30. 林だよね?
「なあ林、今朝もちょ~と話があんだけどさ~」
「ねえ佐々木さん? ただ話をするだけなら、このヘッドロックは必要ないんじゃないかな?」
とは言え、今日のヘッドロックはなんだかふわっとした抱擁みたいなものだった。
「あ――コレね。でもコレ外すと林は逃げるでしょう?」
「逃げないよ!」
「……じゃあ、こっちにしといてあげる!」
佐々木さんは僕の机の前に回り込むと、その場にしゃがみ込んだ。
「つーかまーえたー♪ えへっ」
「あ……」
なんと、机の上にある僕の両手に佐々木さんの手がそれぞれ重ねられているのだ。
「林の手温かいし」
僕は目の前にある佐々木さんの顔を直視できないでいた。
右へ左へと視線をさまよわせ、顔は沸騰しそうなほど赤くなっていく。
「え、えっと、それで話というのは……」
すると佐々木さんは上目遣いで僕のことをじっと見つめてきた。
「昨日のアレってさ、林がやったんでしょう?」
「さ、さあ? なにをいってるのか僕にはさっぱりわからないよ」
僕は顔をそむけながらも答えた。
「林だよね?」
「……だから僕は知らないって」
「うそ!」
「うそじゃない!」
「林、あーしの目をちゃんと見て」
「…………」
ううう、近いよ。これは近すぎるでしょ!
僕のハートは今にも飛び出しそうだけど、なんとか佐々木さんと目線を合わせる。
「おばあちゃんを助けてくれたのは林なんだよね?」
「何度も言うけど、僕はなにも知らないから」
「あー、やっぱり嘘じゃん! 林ってば嘘つくとき左の眉が少し上がるんだよねー」
「ううっ…………」
「それに物的証拠もあるし~」
「物的証拠?」
「そうコレ。この毛がおばあちゃんが寝ているベッドの枕元に落ちてたんだよね。これってお菊ちゃんの毛だよね~?」
毛の入った小さなビニール袋を机の上に出す佐々木さん。
あ~、気が付かなかった。
お菊のやつ、まだぎりぎり換毛期を抜けてなかったからなぁ。
「こ、これって本当にお菊の毛なの?」
「へぇ~、ここまできてまだとぼけるんだー」
焦っている僕を下から見上げてニタニタしている佐々木さん。
あ――、これは完全にバレちゃったよなぁ。
「まあいっか。あとは放課後にでもゆっくり聞くし~♪」
「…………」
放課後行われる予定だった事情聴取だが、なぜか急に僕の家でやることになった。
その理由としては、
『久しぶりにお菊ちゃんと遊びたかったから』だそうだ。
僕はやれやれと思いながらも、結構嬉しかったりもした。
今回は佐々木さん用の紅茶も用意してあることだしね。
僕たちは学園で別れた後、マンション近くの駅にて合流。
ここからは二人で歩いてお菊が待つ我が家へと向かった。
僕は学校帰りなので学園の制服を着ているけど佐々木さんの方は私服だ。
これは最初からくる気満々だった? なーんてことは流石にないかな。
佐々木さんの今日の装いは、黒のスキニージーンズにヒョウ柄の襟付きボアジャケット。
冬ギャルファッションの佐々木さんも、人目を引いておりとてもかっこいい。
佐々木さんの彼氏になるやつがほんとうらやましいよ。ちくしょ-!
「寒くなってきたね~」とか「もうすぐ期末テストだね~」などと、
とりとめのない話をしているうちに、あっという間にマンションへ着いた。
キーロックを回しエントランスへと続く自動ドアを開け、
「僕は自転車を置いてくるから佐々木さんは先にエントランスの中に入ってて」
「うん、おけまる!」
僕は駐輪場に自転車を止めると急いでエントランスへと戻ってきた。
あれ居ない!?
先に部屋の方へ行っちゃったのかな?
追いかけようとすぐにエントランスを飛び出すと、僕の部屋の前で佇む佐々木さんが目に入った。
「佐々木さん待たせてごめんね。寒かったでしょう?」
「…………」
顔を隠すように下を向いている佐々木さん。
???
まさか怒ってる?
僕は急いでドアを開け玄関の照明を点けた。
「さあ入って入って!」
「…………」
なぜだか急に無口になってしまった佐々木さん。
僕はそんな佐々木さんを部屋へと招き入れ、靴を脱ごうと振り返ったその時、
――パチン!
いま点けたばかりの玄関の照明が消された。
「さ、佐々木さん!?」
――とすん!
僕は狭い玄関の壁に押さえつけられた。
胸にはポヨンとした何かが押し当てられている。
「あ、あの……」
言葉を発しようとした次の瞬間、僕の口は柔らかいものによって塞がれた。
「んん、んんんんん、んんん…………。ハァ、ハァ、あーしもうダメ。いろいろと振りきれちゃったみたい。林がしゅき♡ しゅきしゅき♡ んんん、んんんんん、んんん…………」
『ええ、ええええええええええ! これってキッス!? 佐々木さんと僕が!? ――――プツン!』
吉十の頭は過度のプレッシャーによりショートしてしまった。 もったいない。
あれ? リビングのソファーだ。
僕はいつの間に眠ってしまったのだろうか?
「あはははははは。ハーイお菊ちゃん次これやろう!」
「わふ!」
え、佐々木さん?
もしかして佐々木さんをほったらかしにして寝ていたの?(汗)
あれ、帰ってきてから僕何してたんだっけ?
いやいや、今はそんなことより早くお掃除して準備しないと。
「ハーイ、次は黒まろいくよ~!」
「わん!」
ん、黒まろも居るの?
僕は寝ていたソファーから上体を起こした。
すると僕が起きたことに気づいたお菊が鼻先をフンフンいわせてこちらに近寄ってきた。
そしてお菊はそのまま頭を僕のお腹にこすりつけてくる。
「ただいまお菊。心配かけたみたいでごめんな」
「あ! 林やっと起きたし。運ぶの大変だったんだからね!」
黒まろとボール遊びをしながら、首だけこちらに向けて文句を言ってくる佐々木さん。
「あ――、佐々木さんにもいろいろと迷惑をかけたみたいでごめんなさい。すぐに準備するから少し待ってて」
「うん。でも、そんな慌てなくても大丈夫だし。リビングの片付けもある程度やっといたから」
「へっ!?」
ソファーの上からリビングを見渡してみると、なるほど確かにいつものように片付いている。
「どうよ? バッチリ出来ているっしょう。このまえ林がやってるとこしっかり見てたし」
得意げにウインクを飛ばしてくる佐々木さん。
マジかよ。トイレシートの張り替えまでも……。
「ありがとう佐々木さん。僕すぐに着替えてくるから!」
僕は自分の部屋に入ってガンダで着替えた。
そして紅茶の入ったマグカップを佐々木さんに差し出しながら、
「あの佐々木さん。これはその……、お誕生日って聞いたから」
「マジマジ! あーしにくれんの? え――――っ、これってダンジョンたんのやつじゃん! 富士みこだ―。バイブス、アゲ~! もう、あーしあがりすぎてヤバたんなんですけどぉぉぉ!」
「喜んでもらえてよかった。佐々木さん誕生日おめでとう! これからも仲良くしてくれるとその……うれしいです」
「…………」
???
「さ、佐々木さん?」
「…………」
富士みこ人形を掴んだ佐々木さんに僕は自分の部屋へ連れこまれてしまった。
ベッドに放られる僕。
覆いかぶさってくる佐々木さん。
「んん、んんんんん、んんん…………。ハァ、ハァ、ハァ、あーしまた振りきれちゃったみたい。林が悪いんだからね。あーしがエチエチなのもぜーんぶ林が悪いの。しゅき♡ しゅきしゅき♡ んんん、んんんんん、んんん…………」
一瞬これは夢じゃないかと思ってしまった。
だけどこの唇の感触、佐々木さんの吐息、それにむせかえるほどのフレグランスと女性の匂いが、これは現実の事なんだと示してくれている。
僕は努めてやさしく佐々木さんを抱き返した。
思いのままに任せると彼女を壊しかねないからだ。
『大好きな彼女を抱きしめたら肋骨が折れました』ではマジ救えない。
ステイタスが上がっている分、しっかり自己抑制していかないと大変なことになるからね。
お読み頂きましてありがとうございます。
次回をお楽しみに!




