33. 燈子おばあちゃん
僕は自分の席に着くと、手元にあるいちご牛乳にストローを差しごくりとひとくち飲み込んだ。
ふぅ美味しい。
佐々木さんとの朝のひと時を相州さんに奪われてしまった僕は、
イヤホンを耳にあて机にほおずえを突いた。
寂しくなんかないんだからね!
――お昼休み、教室で――
「なあなあ吉十」
「なんだよもなか?」
「今年ももうすぐ終わりだな」
「そうだな」
「年末と言えばアレだよな」
「ああ、アレな。今年も年忘れ的な感じでいくのか?」
「もちろん行くぞ大晦日に! 吉十も今回は行くよな?」
「ああ、一応そのつもりだけど」
「朝から攻めるのか?」
「ん~、特に狙い目があるわけでもないし昼からにするよ」
「そっか。でも楽しみだよな」
「そうだな。近々リストバンドも購入しとくわ」
「おう、6日からだぞ!」
「了解!」
かくして今年の大晦日に僕ともなかは冬コミへ行くことに決まった。
いや~、コミケなんて何年ぶりだよ。
小学生の時、企業ブースのポスターを見てどぎまぎしていたのが懐かしく感じるなぁ。
やたらとフレンドリーなお姉さんにジュースを買ってもらったこともあったよなぁ。
はっ!?
コミケを楽しみにしている僕って、やっぱりオタクなんだろうか?
「それから吉十」
「なんだよもなか?」
「よけいなお世話かもしんねーけど、クリスマスの準備はしっかりやっとけ」
「クリスマスの準備? ……ああっ!!」
もなかに言われるまで、僕は何も考えていなかったことに気づいた。
そうだよ、クリスマスがあるんだった。
今まで『冬休みが始まるんだなぁ』ぐらいにしか思っていなかったクリスマス。
やべ、今年のクリスマスはビッグイベントじゃん!
それに告白はどうするよ?
まさかこのままズルズルというわけにはいかないだろう。
ケジメは大事だよな!
でも、もし上手くいかなかったらどうする?
ギャルってノリが軽いところもあるし。
『あれってぇ、一時の気の迷いだしー、林本気にしちゃった? マジうけるんですけど~』
なんて言われたら、僕しばらく立ち直れないかもしれない。
ううう、なんか怖くなってきたよ……。
ブブッ! ブブッ!
バイブ設定にしていたスマホが震える。
〈LINE〉
――バイブス! 佐、
――あげ~ 林、
――明日の夕方あいてる? 佐、
――うん、お菊の散歩のあとなら 林、
――6時ごろ行くから家にいろし 佐、
――明日だね。了 林、
バイブスとはテンションとか雰囲気とかを表すことばらしいけど、
最近そのことばがオキニみたいで付き合わないと怒られるんだよね。ふぅ。
そっか、明日来るんだ。
それなら今日は帰りにマグカップを見に行ってみようかな。
佐々木さん用に紅茶を買ったはいいけど、カップ買うのを忘れていたからね。
そして次の日。
お菊の散歩は早めに済ませ、今か今かとそわそわしながら佐々木さんが来るのを待っていると、
ピーンポーン!
あ、来た!
はやる気持ちをグッと抑え、僕はインターフォンの受話器を上げた。
「はーい!」
「林来たよー。開けてちょ!」
僕はオートロックの開錠ボタンを押した。
モニターに映るのはいつもの佐々木さん……と、もう一人?
えっ、お客さん!?
あ、まあ、佐々木さんもお客さんなんだけど、佐々木さんはお友達だしキスだってした仲なんで……。
いやいや、今そんなことはどうでもいいんだ。
えー、もう一人は誰なんだろう?
ていうか、こんな格好でお客さんをお迎えしてもいいのだろうか?
いま着ているのは黒のスウェットなんだけど、やっぱり着替えるべきかな?
でも時間ないし……。
ピーンポーン!
ああ、玄関まで来ちゃったよ。
「はーい、いま出まーす!」
もういいや、待たせるわけにもいかないしこのままお迎えしよう。
外はもう暗い。
玄関先では寒いだろうと挨拶もほどほどにリビングへお通しした。
今日の佐々木さんは、黒のニット帽に黒のスカジャン姿。
下も黒のタイトミニスカートにニーハイブーツと黒で統一された出で立ち。
紅茶とカフェラテ、どちらがいいか尋ねるとお二人共「カフェラテで」ということなので、
僕はキッチンでカフェラテ三つを用意し、それをリビングテーブルへ運んだ。
「まあ可愛いカップ。さっそく頂くわね」
「あれ? こんなマグカップ初めて見たし」
褒められたのは、昨日西友で買ったキリンさんのマグカップである。
ペアで買ったから二つあるし、ちょうどいいので二人にお出ししているのだ。
「それは昨日買ったやつだからね」
「え、今日二人で来ることは言ってなかったよね?」
「うっ、それは……その……」
「ふふふ、優里ちゃん気づかないの?」
「もう、何言ってんのー? ああ、そっかペアマグ……」
佐々木さんは耳まで赤く染めると恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「あらあら優里ちゃんもそんな顔するようになったのね。これはおじいさんに報告しておかないといけないわね」
「もー、おばあちゃん!」
やはり佐々木さんのおばあちゃんだったのか。
若返ったとは聞いていたけど、これはぱっと見お母さんだと言われてもわからないレベルだよ。
しかし、ハイポーションに若返りの効果まであったとは。
そりゃあオークションで一千万円の値がつくのもうなずけるけど……。
でもこれ、効果が世間に知れたらとんでもないことになるんじゃないか。
そんなことを考えながら目の前でにこやかに笑い合っている二人を眺めていると、
「あら、ごめんなさいね。あまりの楽しさに私ったら……」
佐々木さんのおばあちゃんは持っていたマグカップをテーブルに戻すと、
手を膝の上に置き居住まいを正した。
対面に座っていた僕も自然と背筋が伸びる。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私こちらにいる優里の祖母で佐々木燈子と申します。この度は危ないところを助けていただきありがとうございました」
そう言い終わるや二人揃って頭を下げた。
深々としたお辞儀は額がテーブルにつきそうだ。
………………
しばらく待ってみたけど、なかなか頭が上がらない。
二人は頭を垂れたままだ。
えっ、こういう時ってなんて言えばいいんだっけ!
『ええい、頭が高ーい!』 ちがう。
『一同の者おもてを上げい!』 これもちがう。
『どうぞ頭をお上げください』 これだ!
そして僕が言葉を発しようとしたその時、
二人の頭は静かに元に戻された。
うぅ、気まずい。
佐々木さんは何か言いたげなんだけど口は開かない。
目だけで僕に何か言えと訴えかけている。
「たいしたことではありませんから」
僕はたまらず適当なことを口にしていた。
「いいえ、大したことです! あなたは私の命を救ってくれたのです。謙遜なんかしてはなりません」
そして一拍置いた後、
「慌てさせたみたいでごめんなさいね。もしよかったら英雄さまのお名前を私に教えてちょうだい」
「はい、申し遅れましたが僕の名前は林吉十です。よろしくお願いします!」
「まあ、はきはきとした良い自己紹介ね。優里ちゃんこの子私がもらっていいかしら?」
「ダメに決まってんじゃん。なーに人の彼ぴ取ろうとしてんの? 信じらんない!」
「あらまあ彼氏さんだったのね。このことお母さんは知ってるのかしら?」
「ん~ん、まだ誰にも言ってないし。付き合いだしたのも数日前からだし!」
「ま――――、そうなのね。それじゃあ今日はお祝いしましょう! 食べ物はピザでいいかしら? 飲み物もジャンジャン頼んでちょうだい。私のおごりだから」
「え――――、マジ。林、おばあちゃんがピザおごってくれるって! 死ぬほどピザが食べられるよー。ポテトもナゲットもサラダもシェイクもバンバン頼もう!」
「うん、そのへんはお任せするよ」
ピザメニューを挟んで異常なほどに盛り上がりを見せるお二人。
僕は近寄ってきたお菊を抱きしめながらそんな二人を見守っていた。
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