17. いったい何者?
うちのマンションを出て、歩くこと15分。
僕たちは今、木場公園内にある日本ダンジョン協会、江東支部の前に来ていた。
「佐々木さん、着いたよ。ここが江東ポータルがあるギルドの建物だよ」
「へー、想像していたより結構大きな施設じゃん。広い駐車場も備えてるし」
「うん、有料だけどね」
「ここって一般の人も入れるの?」
「うん、パスが必要になるところ以外は大丈夫なはずだよ。よかったら見学してみる?」
「あ、う~ん、今日はいいかな。あまり時間もないし。どのみち研修で通うことになるんだし」
「じゃあ、公園の中を通って帰るとしようか」
「うん」
そして僕たちは、公園内にある売店の前で休憩することにした。
そう、いつも寄ってる自販機はこの売店の前に置いてあるのだ。
「あー、林が今買った緑のやつってな~に? 初めて見るし」
「あっ、これ? これはスコール。炭酸飲料だよ」
「美味しいの?」
「僕これにハマっちゃって。すごく美味しいよ」
「じゃあ、あーしもそれにする」
お菊にお水をあげた後、佐々木さんと並んでベンチに座りスコールを飲んでいると、
「わんっ!」
ほら来た、黒まろの登場だ。
『よっ、元気か?』
とでも言うように、お座りしたまま右の前足をちょこんと上げている。
ほんとコヤツは人間くさいよな。
いや、まあ、犬なんだけども。
でも、コヤツって意外と調子よさそうだから、
おだててやったら、後頭部に手をあてて、しんちゃん笑いでもしそうだよな。ククク。
「ガウウ、ガガガガウガウ、ガウワウ?」
『おまえ今、何か変なことを考えているだろう?』とか言ってそうだ。
ちっ、勘のいいやつめ。
「えっ、なになに、この黒柴ちゃんってお友だちなの?」
「あ、うん、どこの犬かは知らないけど、この公園でよく会うかな。お菊におやつをやってるといつも近寄ってくるんだ」
「ああ、そうなんだ。今日はあーし、お菊ちゃんにあげようと犬用のジャーキー持ってきてるし。今あげちゃってもOK?」
「うん、大丈夫だけど、ご飯前だからあげ過ぎないようにしてね」
「ほいほい。じゃあお菊ちゃんからね!」
お菊、そして黒まろにと、かわりばんこにジャーキーをあげている佐々木さん。
犬たちを慈しむように優しい笑顔をしている。
そんな彼女の横顔に僕は思わず息をのむ。
そして、心の中でこう願った。
『時間よ止まれ』
その瞬間、周りの時の流れが緩やかとなり、佐々木さんや犬たちの動きがスローモーションのように感じられた。
――これは!?
何が起こっているのか僕にはわかる。
これは僕が持っているスキルの一つである、『アクセル』が発動したのだ。
なるほどね。発動する前に息を止めておかなければいけなかったんだ。
ということは、
「はぁ―――」
息を吐き出すとスキルが解除されるわけだ。
戦闘中にどれくらい息を止めておけるだろう。
プロボクサーでも息を止めての打ち合いは、1分間が限界だと聞いたことがある。
「なーに、林ってば、ため息なんかついて~。疲れちゃった?」
「あ、いや、これは違うんだ。えっと、その、深呼吸。そう深呼吸をしていたんだよ」
「へ~、そうなんだ」
と、その時、
「ちょっとあんた達! そこにいる犬はあんた達の犬なのかい?」
いきなり僕たちに話しかけてきたのは、自販機を置いている売店で働くおばちゃん。
お菊の散歩で、よくここの自販機を利用していた僕は売店のおばちゃんとも顔馴染みである。
「どうもこんにちは。犬がどうかしたんですか?」
「ああ、あんただったかい。いつも店に寄ってくれてありがとね。それが、どうしたこうしたもないんだよ。最近この辺りにのら犬が増えちゃってね。ゴミ箱はあさるし、うんこはそこらにし放題で、ほとほと困ってるんだよ」
「あー、それは困ったものですね。ここは隠れるところがいっぱいあるから」
「そうなのさ。おまけに、わざわざエサをやりにくるバカもいるしで、まったく参ってしまうよ。ところで、そっちの大きいのがあんたの犬だろう。じゃあ、こっちの黒いのは……」
「わたしの犬です! なまえは黒まろです!」
佐々木さんは黒まろを抱き上げると、膝の上にのせて頭をなでている。
「ああ、そうだったのかい。それは失礼したね」
そう言うと、おばちゃんはひとり売店の方へと戻っていった。
途中すれ違った僕に、『がんばりなよ』と小声で余計な一言を残して。
それで、どうしてこうなった?
ここは僕が暮らしているマンションの部屋。
僕がいて、お菊がいて、お客さんである佐々木さんがいる。
そこまではいい。
そこまではいいのだけれど、どうして黒まろがここにいるの!?
しかも、当然のように居座っているソファーの一角。そこは僕の席なんだぞ!
横に座っている佐々木さんも、そんなに黒まろを可愛がることなんてないんだよ。
あ、いま黒まろと目が合った。
なぜだか、考えていることが少しわかったぞ。
こやつ今絶対ゲス笑いしているだろ。チキショ―――っ!!
いけない、いけない、冷静に、冷静に。
まずはお菊にご飯をあげないとな。
お水はよし、大丈夫だな。
あとは餌ボウルにカリカリを盛ってと。
ん、餌ボウルの横にある、この年季の入ったフライパンはなんだ?
僕が再びソファーの方に目をやると、やはり黒まろと目が合ってしまった。
あの野郎、メシまで食っていくつもりか!?
ソファーで寝そべっている黒まろを僕が恨めしそうに睨んでいると、
――???――
黒まろは僕だけに見えるように、ツンツンと前足でソファーの下を指している。
ん、なんだ?
くぁwせdrftgyふじこlp!!
なんとそこにあったのは、もなかから借りている戦利品の薄い本。
僕の部屋にあるはずのものがなぜリビングに?
しかもアレは一級の危険物。『夜のおかず』と共にベッドの下にしまっておいたのに……。
いや、今はそんなことを考えている時ではない。
間違っても佐々木さんには見つからないようにしなければ。
黒まろの術中にハマるのは癪けど、僕は仕方なしにフライパンにもカリカリを盛った。
あのあと、犬たちの食事風景を温かく見守っていた佐々木さんだったが、
犬たちが満腹になり居眠りを始めると、
「さてと、あーしはそろそろ失礼すんね。装備のことはまた別の日に教えてくんなし」
「うん、僕の方は全然大丈夫だよ。じゃあ駅まで送るね」
「えへへ、一人で歩くのも寂しいし。林が疲れてないなら話しながら駅まで一緒に行こう」
そんなわけで佐々木さんを駅まで送り届け、
近くのスーパーで買い物を済ませてから家に戻ってみると、リビングにはお菊の姿しかなかった。
『あっ、あいつまさか!?』
僕はとっさに自分の部屋へ飛び込んだが……あれ、いない。
もしやとベッドの下も覗き込んでみたが……やっぱり、いない。
その後、トイレや浴室も覗いてみたが黒まろの姿はどこにもなかった。
黒まろっていったい何者なんだ?
………………
結果からいうけど、
その後、佐々木さんがうちのマンションを訪ねてくることはなかった。
なぜかというと、探索者の装備品カタログやダンジョン専門雑誌などを、僕がふせんを付けて毎朝教室に持ち込んで、佐々木さんに説明していったからだ。
『また、そんな余計なことを』と思うかもしれないけど、
ダンジョンへ持っていく物が、男性と女性では結構違っていたりするのだ。
それに、佐々木さんがうちのマンションに来てくれるのは嬉しいけど、あまり頻繁に出入りされると僕の気が休まらないよ。
はいはい、ヘタレですみませんね。
でも、次の時のために、美味い紅茶ぐらいは用意しておきたいな。
ペットボトルの午後の紅茶では、ちょっと味気なかったよね。
お読み頂きましてありがとうございます。
次回をお楽しみに!




