32. 吉十パシる
「しばらく流してみたけど、どんな感じかな?」
僕は頬に浮き出た赤いもみじをさすりながら、
身体に魔力を通した感触を佐々木さんに尋ねていた。
「う~ん、なんとなくだけど少し形が変わったみたいな?」
「ほんとに!? それはいい傾向だよ。もう少し続けてみよう」
あれから正気に戻った佐々木さんにそれは見事な平手打ちを頂きました。
だって仕方ないだろ。
恥じらいながら上気した佐々木さんの顔がめちゃくちゃ可愛くて、
つい見惚れてしまっていたのだから。
それで今、何をやっているのかというと、
魔力感知は出来たので、次のステップである魔力操作の訓練に移ったところだ。
だけどなかなかこれが難しい。
使われていなかった魔力は一ヶ所に淀んでしまいバターのように固まってしまっているからだ。
この状態では魔力循環なんて到底無理なわけで、
まずは魔力バターをこねこねして柔らかくするところから始めなくてはならないのだ。
これを個人でこなしていくとすると、
それこそ途方もない時間が掛かってしまうわけで、まったく現実的ではない。
しかし魔力操作に長けた協力者が周りにいれば話は別で、割かしスムーズに体得できたりもする。
さらに今回は黒まろからもらったマジックリングもある。
このリングによって増えた魔力を自身の魔力と融合させることによって、魔力バターを一気に溶かしてしまおうというわけだ。
「あ、今すこしだけ動いたみたい!」
「お、すごい!すごい! これで魔力操作のスキルが取れてるんじゃないかな?」
「ほまに? これであーしもスキルホルダーじゃん。にしし」
軽く握った左手を口にあて何やら楽し気に笑う佐々木さん。右手は僕とつないだままだ。
もちろん魔力を送るためなんだけど、できればこのままずっとつないでいたい。
「なにかとても嬉しそうだね。スキルがどうかしたの?」
「あ、うん、いま通ってるダンジョンの講習会でやたらと絡んでくるやつがいてさー、そいつが言うんだよね。『ダンジョンに入ってスキルが生えないようなやつはザコだ!』って。だからあーしにスキルがあることを知ったらあいつどんな顔すんのかなって思っただけ」
「ふーん、その人って大学生なの?」
「あーどうだろ? いつも茶髪ロン毛と一緒にいるから大学生かもしんない。て、なんでそんなこと……。な~に林ってー、そいつらのこと気になる感じ~?」
によによしながら顔を近づけてくる佐々木さん。
「ベ、別に気にしてるわけじゃ……」
「そうなんだー。じゃあ探索者パーティーに誘われているんだけど、考えてみよっかなー?」
「それはダメ。ダンジョンには僕が連れていってあげるから!」
「うん!」
佐々木さんは僕を見つめたまま顔を少し傾けると、そのまま唇を重ねてきた。
佐々木さんを駅まで無事に送り届けた帰り、一人になった僕は夜空を見上げていた。
こう周りが明るくては星なんか見えるはずもない。
だけど僕は夜空を見上げた。
やった――――――――――っ!!
両手をいっぱいに夜空へ突きあげた渾身のガッツポーズ。
周りを歩く人が何事かと振り返っているけど、そんなことはどうでもいい。
うおぉ――――――――――っ!!
そして僕は走った。
目的もなくただただやみくもに。
走って走って走って走り続けると、ライトをキラキラさせた飛行機が目の前を飛んでいた。
――羽田だ。
走り過ぎてしまった。
帰りはどうしようかとも思ったが、途中で牛丼を食べて普通に走って帰ってきた。
おかげで冷静になれたと思う。
往復36キロメートルを走ったあとだ。
きっと冷静なはずだ。
帰ってくると黒まろがリビングでのんびり寛いでいた。
まーたこいつは自分の家みたいに……。
少々むかついた僕はお菊、そして嫌がる黒まろを無理やりひっぱってダンジョンへ突入。
片っ端からオーク軍団を葬っていった。
――ボスボス。 ――ボスボス。
お菊である。
朝になると布団を叩いて僕を起こしてくれるのだ。
「お菊おはよう! 起こしてくれてありがとう!」
何だか知らないけれど、とてもスッキリした気持ちのいい朝だ。
今日も一日頑張って行こう!
………………
暖房を入れたばかりの朝の教室。
温まってくるまでもうしばらく時間がかかりそうだ。
僕はコートを脱ぐと、それを畳んで教室ロッカーに入れ自分の席についた。
ガラガラガラガラ。
教室後ろの引き戸が開く。
僕は振り返らない。
なぜなら足音で佐々木さんでないことが分かっているからだ。
昨日レベルが上がったことで僕の五感はさらに強化されてしまった。
お菊じゃないけど、今の僕ならにおいだけでも人の識別ができると思う。
あまりやりたくはないけどね。
教室に入ってきたのは女子。
石鹸とコロンとタバコと、これは精○の臭い……だよな?
まったく朝からお盛んなことで……。
まあ、この学園ってギャルが多いから遊んでる子たちもいっぱいいるんだよね。
「あれ? 優里いねーじゃん。あの子昨日から捕まんないし、どこで遊び呆けていることやら……」
佐々木さんは遊び呆けてなんかいないぞ。昨日はうちに居たんだから。
「げっ、オタクいんじゃん。ウザっ!」
「…………」
オタクじゃねーし!
僕は窓の方を向いて聞こえないふりをする。
「なーにシカトしてんの。キモッ! あんたさー最近優里と仲がいいからって調子に乗ってんじゃないの?」
「…………」
「まあいいや。もともと優里があんたなんか相手するわけないんだし、今のうち夢見ときなさいよねー」
「…………」
「こんなに言われて反論ひとつできねーのかよ。はぁ喋ったら喉乾いたし。あんた温かい午後の紅茶買ってきてくんない。レモンのやつ」
「……んっ!」
僕は椅子から立ち上がると右手を差し出した。
パシリに使われるのは癪なんだけど、延々と嫌味を聞かされるよりは幾分マシだ。
彼女の名前は相州美桜。
ちょっぴりつり目な黒髪ロングの美人さんだ。
佐々木さんのギャル友であり、二人はすごく仲がいい。
ただ男子に対しては辛辣であり、軽口は挟むものの寄せ付けない感じかな。
そんな相州さんだけれど優しいところもあるんだ。
一階にある自販機の前に来た僕は握っていた右手を開く。
僕の手のひらには100円玉が3枚。
そうなのだ、相州さんは僕の分までジュース代を出してくれているのだ。
めちゃくちゃ優しいよね、相州さん。
えっ、騙されてる?
よく考えてみろ?
いいんだって。
こうして相州さんが毎回おごってくれるおかげで、
『パシリにもお駄賃がいる』という風潮が周りに浸透したせいか、無理にパシリにされるようなやつは最近見ていないからね。
うちのクラスは弱者にとってやさしい環境となっているんだ。
僕はまず頼まれていた午後の紅茶を購入。
そして自分の分でも同じ午後の紅茶を購入。
さらに自腹でいちご牛乳も買っていく。
まもなく来るであろう佐々木さんがどちらか選べるようにしておいたのだ。
「あ、林おっはー! どこに行ってたの?」
「佐々木さんおはよう! 下までジュース買いにいってた。はい、相州さんのレモンティーね。佐々木さんはレモンティーといちご牛乳どっちがいい?」
「え、あーしにもあんの?」
「うん、相州さんがおごってくれるって」
「えーマジ。美桜ありがとー! じゃあ、あーしも温かいやつがいいんですけど」
「じゃあこっちね。僕はいちご牛乳もらうから。相州さんいつもありがとう!」
相州さんは不足分の120円を財布から取り出すと、
それを渡しながら僕の耳元で、
「オタクにしてはまあまあ気の利いたことをしたんじゃね。午後の紅茶ありがとね!」
「どういたしまして」と僕も小さく返す。
「はいはい、用が済んだらあんたはあっち。しっしっ!」
「あ……」
自分の席へと追いやられながら佐々木さんの方に目を向けてみれば、
彼女はにっこり花の咲いたような笑顔で僕を見送ってくれていた。
ブックマークありがとうございます。
これからも頑張ります。φ(ΦωΦ )
次回をお楽しみに!




