、医療。

 サバイバルに役立ちそうな本が山ほどある。


「……図解・高層建築の維持管理。これだ」


 今の俺に最も必要な「城のトリセツ」を抜き取った。


 5階、インドアプール。

 水が満タンのまま残っている。

 塩素はきつそうだが、最悪の時の独立水源として使えるかもしれない。


 4階、フィットネスジム。

 ダンベルやバーベルが使い放題だ。


「ここで鍛えれば、さらに無双できるな。プロテインが欲しい」


 3階、管理人室。

 主電源を入れると、防犯カメラのモニターがパッと明るくなった。


「……マジか。監視カメラが生きてる」


 各階の廊下が一覧でき、10階でうろつく魔物の位置も手に取るように分かった。

 タワマン版のマローダーズ・マップだ。


 1階は昨日俺が清掃済みで、現在は安全だ。

 全階層の確認を終え、最後にもう一度エレベーターで屋上へと上がった。


 扉が開いた瞬間、ヘリポートが広がる。


「……ここで家庭菜園とか無理だな。土がないし」


 日当たりは最高だが、肝心の土を運ぶ手段がない。

 屋上の手すりに近づき、東の方角を見る。


 昨日見た魔法の閃光は、今日も遠くで明滅していた。

 視線をずらした先、中学校の方角に、小さな旗のようなものが揺れているのが見えた気がした。


「……救援信号か何かか? まあ、今の俺には関係ないな」


 ぽこん。

 すっ。


 ペントハウスに戻り、ノートを開いて今日の成果をまとめる。


 ・電力:一人なら黒字。

 ・水:電力依存。プールは予備タンク。

 ・魔物:20階以下に生息。監視カメラで特定可能。

 ・施設:ジムと図書室が超有能。


「……よし。インフラ把握完了」


 何一つ根本的な解決はしていないが、ニート生活の基盤は整った。

 夕食は、ワイバーン肉の生姜炒めにした。

 シンプルだが、米が進む。


 食べながら、借りてきた建築の本をめくる。


 ぽこん。

 すっ。

 ぽこん。

 すっ。


 本を読む視線の外で、左手が勝手に動いている。


「この城の要塞化計画、まだまだやることが山積みだな」


 完成していない方が、明日の暇つぶしになる。

 俺は満足げに、最後の一口を口に運んだ。

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