42. 触りたいの?
近くのスーパーで買い物を済ませた僕たちはお菊の待つマンションに帰ってきた。
リビングへと続くドアの前で、尻尾を揺らしながら待ち受けているお菊。
そんなお菊に両手を広げて飛び込んでいく佐々木さん。
このやり取りも最近では見慣れた光景になりつつあった。
今日の佐々木さんは学園の制服姿。
珍しいというか、制服でここへ来るのは今回が初めてのことだ。
教室では見慣れてるはずの制服姿なのに、僕のマンションで見るとどうしてこんなにドキドキするんだろう。
これはおそらく、僕が佐々木さんのことを過剰に意識しているからに違いない。
昨日のビキニ姿にしても僕の頭はぶっ飛びそうだったんだよ。
あの格好でバーベキューはヤバいでしょ。
『お肉焼けたよー♡』なんて可愛く言われたら、
僕はどちらのお肉にかぶりつけばよかったの?
おしえてよベルダンディー?
あっ、これは言っちゃダメだよね。
だって、佐々木さんこそ『僕の女神さま』だから。
「佐々木さん、今日は買い物に付き合ってくれてありがとう。さっき買ってきたミルクココア、さっそく淹れてみたんだけど」
「わあ、ありがとう。ん~甘い香りが良き」
そう言ってキリンさんのマグカップに口をつける佐々木さん。
「これ飲んだらあーしも着替えるね!」
例のドッグランへ行くのに制服では動きづらいからね。
今日はラッシュガードを家から持ってきてるんだって。
だから僕も去年使っていたやつをタンスから引っ張り出したんだけど、袖がかなり短くなっていた。
う~ん、今日はこれを着ていくけど、ラッシュガードも買い直さないとね。
………………
リビングの掃除もだいたい終わったので、ちょっとだけ休憩。
コーヒーを飲みながら僕は佐々木さんの方に目を向けた。
――ブッハー!
思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
なぜかというと、佐々木さんはソファーのところで制服を脱いでいたからだ。
あっ、制服にしわが寄るといけないからそこにあるハンガー使って……。
じゃなくて、どこで着替えてるんだよ!
僕のことなんて気にする様子もない佐々木さんは、持ってきた手提げ袋からラッシュガード一式を取り出すと、ブラジャーを外すため背中のフックに手をかける。
「ちょっと待って!!」
僕はリビングに響き渡るような大きな声で佐々木さんを止めた。
「なーにー。いきなり大きな声だして、びっくりするんですけどぉ」
佐々木さんは両手を後ろに回したまま口をとがらせる。
「いや、その、着替えるなら僕の部屋を使ってくれると……ね!」
「え~~~、ふつうにイヤなんですけどぉ。こっちの方が着替えやすいし」
「じゃあ僕が部屋で待ってるから、準備が終わったら声をかけてよ」
「あーしなら見られても平気だし。あ、勘違いすんなし。見ていいのは林だけだから」
佐々木さんは背中のホックを外すとブラジャーのひもを片側ずつ抜きさり、片手でつまんでそのまま床に落とした。
「あ、あ、あ、」
僕の身体はパラライズを受けたかのように硬直した。
「どうよ、あーしのからだは?」
「きれい」
女性の裸は以前とあるところで拝見させてもらったけれど……。
今、目にしているそれは全くもって違って見えた。
なんて言ったらいいのか……、キラキラ輝いて見えるのだ。
「なーに林。あーしに触りたいの?」
僕は無意識のうちに左手を前に伸ばしていた。
「こ、これは……」
すると佐々木さんはいたずらっぽく目を細めると、ゆっくりとした口調で、
「林ならいいよ。とりあえずだけど、コレ、揉んどく?」
おへそのまえで両手を重ね、前かがみに胸を強調してくる佐々木さん。
「あの、あの、あの、」
うまく言葉が紡げない僕。
「はーい残念。時間切れでーす。またのご利用をお待ちしておりまーす!」
ケラケラ笑いながら佐々木さんはバスタオルで身体を隠してしまった。
「あぁ……」
「それから林。それって早く処理した方がよくね?」
???
僕はつられるように指さされた下半身の方に目を向けた。
パオ――ン!!
その存在を示すかのように鼻をもたげているマンモー。
ギャ――――――――――――ッ!!
僕の心の叫びは大気圏をも突破した。
「こ、これはその……」
「そうそう、早く拭かないとシミになったら大変じゃね?」
そう言われ、さらに下を見れば、床には黒いシミが広がっていた。
「あっ……」
あまりの衝撃的な出来事に、持っていたマグカップからこぼれるコーヒーにも気づかなかったのだ。
空になったマグカップをしばらくぼーと眺めている吉十。
「林どうかした?」
!!!
「ん~ん、なんでもない。すぐ片付けるから」
準備を整えた僕たちはお菊を先頭にダンジョン・ゲートをくぐっていく。
行き先はもちろん黒まろが作ったドッグラン。
一面の砂浜には潮の香が漂い、軽やかなさざ波の音が心地よく耳に響く。
やっぱり海はいいな。
それにここは常に明るいから、いつでも散歩できるしね。
「よーしお菊、遊んできていいよ。帰る時間になったら呼ぶからね」
「わふ!」
お菊は元気よく返事をすると波打ち際を一目散に駆けていった。
「あはは、お菊ちゃん嬉しそう!」
走り去っていくお菊の姿をやさしく見守る佐々木さん。
そんな彼女の背中を僕はそっと抱きしめた。
佐々木さんの肩がピクリと跳ねる。
お腹に回した僕の手に彼女のやわらかな手が重なる。
「あれ~林、今日はいつになく積極的じゃね?」
違うんだ。
佐々木さんが無理していることに、ようやく気づいたんだ。
僕はバカだった。
クリスマスに告白だと? なにをそんな悠長に構えていたんだ。
初めてできた大事な彼女なのに、不安にさせるなんて僕は最低の人間だよ。
だから今日告白する。
そう決めた途端、僕の心臓は早鐘を打つように胸の中で暴れている。
頭が沸騰し、とても言葉を口にできるような状態ではないけれど、
勇気を出してこれだけは彼女に伝えるんだ。
「ぼ、僕…………、佐々木さんが好きです。大好きです! ずっと僕のそばにいてください!」
佐々木さんは前を向いたまま黙ってしまった。
こちらからはその表情を窺い知ることはできないけれど、
後ろから見える佐々木さんの耳は、いつのまにか真っ赤に染まっていた。
そして、くるりと体を回してこちらに向き直る佐々木さん。
彼女の瞳がわずかにうるんでいるように見えた。
「もう……バカ。林の気持ちが掴めなくて今までやきもきしてたんだからね。待たせ過ぎじゃね? もっと早く告白しろし!」
「え、その、ごめんなさい。言うタイミングが分からなくて。でももう言わなきゃって……」
「そかそか、あーしがグイグイ行くもんだから少し焦っちゃったか? じゃあ返事もしっかりとしないとダメだよね」
佐々木さんは僕の両頬に手を添えると、目を見つめながらゆっくり唇を重ねてきた。
「あーしも大好き! どこまでもついていっちゃう!」
今度は両腕を首にまわされ、再び……。
僕はこのとき初めて大人のキスを体験することとなった。
にゃーの名前はガブリエラ。
ここ浜のやの店長を任されているにゃ。
今日はにゃーの店の前でイチャコラしているアホたれがいるのにゃん。
チュッチュしまくって、うっとうしいったらないのにゃ。
『何してるのにゃん?』
そう水を差してやりたいところにゃけれど、せっかくつかまえたお客にゃ。
気分を害して逃げられたら大変にゃ。
にゃーの生活向上のためにも、ここはホイホイおだててお金を落としてもらうのが一番にゃん。
あれはなんだ?
いつも通っている浜のやの入口には、何とも似つかわしくないオブジェ?が据えられていた。
形は……、チェスの駒でいうポーンだね。
高さは120センチ程で、転移台座より少し低めかな。
花柄をあしらったクリーム色の台座にはローズクォーツの玉が乗っている。
「キャー、何コレ? くっそ可愛いんですけどぉ」
「あー、触っちゃダメだよ! 危険物かもしれないから」
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