18. レベルアップは突然に
10月に入って気温も25度を超えることはなくなり、肉づきのいい僕にとっては優しい季節となった。
とはいえ、動けばそれなりに汗は出る。
今まで汗や臭いのことなど、気にしたことがなかった僕だけど、最近は状況が変わりつつある。
そう、佐々木さんの存在だ。
佐々木さんはギャルだからかもしれないけど、やたらと距離感が近いのだ。
今朝だって、誰も来てない教室で僕がひとり音楽を聞いていると、
気付かないうちに教室へ現れた佐々木さんは、静かに僕の後ろから近寄ってきて、
自販機で買ったばかり、冷え冷えのいちご牛乳を僕の首筋に当ててきた。
――ビクッ!
わ――お! ビビったー。
振り返れば、佐々木さんが「にしし!」としてやったりの笑顔を見せている。
「びっくりしすぎっしょ。マジうける~」
「さ、佐々木さん?」
僕が抗議の目を向けると、
「あーしが来たのに気づかない林がわるい」
「あ……。おはよう佐々木さん。気がつかなくてごめん」
「うん、許してつかわす。以後気をつけるのじゃぞ」
「はは――っ!」
ふたりで顔を合わせて笑いあう。
「それで、そんなに夢中になって何聞いてんの?」
「『人にやさしく』THE BLUE HEARTSだね」
「ザ・ブルーハーツ?」
「うん、昔のロックバンドなんだ。ザ・クロマニヨンズとか、甲本ヒロトって知ってる?」
「知らなーい」
「そっか、結構有名なんだけどね」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に聞いていい?」
「あ、うん、いいけど」
「なら、こっちのイヤホン貸して」
僕は右耳からはずしたイヤホンを佐々木さんの手のひらにのせた。
佐々木さんは僕の机に片手をついて、立ったまま片方のイヤホンを耳に当てている。
あの~、佐々木さん? イヤホンは隣の席でも十分に聞こえると思うんだけど……。
佐々木さんは目を閉じて音楽に集中している。
僕は目の前にある佐々木さんのお胸を極力見ないよう、窓の方に目を向け、
ビルの谷間から見える小さな空を眺めていた。
………………
ん、それで何の話だっけ?
ああ、臭いね。におい。
佐々木さんは距離感が近いので、特に注意が必要なんだ。
だから僕も最近では、朝シャワーのあとは0制汗スプレーを使用し、
学園にいる時は汗拭き用にボディシートを常に持ち歩いている。
エチケットは大切だよね。
「ねえねえ優里。聞いてよ~」
「どうしたの美桜」
佐々木さんに声をかけてきたのは相州 美桜さん。
このクラスにいる佐々木さんのギャル友の一人だ。
「ん、肉丸はこっち見んなし。キモいからあっち向いてろ!」
「…………」
見ていただけでこれだ。
まあこれが、このクラスにおける一般的な対応だったりする。
もう慣れているから気にはしないけど。
「まあまあ美桜、そんなイキんないでさ。話があるんでしょう?」
「べつにうちはイキってないし。べ――だっ!」
わざわざ僕のほうを向いて舌を出してくる美桜さん。
僕は前を向いたまま、見えないふりをする。
「それがさー、うちのバ先のパイセンが、よそのシマの客取っちゃってー、『シマ荒らしだー!』てんで向こうの上役が出ばってきてさ、どちゃくそ揉めててくそヤバ過ぎて、しぬぅ! てなってんだよねー」
「ほまに? それで美桜は大丈夫なかんじ?」
「うん、うちがやってんのはパパさん相手のゆるーいやつだしー。しばらく近づかないようにしてれば大丈夫っしょ」
「そっか。それならいいけど気をつけなよ。拉致られたら終わりだかんね」
「わかってる。わかってる。それよりも優里、今度しまむら行こうよ? 秋冬のインナーなんてしまむらで十分じゃね」
「あー、あーしも欲しいシャツがあったんだよね。いいよ、予定空けとくからLINEしろし」
「うん。じゃあね~」
「なあなあ吉十」
「なんだよもなか」
「今度の木曜日に必ず返すから、ガチャ代500円貸してくんねーか」
「はっ? またかよ。ガチャぐらい我慢したらいいだろう」
「まあ、そういわずに頼むよー。そこのアニメイトに新作が入ってるんだよ」
「確かに新作は気になるよな」
「だろう。ちゃんと利子も付けるからさ」
「まあ、利子はいいとしても、懸賞で当てたクオカードで元金の返済をするのはどうなんだよ」
「えっ、ダメだったか?」
「んん、まあ、ダメというか……使いづらいんだよ。この前のあれAV女優のやつだったじゃん」
「そだな」
「西友なんかはいいけど、まだ自動精算機がないコンビニとかもあるんだぞ」
「ふ~ん、するってーと吉十くんは、うっふんあっはんはお嫌いでいらっしゃる?」
「いや、そこまでは」
「でも案外、使いきったそのクオカード、こっそり財布に忍ばせているんじゃないかな~?」
「…………」
「もっとすごいのもあるよ~」
「…………」
僕は財布から500円硬貨を取り出すと、それを黙ってもなかに渡した。
今日はぽかぽか陽気のいい天気。
午後からの授業をうとうとしながら受けていると、
ピーン!{レベルが3に上がりました}
急に頭に響いてきた例の音声ガイダンス。
なんだ? どうした?
眠気も一気に吹き飛んで身構える僕。
しかし、ここはダンジョンではなく学園の教室だ。
いったい何が起こっているんだ?
こちらに原因がないなら、お菊の方か?
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン……
おお、いいタイミングで授業が終わった。
僕は急いでスマホを取り出してペットカメラのコントローラーを起動させた。
カメラを遠隔操作し、家のリビングを映しているんだけど、
お菊の姿がどこにもない。
『お菊どこ行った?』
嫌な汗が僕の背中をつたう。
もしかしたら五郎おじさんかも。
五郎おじさんが何らかの理由でお菊を連れ出したのかもしれない。
そう思い、五郎おじさんに電話をかけるが……留守録だ。
ああ、どうする? どうしたらいい?
――――タラリラッタリタラタラッタッター♪♪――――
予鈴が鳴ったぞ。どうする? このまま早引きして帰るか?
そこで僕は、もう一度ペットカメラを動かしリビングを見てみた。
――居た!
なんだ、ちゃんと居るじゃないか。
さっき見たときはペットカメラの死角に入り込んでいたんだな。
「林、そろそろ先生が来るよ。スマホはしまえし!」
「あ、佐々木さんありがとう」
そう言って、スマホの画面を消そうとしていたその時、
一瞬だけだが、黒犬がカメラの前を横切ったのだ。
『はあ!?』
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン……
やば! 僕は急いでスマホを机の中に入れた。
あれって黒まろだよな。
じゃあ、さっきのレベルアップも黒まろの仕業?
いや、いくらなんでもそれはないだろう。
しかしあの野郎、どうやってうちに出入りしてるんだ?
お読み頂きましてありがとうございます。
次回をお楽しみに!




