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6.幻影と記憶の洪水

「"紅き大狼"さん、そろそろ中級者ダンジョン行きますか?」


ギルドで魔石を買い取りしてもらっているとき、アゲハたちはギルマスに呼び止められた。


「―――え、どう言う意味ですか?」


「魔石の納入量、魔獣討伐件数など、条件的にパーティーランク上げて大丈夫だとギルドで判断させていただきました。つまり、明日からCランクパーティーですよ」


「な、ナルイ、きいた?」

「アゲハ!Cランクだって!!!」

「やった〜!!」


「待ってください、まだCランクだから行ける中級者ダンジョンも限りがありますからね!?」


喜びすぎたアゲハたちをギルマスがなだめているのを、マオは笑顔で見ていた。ドラフトも嬉しそうに頷いている。

階位(レベル)が上がり、ドラフトの魔法も以前ほどではないが使えるようになり、また貧弱な装備からまともな冒険者装備にランクアップしたアゲハたちのパーティは、食いつなぐためにどうにかダンジョンの片隅で活動していただけの貧民から、ちゃんとダンジョン攻略をする冒険者になっていたのだ。Cランクは決して高くないが、ちゃんと冒険者と名乗れる身分だ。



「せっかく中級者ダンジョン行けるようになったし、試しに行ってみる?」

「そうだなあ。とりあえず近場で、乗合馬車がでてるのは……【死者の砦】あたりか」

「スケルトンの魔石はそれほど高くないけど、レイスのドロップ品は悪くないかもね」

「マオ、爺ちゃん、どうかな?」

「いいんじゃ、ないかな」

「ワシの魔法が役立ちそうなダンジョンじゃな!」


マオもドラフトも頷いたため、一行は中級者向けのダンジョン【死者の砦】の最上階を目指して進んでいた。


このダンジョンは、死者の魂が具現化する場所として知られ、怨霊や幻影が敵として現れる。マオはハーモニカで支援の旋律を吹き、ナルイの攻撃力上昇、アゲハの俊敏性上昇、ドラフトの防御魔法を支えていた。戦闘は順調だったが、階段を登るにつれ、冷たく湿った空気がマオの心に重くのしかかる。


一行が「追憶の部屋」と呼ばれるエリアに到達すると、突然、濃い霧が立ち込め、怨霊の群れがパーティを包囲する。これらの怨霊は攻撃するだけでなく、過去の罪や後悔を囁く声で心を乱すようだ。


「「アゲハ……ナルイ……なぜ、あなたたちだけ生き残ったの……? わたしたちはダンジョンに囚われているのに……」」


「うるさい! 幻なんか怖くない!パパもママも、そんなこと言わないしっ!」

「師匠の声まで真似て……くそっ、頭ん中に響いてくるぜ! 攻撃も通ってる気がしないっ!消えはするけど、また現れるな」

「くっ、―――マオ、支援(バフ)じゃあ、浄化できんかな……?」

「浄化の戦歌(うた)は持ってない……だけど、精神安定の戦歌(スキル)なら、いけるかな……」


マオは楽譜(スコア)を広げる。ハーモニカを吹き味方の精神を安定させようとするが、怨霊の声が彼に直接語りかけてくる。


「「カラシュ、お前は私を捨てた」」

「「裏切り者」」

「「お前の手は血で汚れてる」」


「………!!」


―――その言葉に、マオの胸が締め付けられる。


突然、頭に断片的な記憶が閃く。

東の島ザハンの海辺、幼なじみの女と竹とんぼを手に笑い合う日々。彼女が竹を削って作ってくれた竹とんぼを飛ばす風景。

田舎を捨て、ふたりで水都スイレンに出てきての同棲生活は初めは順調に行っていた。

最初の奉公先を首になってから転げ落ちるように、チンピラとして犯罪に手を染めていく自分。

賭場で会ったクラン【爽風の緑】の団長に借金の形に拾われ、言われるがままに盗みと暴力と詐欺まがいで働き、結局身代わりで監獄(ブタバコ)に入ることになった夜。

お腹の大きい女の失望した目と、竹とんぼを握る姿が蘇る。―――そうだあのとき、頬を平手打ちにされてんだった。マオはジンジンと痛む頬まで思い出していた。


「「ねぇ、わかってんの?! もうすぐ、うまれるのよ……?!」」



その瞬間、霧の中から一人の女性の幻影が現れる。彼女は市場でマオを睨んだ母親―――マオの昔の女―――に瓜二つだ。

彼女のそばには、市場で出会った女の子が立ち、竹とんぼを手に涙を浮かべている。


「「パパ、なんで置いていったの? 竹とんぼで一緒に遊ぶって約束したのに……」」


女の子の声が響き、妻の幻影が冷たく続ける。


「「カラシュ、あなたは、犯罪に走って、あたしたちを捨てた。あの子にどんな顔で会えるの?」」


「「二度と私の前に、姿を見せないで……!!」」



マオの手が震え、ハーモニカの音が一瞬途切れる。


「やめろ……俺は、俺は……っ!」


彼は叫ぶが、記憶が洪水のように押し寄せる。

ザハンの風が吹く浜辺、彼女と笑った日々、しかし自分が爽風の緑で裏切りと暴力に染まり、身重の彼女を捨てた瞬間。

全てが鮮明に蘇り、マオは膝をつく。



「マオ! しっかりして!」

「わかっておるだろう、それは幻影じゃ!! 偽物じゃよ!」


アゲハが叫び、剣で怨霊を切り裂くが、幻影は消えない。ナルイも、ドラフトも怨霊を切り裂いていくが数が多い。パーティーは怨霊に押され始めていた。


「あぁぁぁぁぁ……!!」


マオは無意識にハーモニカを握り、今の記憶にはない曲を吹いていた。

過去に彼女の前で吹いた《血の戦歌》であったが、マオは何故それを奏でているのか自分でもよくわからない。

自分が吹いているせんりつを耳で追ううちに、徐々に記憶が蘇ってくる。

若き日に師匠からメロディを教わったこと、爽風の緑での極限状態の戦闘でも使ったこと、かつてザハンの浜辺で彼女が「この曲、力強いね」と笑ってくれたこと。【爽風の緑】に入ってからは、《血の戦歌》でたくさんの悪事を犯してきた記憶。


戦歌(スキル)の力強い音色が響き、怨霊たちが怯み、マオの目に映る幻影も揺らぐ。パーティはマオの旋律に力を得て、怨霊を一掃する。




戦闘後、マオは部屋の片隅に座り込み、息を切らす。消えた幻影のいた方向を、じっと見つめる。


「マオ、なんだ今の曲!? めっちゃすごかったけど、なんか……悲しそうだった」


アゲハが駆け寄り、心配そうに言う。

ナルイが眉を上げる。


「アレは自分が後ろめたいと思ってることが幻影になるんだ。俺には師匠の幻影が見えていたが―――マオ、おまえは何を見たんだ?」


マオは竹とんぼを握り、声を絞り出す。


「あれは《血の戦歌》という曲だ……。ナギサ………幼なじみを、少し、思い出した、だけだ……」





パーティーの疲労が強く、まだ時間は早かったがアゲハたちは撤退することにした。

帰りのダンジョンでは何事もないように振る舞っていたマオだったが、自分の後ろ暗い過去が断片的に蘇った記憶に、心は重く沈んでいた。

【爽風の緑】という、裏の顔を持つクランでの犯罪まがいの日々。身代わりで監獄に入り、裏切りによって迷宮に置き去りにされた記憶。血を流しながら歌った最後の戦歌。そのすべてが、マオの胸に突き刺さる。


クランハウスに戻ったマオは、心ここにあらずだった。市場で出会った女の子の母親の怒り、ポケットの竹とんぼ、そして妙に高級な煙管―――それらが繋がり、彼がかつてどんな人間だったかを突きつけてくる。


様子がおかしいのは今日のダンジョンでうまくいかなかったせいだと思ったのか、アゲハいつもより明るく声をかける。


「【死者の砦】はちょっと難易度高かったね。マオ、明日は違うダンジョンに行くからね! 戦歌(スキル)でバッチリ支援してね!」

「マオ、 ミルク飲んだか? 明日のためにしっかり飲むんじゃよ。背も伸びんぞ〜」

「ポーション代、完済したからってサボるなよな。お前がいないと困るんだからなー」


「……ああ、わかった」


マオはハーモニカを手に小さく答えるが、その声にはいつもの力がなかった。



その夜、マオはクランハウスの屋根の上で一人、ハーモニカを吹いた。悲しげな旋律が夜空に響く。

ポケットから取り出した竹とんぼを手に、市場で出会った女の子の笑顔を思い出す。そして、拒絶するあの子の母親――ナギサの顔も。


「アゲハたちには……関係ない世界だ。俺みたいな奴が、こんな居場所にいていいわけない……」


マオはハーモニカと竹とんぼをマジックバッグにしまい、静かにクランハウスを後にした。自分のことで精一杯のスラムの誰も気づくことなく、マオは貧民街の闇に紛れる。


古都ユニバースの雑踏は、彼の足音を飲み込んだ。

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