35. 遊び場
「この子がダンジョンに入ると言いだしたときはとても驚きましたけれど、なるほどあなたと探索するつもりなのですね」
「あ、はい、そうなると思います」
「年間、結構な数の探索者がダンジョンで亡くなっていると聞いています。本来であれば私も反対するつもりでいました」
「…………」
「おばあちゃん?」
「だけれど自分がダンジョン産のアイテムによって命を救われたのも事実です。そのため声を大にして反対することもできなくなってしまったわ。だから吉十くん、くれぐれも優里ちゃんのことお願いしますね」
「それはもう。僕の命に代えても優里さんはお守りいたします!」
「まあステキ! 優里ちゃんやっぱり……」
「ダーメ! あーしのなんだから。取っちゃだめだからね!」
「フフフ、あなた達いいわね。でも私も今、いいこと思いついちゃった!」
「…………」
燈子おばあちゃんがこの時何を思いついたのか、そこはかとなく不安を感じる吉十であった。
ピザパーティーが終わると、燈子おばあちゃんは待ってましたとばかりにお菊や黒まろを相手に戯れだした。
燈子おばあちゃんってかなりの犬好きだよな。
犬のあつかいがすごく上手い。
それが犬にも伝わるのだろう。二匹のじゃれ方がほんとに半端ない。
「…………」
だけど、おいおい、ちょっと待ってくれよ。
調子に乗ってのバク宙や、壁を蹴っての三角飛びってどうなのよ?
もう夜なんだしさ、それを部屋でやっちゃダメでしょう!
「まあ、お上手、お上手! お菊ちゃんすごいわー!」
満面の笑みを浮かべ手をたたいて喜んでいる燈子おばあちゃん。
「カカカ! 林、これほっといたらちょっと不味いんじゃね?」
佐々木さんも笑いごとじゃないでしょう!
あ―――、もう!
――パンパンパン!
「はーい、ストップ、ストップ! 夜なんだからみんな静かにしようね」
僕が手を打ってそう呼び掛けると、リビング内は水を打ったように静かになった。
『ジト―――』
三対の目が僕に向かって何かを訴えかけている。
『チッ!』
舌打ちまで聞こえてきた。頭の中にだけど。
すると何を思ったのか、黒まろが燈子おばあちゃんの袖を引いて鏡の前へ連れていこうとしている。
!!!
まさかと思うけど黒まろのやつ、
『ダンジョンならいくら遊んでも文句は言われない』
なんて思っているんじゃないだろうな。
僕が考えている間にも、お菊が先頭に立ちダンジョン・ゲートの扉を開いた。
「キャッ、なになに楽しそう。あーしもついて行こーと!」
お、おい!
その先はダンジョンなんだよ!
危険が危ないんだって!
ああ行っちゃったよ。もう!
しかたない。追っかけるか。
僕は大きく息を吸い込んで頭の中でスキル名を唱える。
――アクセル!
間延びした空間の中、僕は火の元だけを確認、佐々木さんの後を追った。
「あっ林、見て見て海あるし。砂浜も広ーい!」
「おお本当だ。海がある」
「でしょ。それに外は昼だし、なんか少し暑くね?」
ゲートを潜った先はどこまでも続く砂浜だった。
靴下を履いた足がすこしだけ砂に沈む。
後ろを振り返ると、ゲートはすでに閉じられており建物の壁が目に入った。
ん、ベニヤ板の壁?
いかにも粗末な造りは物置小屋かなにかだろうか?
「佐々木さん、ちょっとごめんね!」
「キャッ!」
僕は佐々木さんをお姫様抱っこすると、その場で跳躍。
ひょいっと建物の屋根の上にあがった。
「うわぁ、きれい!」
佐々木さんの呟きを耳にしながら僕は周りを見まわす。
近くにモンスターがいないことを確認すると、少しだけ肩の力が抜けた。
目の前には輝く砂浜と青い海。
その海の先にはぽかりと大きな島が浮かんでいる。
「ねえ林。あれって江の島じゃね?」
「あ、うん、江の島に見えるね。ホテルやシーキャンドルは見えないけど」
僕は江の島には行ったことないけど、言われてみると確かにテレビや写真で見た光景が目の前に広がっているのだ。
「あ、おばあちゃん発見!」
佐々木さんが指差す方に目を向けると、
!!!
砂浜をものすごい勢いでかけてくる二匹の犬。
と、その後ろに続いているのは燈子おばあちゃん?
「…………」
なんで犬たちについていけてるの?
その答えはすぐに出た。
燈子おばあちゃんは飛んでいたのだ。
そう、魔女のように箒に乗って。
じきにみんな戻ってくるだろう。僕たちも屋根から下りることにした。
「佐々木さん、そろそろ下に下りよっか?」
「うん」
僕は再び佐々木さんを抱っこすると、そのままふわりと建物の前に下り立った。
ああ、ここって海の家だったんだね。
軒先には色とりどりの浮き輪が並べられ、奥を覗けば鉄板焼きグリルやビールサーバーが目に飛び込んでくる。
「ねえねえ林。せっかく海の家があるんだし、ここに入って待ってようよ。あーしトイレに行きたくなっちゃった」
「あ、うん、じゃあ上がらせてもらおう。僕はそこに座って待っているからトイレを借りてくるといいよ」
「うん、行ってくるね。お店の人いたら何か冷たいもの頼んどいて」
「あ、はいはい。いってら!」
佐々木さんは僕に投げキッスをよこすと、お店のスリッパを借りてペタペタとトイレに向かっていった。
しかし、ここってダンジョンの中だよな。
モンスターが出てこない階層なんてのもあるのかな?
まあ、危険な場所ならお菊が僕の傍を離れるわけがないんだし。
その辺はあとで黒まろにでも聞いてみますかね。
それから程なくして燈子おばあちゃんたちが戻ってきた。
店の中から僕が手を振っていることに気づいたのか、燈子おばあちゃんは二匹の犬を伴って海の家に入ってきた。
燈子おばあちゃんはにっこり笑顔で右手に箒を持っている。
「あら、吉十くんも来たのね。優里ちゃんも一緒かしら?」
「はい。今お手洗いに」
「そうなのね。じゃあ私もここで少し休ませていただこうかしら。黒まろちゃん、このお店で何かいただくことはできるの?」
「わん!」
燈子おばあちゃんの問いに元気よく答える黒まろ。
「わわわん! わわわん!」
さらに天井に向かって二回大きく吠えた。
すると店の奥にある扉が開き、
「ふわぁ~~~。はいはい、すぐにうかがいますにゃん。またお菊ちゃんのお水かにゃ?」
あくびをしながら出てきたのは二足歩行する大きな黒猫。
大きいといっても1メートルほどだけど、猫にしてはかなりデカい。
前には『浜のや』と書かれた黄色いエプロンをはめている。
「にゃにゃにゃ、今日は団体さんにゃ。よーこそおいでくだしゃりましたにゃん!」
「「…………」」
猫が出てきたことにびっくりだけど、しゃべって挨拶までしているぞ!?
………………
なるほど。
黒まろの説明によれば、暇そうにしていたケット・シーに声をかけこのドッグランの管理をしてもらっているそうだ。
ざっくりした説明をありがとう。
ここってドッグランだったんだね。ハハハ。(汗)
「黒さんは炭酸水、お菊ちゃんはいつもの桃のお水でいいのかにゃ?」
「わん!」
「わふ!」
「へぇ~、このお店ってスコールも置いてるんだ」
「にゃーのところは福岡の業者を使っているからにゃ。辛子明太子もうまかっちゃんも置いてるにゃん!」
「それはスゴイ。じゃあスコールを二つお願いします」
「了解にゃん。そちらの方は何にするにゃ?」
燈子おばあちゃんは『ホッピーあります!』と書かれたポスターを指差しながら、
「私はそのホッピーと麦焼酎をいただこうかしら。つまみはそうね~、板わさ一つと焼き鳥の盛り合わせを二つちょうだい。片方は黒まろちゃんたち用だから素焼きにしてくださいな」
「よろこんでにゃ!」
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