29. お金で買えないもの
12月に入った。
今年も残すところ一月。
駅前などではクリスマスツリーが飾られ、街行く人の目を楽しませている。
それでもって、マスコット人形はどうなったのかというと、
もなかから話を聞いた翌日、ギルドのDマートへ行ってみたけど残念ながら売り切れだった。
だけど商品が並んでいたと思われる箱の前には『近日入荷』と書かれた紙が貼ってあり、
それを信じてDマートに通うこと五日、ようやく『富士みことちゃま人形』をゲットすることができた。
佐々木さんの誕生日は明後日の12月3日だ。
恋人でもなんでもない僕がプレゼントを渡すのだから当日は避けた方がいいよね。たぶん。
じゃあもう、今日渡してしまおうかな。
何て言って渡す?
普通に『誕生日おめでとう!』でいいよね。
ん、待てよ。
どうして僕は佐々木さんにプレゼントをあげようと思ったんだ?
・友達だから?
・綾香に誕生日を教えてもらったから?
・今度一緒にダンジョン探索を行うから?
いや、そんなことよりも僕は佐々木さんの喜ぶ顔が見たいだけなんだ。
この気持ちってもしかして……。
――ドックン!
「…………」
僕の顔は朱を注いだように真っ赤になった。
ガラガラガラガラ。
教室後ろの引き戸が開く。
ドキドキしながら引き戸の方に目を向けると、
「うぅ~、寒い寒い寒い。廊下も暖房入れてくんねーかな」
入ってきたのはもなかだった。
「お、もなかおはよう!」
「うっす吉十、今日は一人か?」
「うん、佐々木さんはまだ来てないね」
結局この後も佐々木さんは姿を見せず、朝のホームルームで病欠であることが伝えられた。
――吉十の自宅マンション――
お菊の散歩を終え夕食を済ませた僕は、自分の机に向かって試験勉強をしていた。
二学期の期末試験までおよそ二週間。
赤点とって冬休みに補習なんてことになれば、
楽しみにしているダンジョン探索もできなくなってしまうからね。
それだけは何としても避けなくてはならない。
勉強も一段落ついたのでノートの上にシャープペンを転がし、両手をググっと上に伸ばす。
「うう~~~ん!」
伸びをしながら時計を見れば、もうすでに10時をまわっていた。
「うん、今日はここまでかな」
僕が椅子から腰を上げると、
今まで机の横で丸くなっていたお菊がむくりと立ち上がり、僕についてリビングに出てきた。
コポコポコポコポ。
買い置きしていたインスタントのカフェラテにお湯を注げば、ふわっと甘い香りが部屋中に広がる。
マグカップをリビングテーブルの上に置いた僕はソファーに腰掛けスマホを手に取った。
「…………」
いや、まあ、佐々木さんはただの風邪かもしれないし、大きなお世話だとは思うんだよ。
思うんだけど、どうしても気になってしまうのだから仕方ないよね?
〈LINE〉
――病欠だったけど、具合はどう? 林、
――私は大丈夫なんだけど…… 佐、
――どうしたの? どこか痛いの? 林、
――ちがう。おばあちゃんが危篤で 佐、
――ゴメン。大変な時にラインして 林、
――ううん、いくらか気がまぎれるから 佐、
――そっか…… 林、
――いやだ。おばあちゃん死ぬのはいや 佐、
――なんでなの? 佐、
――昨日まであんなに元気だったじゃない 佐、
――目をあけて 佐、
――もう一度私とおしゃべりして…… 佐、
そこには佐々木さんの心の叫びがおばあちゃんに問いかけるように綴られていた。
やり取りの最後に運ばれた病院とおばあちゃんの病状を聞き出してから僕はLINEを閉じた。
なぜ、そのような強引なことをしたのかというと、
僕は今『ハイポーション』を所持していたからだ。
この前、お菊が持ち帰った戦利品の中に一本だけハイポーションが混じっていたのだ。
それに佐々木さんのおばあちゃんといえば、文化祭の二日目に一般客としてお見えになっており、
「優里ちゃんがいつも世話になっているわね。これからも仲良くしてあげてちょうだい」
そう言ってたこ焼きを買ってくれたんだったよな。
いつもにこにこ朗らかで、とても優しそうなおばあちゃんだった。
あれからまだひと月ほどしか経っていない。
あんなに元気そうだったのに……。
病名は脳卒中に分類される『脳出血』であるという。
脳の細かい動脈が破れ出血。その血のかたまりにより脳を圧迫して様々な症状を引き起こす。
出血量が多い場合には生命に危険が及ぶこともある。
僕はすぐさま五郎おじさんに連絡を入れた。
………………
…………
……
「大方の話は理解した。その病状なら効果が十分に期待できると思う。ただ問題なのは、ハイポーションが日本では未だに不認可だということだ。表から行けば門前払い。強引にやると薬事法違反と暴行罪で刑務所行きだな」
「治ると分かっているのに認可が下りないのはどうして?」
「成分分析に時間がかかっていることと、各方面の利権が絡んでいるからだな」
「うふぇ、利権!? 表では人命第一とか謳っていても結局はお金なんだね」
「世知辛いがそういうことだな。でも、いいのか? ハイポーションならオークションに出せば一千万を超えることだってあるんだぞ?」
「それは知ってる。でも人の命はお金では買えないから」
「よく言った! 今回は俺も全面協力させてもらう。まずはお菊を俺のところによこしてくれ!」
「優里ちゃん……、優里ちゃん……」
「…………おばあちゃん?」
「優里ちゃん、こんなところで寝ていたら風邪をひいてしまうわ」
「えっ、おばあちゃん? 寝ていなくても大丈夫なの?」
「ええ、もうすっかり。かなり長い間眠っていたようね」
「で、でも病気は?」
「病気?」
「ああ、そうか……。おばあちゃん家で急に『頭が痛いの』と言って気を失って、それで救急車で運ばれて、それで病院で検査したら重病でもう助からないって、それで、それで、それで、うわわぁ~~~~~ん!」
「おお、よしよし、優里ちゃんそんなに泣かないで。私はもう大丈夫だから」
「うぇぐ、うぇぐ、本当に? 死なない?」
「ええ本当よ。こんな泣き虫な優里ちゃんを残しては死ねないわね」
「それにさっき夢を見たの」
「夢?」
「その夢にはおじいさんとりんごちゃんが出てきてね。私がせっかく会いに行ったのに『お前がここに来るのはまだ早いから帰りなさい』ですって」
「おじいちゃん……」
「それで帰り道がわからないのよって言ったら、『ぼくが案内してあげる!』そう言ってりんごちゃんがここまで案内してくれたの。そして最後に、りんごちゃんが振り返ったときに『ありがとう』って私が言ったら、りんごちゃんはなんて言ったと思う?」
「りんご……」
「『ボクはなんにもしていないよ。お礼を言うならボクなんかより茶色い大きな犬を連れたお兄ちゃんに言ってあげな』ですって。でも私にはそんな知り合いはいなかったと思うのよ。優里ちゃんなら何か心当たりがあったりする?」
――茶色い大きな犬を連れたお兄ちゃん。
その後、見回りにきた看護師が起き上がって普通に話をしているおばあちゃんを見てビックリ。
それでもって、呼ばれて駆けつけてきた担当の先生もビックリ。
さらには院長先生や他の先生方まで集まってきて、病院内は大変な騒ぎとなった。
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