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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第18話

 生存者たちが中学校へ向かう足音が完全に遠ざかったのを確認し、俺は自転車のペダルを踏み込んだ。

 初夏の生ぬるい風が頬を撫で、街を覆う影が急激に濃くなりつつある。

 暗くなる前に安全な高所の寝床を探さなければならない。


 だが、俺の胃袋に残る『かつ丼』の余韻が、ある強烈な欲求を訴えかけていた。


 (毎回都合よくオール電化の空き家を見つけるのは運ゲーすぎる。

 自前で『火』と『調理環境』を持ち歩ければ、寝床の選択肢はもっと広がる)


 生存よりも食欲と利便性を優先する自分の思考回路に呆れつつ、俺は郊外にある大型ホームセンターへと進路を取った。


 すっかり日が落ちかけた頃、広大な駐車場に放置車両が点在する目的のホームセンターに到着した。

 コンビニやスーパーが軒並み略奪されてガラスを叩き割られているこの街で、その店舗の正面入り口を覆う巨大なガラスドアは、奇跡的に1枚も割られずに閉まったままだった。


 不自然すぎる。

 自転車を隠し、ブロック塀の陰から入口へと近づいていくと、すぐに理由が分かった。

 入口の自動ドアの前に、3体の魔物が陣取っていたのだ。


 ゴブリンよりも一回り以上大きく、肩の高さが俺の胸あたりまである巨躯。

 緑がかった分厚い皮膚に、豚に似た醜悪な顔。

 太い腕には赤黒い血がこびりついた重そうな錆びた剣が握られている。

 オークだ。

 3体は連携するでもなく、ただ入口を塞ぐように立っていた。


「……最強の警備員かよ」


 パニックの初期からこいつらがここに居座っていたせいで、誰も中に入れなかったのだろう。

 ドアが無傷な理由には納得がいったが、中に入るにはこいつらをどかすしかない。


「マジかよ……でもホームセンターの物資は絶対欲しい」


 俺は震える手でナイフの柄を軽く叩き、一歩前に出た。


 俺の存在に気づいたオークの1体が、低い唸り声を上げて突進してくる。

 ゴブリンとは比べ物にならないズシン、ズシンという重い足音がアスファルトを揺らし、俺の心臓まで跳ねさせた。


 距離が詰まり、オークが太い腕で錆びた剣を大上段から振り下ろしてくる。

 避ける余裕はない。

 俺はその軌道上の空中に、1辺25センチのキューブを展開した。


 ガァンッ!!


 凄まじい金属音が響き、剣が空中で完全に停止した。

 自身の放った強烈な一撃の反動が腕から体幹へと伝わり、オークの巨体はその場に縫い付けられたように硬直した後、上体が後ろへ大きくのけぞる。

 重心が完全に後ろへ崩れた。


 俺はパニックになりそうな頭を必死に回し、のけぞったオークのふくらはぎの高さの真後ろの空間に、もう1つのキューブを配置する。

 たたらを踏もうとしたオークは自身の脚で見えない障害物を引っ掛け、巨体がドスンと派手な音を立てて仰向けに転倒した。


「……あ、これいけるかも」


 俺は転倒したオークの胸の上、皮膚と密着する位置に3つ目のキューブを板状に引き延ばして展開し、空間に完全固定した。


「ブギィッ!?」


 起き上がろうと暴れるオークの分厚い胸を上から押さえつけているのは、物理的に絶対に動かない透明な鋼鉄の板だ。

 オークが強引に上体を起こそうとすればするほど、その異常な筋力は逃げ場を失い、自らの胸郭を激しく圧迫していく。


 メキィッ、バキバキバキッ!!


 耳を塞ぎたくなるような凄惨な音が響いた。

 起き上がろうとする自らの強大なパワーに耐えきれず、板状キューブに押さえつけられたオークの太い肋骨が内側から次々とへし折れたのだ。


 口から大量の血を吐き出して自滅し、動けなくなったオークの首筋に、俺はビビりながらも冷静さを装ってナイフを突き立てる。

 光の粒になって消えていくのを確認し、急いでノートを開いて震える手で書き込んだ。


 『転倒→胸上板状固定→とどめ。

 背後のキューブで転倒を誘発できる。

 衝撃によるのけぞりを利用』


 走り書きを終えると、残る2体が同時に迫ってきていた。


 2体目は最初から足元を狙う。

 剣を振り上げた瞬間に奴の足元の一歩先へ板状キューブを地面すれすれに展開すると、見えない杭につまずいてオークは無様に前のめりに転倒した。


 俺は即座にその背中側に回り込み、悶え苦しむオークが仰向けになろうと体勢を変えた瞬間、むき出しになった胸のド真ん中に板状キューブを固定する。

 バキバキッという自らの骨を砕く嫌な音と共に絶命しかけた巨体に、ナイフでとどめを刺す。


 『足元へのキューブで前のめりに転倒する。

 胸を上にした瞬間を狙う』


 ノートに追記し、最後の1体に向き直った。


 怒り狂って一直線に突進してくる3体目に対し、俺はその軌道上にキューブを角がこちらへ向くように展開した。


 ゴウッ、という衝撃音が響く。

 突進の勢いそのままに見えない角に胸を激突させたオークは、自らの体重に負けて錐揉み回転しながら地面に転がった。

 仰向けになった巨体の胸に板状キューブを固定して自滅させ、とどめのナイフを突き立てる。


 『転倒の誘発方法は複数ある。

 足元、正面衝突、反動によるのけぞり。

 固定さえできれば確実に仕留められる』


 転倒固定戦術。

 ゴブリン以上の質量と筋力を持つ敵に対する最適解が確立した瞬間だが、俺の息は絶え絶えだった。


 荒い息を吐いて足元を見ると、3つの魔石と共に、なぜか分厚い革のベルトが3本落ちていた。


「……なんでベルトなんだ。肉を寄越せよ。あんなバキバキ音聞かされた後じゃ食欲も湧かないが」


 文句を言いながら引っ張ってみると異常に丈夫で、荷物を括り付けるのには使えそうだ。


 『オーク型ドロップ:ベルト。

 肉なし。

 理由不明』


 ノートに書き殴り、無傷の自動ドアへと歩み寄った。

 電源が落ちている自動ドアのガラスに両手を押し当て、手動で強引に横へスライドさせる。


 重い摩擦音と共に開いた隙間から淀んだ空気が漏れ出してきたが、中に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。

 商品棚が整然と並び、床にはゴミ1つ落ちていない、かつての日常そのままの手付かずの宝の山がそこにあった。


「……守ってくれてたんだな、お前ら」


 振り返り、ガラスの向こうで消えゆくオークの気配に向けて誰に言うわけでもなく独りごちた。

 あいつらが恐ろしい番人として居座ってくれたおかげで、皮肉なことにすべてが残っている。


 ノートの優先順位に従い、広い店内を回る。


 まずは調理環境だ。

 アウトドアコーナーで頑丈なカセットコンロ本体とガスボンベを複数確保し、直火に耐えうる鍋とフライパン、そしてキッチン用品の棚から新品の三徳包丁と砥石をリュックに突っ込んだ。


 これでようやく自前の道具が揃う。

 ついでに冬用の分厚いマミー型寝袋も1つ抜き取ったので、あの毛皮と合わせれば完璧なベッドになるはずだ。


 次は自転車を求めてスポーツコーナーへ向かう。

 電動アシスト付きは充電ができないので論外だし、スポーツバイクは積載力に欠ける。

 俺が選んだのは、大きな前かごと立派な後ろ荷台がついたフレームの太い頑丈なシティサイクルだった。


 収納用品コーナーから蓋付きのプラスチックコンテナを持ってくると、オークが落とした革のベルトとロープを使って荷台にガチガチに縛り付ける。

 これで積載量は格段に上がった。


 そして服と靴だ。

 作業服コーナーで自分のサイズに合うカーゴパンツと長袖の作業着を選び、足元には踏み抜き防止の鉄板が入った厚底の安全靴を履く。

 予備の服と靴も1つずつリュックに押し込み、これまで着ていた服を脱ぎ捨てて真新しい作業着に袖を通した。


「……やっぱり、新品はいいな」


 肌に触れるパリッとした生地の感触に、他人の家から拝借した服を着続ける借り物の生活が少しだけ終わったことを実感する。


 最後にLEDの強力なランタン、大量の乾電池、ガムテープ、軍手、救急用品といった消耗品を補充し、新しい自転車へと積み分けた。

 すべてを乗せた自転車はひどく重かったが、ペダルを踏み込むと太いタイヤが安定して床を転がる。


 ホームセンターを出る頃には太陽は完全に傾き、街に長い影を落としていた。


 冷たい風が吹き抜ける中、俺は自転車を引きながら今夜の寝床の条件を頭の中で並べ立てる。

 コンクリート構造であり、単一の出入口しかなく、水道が直結していて、上空からの死角になり飛行型から身を隠せる場所。


 ……すべてを合理的に考えた結果、導き出される答えは1つしかなかった。


「……また来たよ、便所」


 ホームセンターからほど近い市街地公園に足を踏み入れ、そこにあったバリアフリートイレの引き戸を開けた。

 むわっとした空気が漏れ出し、消毒液の匂いに混じって公衆トイレ特有の微かなアンモニア臭とホコリっぽさが鼻を突く。

 客観的に見ればどうしようもなく底辺の寝床だが、俺は自嘲気味に笑いながら自転車から荷物を運び込んだ。


 QoLを求めた結果が便所回帰とは、笑うしかない。


 綺麗に清掃されたままのタイルの上にヒグマの毛皮を敷き詰め、その上に新品の冬用寝袋を広げる。

 底冷えするタイルの感触は完全に消え、見かけによらない極上のふかふかベッドが完成した。


 その傍らに真新しいカセットコンロを置き、ガスボンベをセットしてつまみをひねる。


 カチッ、ボォウッ。


 窓のない薄暗いトイレの個室に、青く美しい炎が灯った。

 アウトドア用の鍋に水を張って火にかけ、保存食のレトルトパウチを放り込む。


 シュンシュンと小気味良い音が鳴って湯気が上がり始めると、温かな匂いが公衆トイレの嫌な臭いを少しずつ上書きしていった。

 たったそれだけのことだが、高台の薄汚れたトイレで塩だけを振ってイノシシ肉を焼いていたあの頃とは何もかもが違う。


「文明だ……場所はトイレだけど」


 青い炎の揺らめきを見つめながら、心の底から安堵の息が漏れた。


 引き戸のレールの間に25センチのキューブを展開すると、ぽこんという間の抜けた音がタイルに反響する。

 物理的に絶対に開かなくなった扉を見て、俺は寝袋の上に深く横たわった。

 天井の小さな換気口から夜空の星がわずかに見える。


 今日1日で転倒固定という新しい戦術が確立し、物資は大幅に増え、着ている服も靴も新品になり、自由に火を使える調理環境が整った。

 十分すぎる戦果だ。


 温まったレトルトの封を切りながら、俺はふかふかの寝袋の上で、絶望的な世界とは裏腹に劇的に向上していく至福のサバイバル生活を噛み締めていた。

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