7.黒猫の落とし前
翌朝、クランハウスは異様な静けさに包まれていた。
「あれ……ねえ爺ちゃん、マオ見なかった?」
「おらんかの? 今朝から姿を見ていないが……最近
様子がおかしかったから、もしかしてじゃが――」
ふたりが話しているところに、ナルイが慌てて入ってくる。
「お前ら、マオが……!」
ナルイに促されて、アゲハとドラフトがマオの部屋を覗くと、ベッドは空で、マジックバッグもハーモニカもなくなっていた。
テーブルの上には、綺麗な状態のアゲハの母の楽譜と、下手くそな字の短い手紙が置かれていた。
『アゲハ、ナルイ、ドラフト爺さんへ
世話になった。楽譜は返します。
ポーション代は、【クロリスの結晶】で払ったと思う。
今までありがとう。
マオ』
アゲハは手紙を握りしめ、目を潤ませる。
「マオ……なんで!? なんで黙って出てくの!?」
「猫のマオと同じじゃな……。急に居なくなりおって……」
「あいつ、もしかしたら……なんか思い出したんじゃねぇか? 昨日の砦……いや、市場で買い物した後くらいから、変だったもんな……」
ナルイのしかめっ面をアゲハは覗き込む。そして、マオのいつもと違った様子を思い出す。
「市場って、迷子の親を探したって言ってた日?」
「ああ。あの辺りから、小さい方のマジックバッグを手に考え込んでることが多かった気がする」
「小さい方のマジックバッグって、元から持ってたやつじゃん……。 迷子の親子は前からの知り合いだったのかも……その親子に聞いたら行き先わかるかな?」
アゲハは楽譜を手に、決意を固めた。立ち上がり、ブーツを履くのもそこそこに、勢いよく家を出る。
「マオ、絶対見つけるから! あいつはもう、うちのクランの吟遊詩人なんだからね! だって、この楽譜は、もう、あんたにあげたものなんだから…… 」
マオ――いや、カラシュは古都ユニバースの闇に紛れ、かつてのクラン【爽風の緑】の本拠地である水都スイレンにいた。かつてカラシュとして生きていた頃のような、粗末なマントに身を包み、廃墟同然の空き家に身を潜めていたのだ。
【爽風の緑】の集会の日で、クランのメンツが揃うのを待っていた。一気に方をつけるために。
「……落とし前をつけてやる」
ハーモニカを握りしめ、カラシュは思い出した過去への怒りで腸が煮え繰り返っていた。久しぶりに感じる苛立ちは、死ぬほど不快だった。
先日、記憶を失ったときに持っていた高級そうな煙管を、竹とんぼなどと一緒にギルドにて精密な鑑定を依頼していた。
―――あの日、ギルドの鑑定士は難しそうな顔をして、鑑定結果を知らせてきた。
「申し訳ないが、ギルドの規定によりこちらの魔道具はお返しできないことになった。この煙管自体もだいぶいわく付きだが……不味いのはこびり付いていた薬草だ。本来違法なもので、火をつけられるくらいの量がのこっていたら、衛兵に届けなきゃならないくらいだ。……記憶を失ってるとは聞いているが、どこで手に入れたから思い出したら、届けを出して欲しい。悪いようにはしないから」
鑑定士の話によれば煙管は【操煙の煙管】という魔道具で、その雁首には【幻霧草】と言う薬草がこびり付いていたらしい。
【幻霧草】は魔力を他人に譲渡する効果があり、【操煙の煙管】に刻まれていた魔法陣から、どこかにある魔法陣の持ち主に魔力を持っていかれていたらしい。また、【幻霧草】は麻薬のような効果と常習性もあり、長年常習すれば廃人になりかねないため、この国では違法なんだと鑑定士に言われた。
その時は【操煙の煙管】をなぜ自分が持っているのかも記憶になかったが、―――今ならはっきりと、誰からもらったものか思い出していた。
刑務所に入る直前まで、麻薬のようにタバコに取り憑かれていた自覚はある。ただ、それが【幻霧草】だと知らずに吸っていた。貴族や金持ちしか手に入れられない特別な"高級タバコ"を、ブランから分けてもらっていただけのつもりだった。
そして【幻霧草】を手に入れるために、ブランから頼まれて、だいぶ無茶な仕事もしていた。いわゆる犯罪まがいの仕事も躊躇なく行っていた。いくら拾ってもらった恩義があるとは言えカラシュがブランの言いなりになっていたのは、麻薬のような【幻霧草】のせいだろうと推測出来た。
そして、記憶を取り戻したカラシュには、【操煙の煙管】の魔法陣にも覚えがあった。ブランの首元にあった趣味の悪いネックレスのペンダントトップ。あの文様は明らかに魔法陣であった。そして、この煙管を譲ってくれたのも、ブランだ。
自分の魔力が少ないコンプレックスもあったし、「魔力の少ないお前を拾ってやった恩を返せ」などブランに言われて無茶な仕事をさせられもしていた。もしカラシュの魔力を奪っていたなら、ブランのマッチポンプでしかない。
カラシュは、夜の水路沿いに立つ【爽風の緑】のクランハウスを遠くから見つめていた。
白と緑の塗装が施された偽善的な外観に、吐き気がするほど過去の記憶が蘇る。かつてないほどの魔力が自分の身を包んでいることが分かる。
「まずは、前菜だな。主菜は最後のお楽しみだ」
ハーモニカを口に当て、カラシュは静かに《血の戦歌》を吹き始める。
旋律が身体に力をみなぎらせ、攻撃力を高めるバフが彼自身を包む。
クランハウスの裏口から忍び込み、斥候のリーが煙管を吸いながら見張っている隙をつく。カラシュの動きは盗賊のように素早く、リーが気づく前に攻撃力のバフのかかった一撃を加えた。
リーは呻き声を上げて倒れ、あっけなく意識を失う。
カラシュの足元に倒れたリーの横に、似合わない豪華な煙管が転がっていた。
「あぁ。リー、お前もか……」
煙管を拾い上げて、紋様が魔法陣であることを確認する。見覚えのある柄だ。
これも【操煙の煙管】に違いない。煙草も昔から吸っている懐かしい香りがするから、雁首に詰められているのは【幻霧草】で間違いないだろう。
カラシュやリーのような支援職はおそらく、今までずっとブランに搾取されてきていたのだ。文字通り魔力を。
カラシュは少し考えて、証拠になるかもしれないとそれをマジックバッグにしまい込む。
倒れたリーはそのままに、クランハウスに難なく侵入する。
「ダングたちはこの時間帯、まだクランの部屋でメシ食ってるか、飲んでるあたりか……」
カラシュはクランハウス内を進み、ダングが酒を飲みながら配下たちと笑い合う部屋に辿り着く。休養日のこの日、ほとんどのメンバーがそこに集っていた。
緑色とアイボリーで揃えられた品のいい調度品やソファが、ダングたちには全く似合っていなくて無性に腹が立つ。
とくにダングの無邪気な笑顔――あの川辺でナイフを突き立てた時の顔がフラッシュバックし、一気にカラシュの怒りが爆発した。
「ダング! 」
カラシュが叫び、ハーモニカで《血の戦歌》をさらに強く吹く。部屋にいた他のクランメンバーが驚く中、カラシュは素早く動き、ダングの胸ぐらを掴む。筋力が支援で補強された状態のため、マオよりふた周りもデカいダングの身体が持ち上がる。
「てめぇっ……カラシュ!? 生き、てたのか!?」
ダングが目を丸くするが、カラシュは冷たく笑う。
「ははは、殺したつもりだったのか。ブタバコの規則正しい生活のおかげで、《癒しの旋律》の苦手な高音も出てたみたいでな、どうも回復量が多かったらしいぜ。」
「くっ、タバコを、吸ってなかった、から、か」
「まさかの誤算だな。ははっ」
カラシュはバフで強化された拳を振り上げ、ダングの顔に二度三度叩き込む。ダングは剣を抜こうとするが、カラシュの速度が上回り、連続の攻撃で床に叩きつけられる。クランメンバーが止めに入ろうとするが、素早い動きで距離を取ったカラシュがハーモニカで《蔦の絡まり》を吹くと、闇から魔力の蔦が躍り出てくる旋律が彼らを怯ませ、動きを封じる。
《蔦の絡まり》はアゲハたちとダンジョンに潜るうちに新しく覚えた戦歌だ。パーティメンバーの顔がチラつくが、頭を振ってブランの首を絞め上げる。
「てめぇの罪、全部吐け! ブランに言われて俺を殺そうとしたんだろ!?」
カラシュの声は怒りに震えているが、ダングは血まみれの顔で笑う。
「ハハ……そうさ、ボスの命令だ。てめぇみたいな役立たず、消えて当然だろ……魔力量も少ねえし、吟遊詩人なんで役に立たねえしよ――」
「ッ……!!!」
その言葉に、カラシュの理性が限界を超えた。ありったけの魔力を込めた拳で、殴りつけるとあっけなくダングは意識を失っていた。【操煙の煙管】を使っていないカラシュの魔力は、魔法を使わずに純粋な魔力だけでもこれだけの攻撃力があったのだ。
「もともとの俺の魔力量は、このくらいあったって、ことか……ははっ……」
同じように《蔦の絡まり》で拘束されている魔術師のウェイトや回復師のノースが驚愕の表情でこちらをみていた。その魔の抜けた表情に、彼らへの怒りは不思議と感じなかった。ただ、興味がなくなっただけだ。
「ずいぶんあっさりとした前菜だな……。まあ、いいか」
カラシュがハーモニカを鳴らすと、《蔦の絡まり》はさらにクランメンバーを締め上げて、その場にいる人間の意識を刈り取った。
崩れ落ちる彼らを見ることもなく、カラシュはクランハウスの最上階へ向かう。糞みたいに豪奢なブランの部屋へ、だ。
扉を開けるとブランはいつものロッキンチェアーに腰掛けていた。優雅な笑みを浮かべ、白いシャツに緑の髪を揺らしながらカラシュを迎える。
彼の手には見たこともない高級そうなブランティと、豪華な入れ物に入っている葉巻があった。下っ端に吸わせた違法なものではないホンモノなんだろう。高級煙草が趣味なのはウソではなさそうだ。
「やあ、カラシュ。生きていたとは驚きだ。ずいぶん変わったね」
ブランの声は甘く、胡散臭い政治家みたいだ。やたらと穏やかそうなその表情が、カラシュの癇に触る。
「久しぶりの再会だと言うのに、ずいぶん余裕そうだなブランよ」
カラシュはハーモニカを手に、《蔦の絡まり》を吹き始める。旋律が部屋に響き、闇から這い出た烏色の蔦がブランに襲いかかる。
ブランは立ち上がり、対抗するように杖を振るう。ブランの身体を鈍色の煙が包み、蔦の動きが鈍くなって思うように締め上げることはできない。何らかの重力魔法のようだ。
「おや……思ったよりも、魔力量があるみたいだね、カラシュ」
「てめぇのその魔法陣に、取られていないからな」
「いやいや、バッシーリアに入る前とは段違いだよ。それこそこの魔法陣で、キミの魔力量は把握していたからね」
「――っ、てめぇ……!」
カラシュはハーモニカをもうひと吹きして《猛虎の咆哮》で自身の攻撃力を上げると、ショートソードを振りかざす。
ブランは笑みを崩さずに、それを難なく杖で振り払い呪文を唱える。その重力魔法で体勢を崩したカラシュであったが、ハーモニカを一吹きしてそれを振り払い、もう一撃ショートソードを振るう。
その時にブランのペンダントが光り、魔法陣が刻まれた魔道具から鈍色の煙がさらに出てきてカラシュのショートソードを受け止めた。おそらく【操煙の煙管】で刈り取られた誰かの魔力だろう。
「ダングのことも、【幻霧草】も、全部お前の差し金だな?!」
「君は役に立ったよ、カラシュ。クランのランクを上げるため、多少の犠牲は必要だっただけさ。だが、こうして戻ってきたなら、どうだ? 新しい仕事を――」
「黙れ!――行け、《蔦の絡まり》」
ショートソードを振るいながら、カラシュが荒々しく歌うと、《蔦の絡まり》は四方八方からブランに襲いかかる。その怒りに任せた歌声は、ブランの煙の魔術を上回って部屋中を暴れ回る。さらに歌声を張り上げると、バツン、と煙が霧散した。
《蔦の絡まり》がブランの身体を捉え、動きを封じるとカラシュは歌を止めた。
そして、ブランの胸にショートソードを突き立てようとしたその瞬間、背後で聞き覚えのある声が響いた。
「マオ! やめなよ!」
カラシュが振り返ると、そこにはアゲハ、ナルイ、ドラフトが立っていた。手当をされたらしきリーの姿もみえる。おそらく傷の回復と引き換えに、リーがクランハウス内で彼らを案内したのだろう。
アゲハは息を切らし、楽譜を握りしめながら叫ぶ。
「マオ! こんなことしても、何も解決しないよ!」
「こんな荒事、お前さんには似合わんよ……儂らの吟遊詩人には、な」
「ったく、こんな遠くまで追いかけてくる羽目になるとはな。マオ、お前何やってんだよ」
ドラフトが杖を構え、その横でナルイが剣を抜きつつ呆れた声を出す。
「――どうして【爽風の緑】がわかった……?」
カラシュはナイフを握ったまま、震える声で言う。
「マオは……本当は、カラシュって名前で、【爽風の緑】ってクランに所属してたこと、リナちゃんのママ……ナギサさんに聞いたんだよ。あの、迷子になっていた母子の」
「……っ!」
「ナギサさんは言ってた。【爽風の緑】に入ってから、おかしくなっちゃったって。その、タバコを吸い始めてから人が変わってしまったって。ここ悪いクランなんでしょ?だからって、やめてよ、マオ――」
「俺は……マオじゃねえ――カラシュだ! こいつらに裏切られて、殺されかけた。ただのチンピラだ。チンピラがチンピラに落とし前つけに来ただけの話だ」
アゲハが一歩踏み出し、涙目で叫ぶ。
「マオでもカラシュでも、関係ないよ! あたしたちの仲間だろ!? 過去がどんなでも、あたしにはマオが必要なんだ! ハーモニカで歌って、ダンジョンで一緒に戦って、笑ってくれるマオが!」
カラシュの赤い瞳が揺れる。ダングは床で笑いながら呟く。
「ハハ……お前、こんなガキたちとつるんでたのか? 軟弱になったな、カラシュ……」
その言葉に、カラシュは再びナイフを振り上げるが、ナルイが素早く間に入り、剣でナイフを弾く。
「おい、マオ。こんな弱っちいザコ、潰してもなんも面白くねえだろ」
「そうじゃな、そこの奴は手を汚さずともギルトの鑑定結果と一緒にコイツラを突き出せば、バッシーリアで長い休暇を与えられるじゃろ。そのために儂らここしばらくギルドと頑張って働いとったのじゃよ」
「【幻霧草】のことは、ギルトマスターと俺らで話はついてる。ナギサさんの証言と、お前がナギサさんのところに残した煙草の箱、それからブランからの仕事と報酬が【幻霧草】であると示唆するメモなんかも残っていたぞ。ずいぶん無茶な仕事させられてんなあ、お前。――それに鑑定士から【操煙の煙管】についても報告があった。かなりの罪になりそうだぜ、このクラン」
「被害者もたくさんいそうじゃし、証拠もたんとある。お前さんの未来の時間は監獄で過ごすためのものじゃなかろう?」
カラシュはハーモニカを握りしめる。アゲハは近づき、その肩に触れた。
カラシュはハーモニカを下ろし、アゲハたちを見る。
「お前たち……なんでここまで……」
「だって、マオのハーモニカがないと、ダンジョンつまんないんだもん!」
「せっかくCランクパーティーになれたとこだしなぁ」
「また、わしが呪文忘れたら、だれが《トートの詠唱》を歌うんじゃよ?」
カラシュ……いや、マオはため息をついて、ハーモニカに口をつける。《蔦の絡まり》のメロディと共に、魔力の蔦がブランをあっけなく締め付ける。
「―――マオっ…!」
倒れ込んでいるブランの胸元から、元凶のひとつである魔導具のペンダントをむしり取る。
それから振り向くと、いつもの赤い瞳でアゲハたちを見回した。
「殺しちゃいねぇよ……。こいつをギルドに突き出すんだろ?」
「……っ、じゃあ」
「 そこにいる斥候のリーも被害者だ。俺が証拠の煙管を持っている。これでブランもダングもバッシーリア行きなんだろ? コイツラが俺が入っていたよりも長くあの"規則正しい生活"させられると思うと、そっちの方が愉快だ。ああ、主菜はこれでいいさ」
マオは、気を失ったブランを足先で軽く蹴ると、部屋を出る。それからパーティーメンバーにだけ聞こえる小さな声で、震えるような声で呟いた。
「……そしたら、帰っていいか?」




