5.竹とんぼと黒髪の子
アゲハたちのパーティは、【クロリスの結晶】をギルド経由で貴族へ売り払った。相手は、広大な農地を持つ領主だ。
おそらく次の季節には、【クロリスの結晶】の効果で豊作の報告が聴けるだろう。近隣だからこの古都ユニバースにも恩恵があるに違いない。
貴族は景気よく買い取ってくれたおかげで、アゲハたちの生活は今までにない余裕が生まれていた。
ポーション代や装備の修理、ドラフトの高額な治療薬の購入も進んだ。
ドラフトは治療ポーションの効果で、徘徊するほどの認知機能だったのが改善され、魔法使いとしても普通に仕事ができる年相応の爺さんの状態になった。(なのにまだマオを猫扱いしている。たぶん身体が小さいから、ミルクを飲ませたいだけなのかもとマオは思っている)
アゲハは今後の冒険のために、容量の大きいマジックバッグといくつかの新しい巻物をそろえた。
ナルイは装備だけでなく、欲しがっていたふかふかのベッドマットともふもふの毛布が導入された。
マオの身だしなみもアゲハに無理やり連れまさわれ、伸びた黒髪を整えたり中古でも小綺麗な服を何枚も買わされたりした。
古いあばら屋もかなり修繕され、建て付けの悪い扉は新しいものになった。鍵もしっかりかかるため、治安の悪い地区でも枕を高くして眠れそうだ。
将来を考えてある程度纏まったお金は、ギルドの銀行に預けクランの貯金としても貴族の端金は、庶民の使い切れないお金だった。少し贅沢したわけだが、まだまだお金が残っていた。
「ねえ、必要な分使っても、まだお金に余裕があるしさ、お小遣い、あってもよくない!?」
「お小遣い?」
「昔、お祭りのときとか、パパがくれたじゃん。自分だけのお金。ちょっと無駄遣いしても、誰にも怒られないやつ……」
キラキラした目でナルイたちを見るアゲハに、ナルイはあごを撫でながら答える。
「まあ、そうだな……。あれから、アゲハはそういうお金、持ったことねえもんな……。」
「アゲハはときおり、13歳らしいことを言うのう」
「あ!もちろん、わたしだけじゃなくて。ナルイも、爺ちゃんも、マオもお小遣い持つんだよ?」
「お、俺も……?」
「マオもさ、市場で何がお買い物しなよ! したことないでしょ? 」
アゲハの提案で、みんなにご褒美としてお小遣いが配られた。
マオもその一部を受け取り、初めて自分の意志で古都ユニバースの雑多な市場に繰り出すことになった。
マオはギルドでの用事を済ませると、市場の喧騒の中を歩いていた。色とりどりの屋台、香辛料の匂い、冒険者や商人の叫び声―――すべてが新鮮で、しかしどこか懐かしい感覚を呼び起こす。
だが、何を買えばいいのかわからず、ただ人混みを彷徨っていた。ハーモニカを手に持つものの、記憶の欠片は依然としてつかめない。
「ミルクでも買うか……いや、俺は猫じゃねーし。爺さんはなんだか俺に、ミルク飲ませたがるけども」
マオは苦笑し、ポケットに手を入れる。そこで指先に触れたのは、以前【黄泉の森】でマオと一緒に落ちていた、マジックバッグの中に入っていた小さな竹製の玩具――Tの形をした不思議な玩具だった。
先ほどギルドでお金を払って詳しく鑑定できる部署に、自分の数少ない荷物を鑑定に依頼してきた。アゲハの鑑定階位ではあまり情報が少なかったからだ。しかし、羊皮紙に書かれた結果は、何の変哲もないただの玩具でしかなかった。
「これ……何のために、持ってたんだろ?」
その時、ふと小さな手がマオのローブの裾を引っ張った。振り返ると、黒髪で赤い瞳の小さな女の子が立っていた。
マオと同じ髪色と瞳の色。歳は5つか6つくらいだろうか。子供は涙目で、マオを見上げながら震える声で言った。
「あ、ママ、じゃない……ママ、どこぉ?」
マオは一瞬固まる。子供は苦手だ。どう接していいかわからないし、泣かれると余計に混乱する。だが、女の子の怯えた表情を見て、放っておくわけにもいかないと感じた。
マオはぎこちなくしゃがんで目線を合わせる。
「えっと……ママ、迷ったの? どこで別れた?」
「わかんない……市場で、うう、迷っちゃった……」
「とりあえず……手、繋ぐか? 探すよ、ママ。」
マオは困り果て、市場の雑踏を見回す。
女の子はコクンと頷き、マオの手をぎゅっと握る。その小さな手の温かさに、マオの胸がなぜか締め付けられる。まるで遠い記憶の欠片が揺れるような感覚だった。
「えっと、ママはどんな人なのかな? 」
「おにいちゃんみたいな、くろい髪の毛なの」
「黒髪か……。ユニバースじゃ、そんなに多くはないけど……―――あと、どんな特徴があるのかな」
「あのね、いつもごはんつくってくれて、一緒にねんねするの。やさしいの、ママ」
「そっか、優しいのかあ……。目の色は分かるかな?」
「んと、おめめは、お花みたいな色だよ」
「お花かぁ……いろんな色の、お花があるんだけど……」
「きれいなお花とおんなじ色!」
「きれいな、お花……。む、むずかしい……」
とりあえずの情報"黒髪"だけで女の子の母親を探すしかない。マオも黒髪だが、古都ではそんなにメジャーな色合いではない。
マオは女の子を連れて市場を歩き回った。屋台の商人や通りすがりの冒険者に「黒髪の女性を見なかったか」と尋ねるが、手がかりは少ない。女の子はマオにしがみつき、なぜか懐いている様子で、泣きもせずに市場を一刻ほど歩き回った。
歩き疲れたふたりは、果汁の屋台の側で休憩をした。女の子にオルグの実のジュースを買って、飲ませてみる。甘酸っぱいのかときおり口をすぼめるが、ごくごくと美味しそうに飲んでいる。
「ねえねえ、おにいちゃんって冒険者だよね? 強いの?」
「えっと、俺自身は強くはないかな……。吟遊詩人だから、歌とか楽器とかで仲間をパワーアップさせる役割なんだよ。例えば……こういう事をしてるんだよ」
マオはハーモニカを見せ、軽く音を吹いてみる。先日、ゴーレムと戦った時に仲間を癒した曲、《星々の導き》のメロディを少しだけ吹く。キラキラした軽やかな旋律でこどもが好きそうな気がした。それに回復の効果ならこどもに掛けても問題ないだろう。
ハーモニカの旋律に女の子が目を輝かせ、手を叩く。
「きれいな音! おにいちゃん、すごい!」
その笑顔に、マオは思わず口元を緩める。少し恥ずかしくなってポケットに手を突っ込むと、玩具に指がぶつかった。
玩具をポケットから出して、女の子に渡す。
「これ、おもちゃみたいなんだけど……」
「知ってる!竹とんぼ! ママも飛ばせるよ?」
「竹とんぼ……? 飛ばすおもちゃなんだね」
「やってみるね、うーん、えいっ」
女の子が竹とんぼの柄を回すが、勢いが弱くポトリと地面に落ちてしまう。もう一度拾って回すが、やはりうまくいかない。
「ね、おにいちゃんもやってみて」
「出来るかな……」
「この棒をね、手のひらで挟んで、こすって回すの。」
「こうかな……。えいっ!」
マオが竹とんぼを回すと、ぶぅんと空を舞い、ゆっくり落ちてきた。
「すごい!おにいちゃんも飛ばせたね!」
「そうだね。ね、これ、キミにあげるよ」
「え! ―――でも、おにいちゃんの大事なのじゃ……」
「いや……よくわかんないけど、持ってただけで。誰かにあげようと思ってたのかも……。」
「じゃあ、あげようと思ってた人がいらないって言ったら、ちょうだい」
「うーん。じゃあ、その時にはもらってね」
やっとのことで、市場の端にあるパン屋の前で、黒髪の女性が慌てた様子で走り回っているのを見つけた。
「ママ!」
「よかった、無事で……!」
女の子が駆け寄る。女性は女の子を抱きしめ、涙ながらにと呟く。マオはホッと胸を撫で下ろし、そっとその場を離れようとする。
だが、女性がマオに気づき、突然鋭い視線を向けてきた。
「……っ、なんでここにいるの!? 私たちの前から消えてくれって言ったよね! 連絡鳥が来たときも、クランにもそう伝えたわ!!」
「えっ………?」
「あなた……リナに近づいて……なにを企んでいるの?!」
マオは言葉を失う。女性の声には怒りと恐怖が混ざり、まるでマオを知っているかのようだった。女性は女の子を庇うように背中へ隠す。
「ママ、おにいちゃんが助けてくれたの! 一緒に、探してくれたの」
女の子が女性の裾をつかんで訴えるが、女性はマオを睨みつけたままだ。恨みが籠もったような瞳にマオはたじろぎながら、数歩後ろへ下がった。
「もう、私たちには、一切関わらないで!」
女性は吐き捨てるように言ってから、女の子の手を引きもと来た道へと帰っていった。
マオは何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
"俺のなにを知っている?"
"俺の何を恨んでいる?"
……そして、"俺は誰なんだ?"
だが、何も問いかけることが出来ない間に、ふたりは遠ざかっていく。市場の雑踏は、マオとふたりの距離を開く。
「おにいちゃん、バイバイ!」
女の子が振り返り手を振るが、女性に急かされ、そのまま人混みに消えた。マオは立ち尽くし、ポケットの中の玩具を握りしめる。
「……誰だったんだ、あの人は? 俺のこと、知ってるみたいだった……」
「マオ、おかえり!!」
クランハウスに戻ったマオは、いつものようにアゲハ、ナルイ、ドラフトに囲まれる。
三人は服を新調したりアクセサリーが増えたりしているようだ。ドラフトに至ってはおつまみとお酒を抱きかかえてホクホクしている。
「マオは、何を買ってきたの?」
アゲハはマオの顔をのぞき込んでワクワクした顔で聞くが、マオは首を振る。
「何も……買わなかった。なんか、迷子の子供に会って……。保護者探すのに時間かかった……」
「へぇ、マオ、子供の世話とかできるタイプに見えなかったけど、優しいじゃん!」
「迷子保護とか、ダンジョンの外でもクエストしてんのかよ。さすが冒険者じゃねーか!」
「猫の子どもか? 子猫にはミルクがええぞ!」
「爺ちゃん、人間の子供のはなしだってば!ちょ、すでに酔っ払いじゃん!!」
マオは仲間たちの明るい会話にあいまいに返答すると、自室に戻る。
「あの子の母親、俺のこと知ってるみたいだった……。それに、ずいぶん怒ってた……。この玩具、誰かにあげようと思ってたのか……」
マオは玩具を手に、ぼんやりと呟く。
マオは竹とんぼをマジックバッグにしまい、ハーモニカを手に取った。
その夜、マオはクランハウスの屋根の上でハーモニカを吹いた。《星々の導き》のメロディが夜空に響く。
竹とんぼ、女の子の笑顔、怒る母親の声――記憶の欠片はまだ繋がらないが、ハーモニカの音色はマオの心に小さな灯りをともす。
自分が誰かに恨まれるような人間だったのかも、しれない。
その事実がマオの心に影を落としていた。
自分がどこの誰かもわからないのは、それだけでも不安だ。
自分が持っていた数少ない持ち物は、小さなマジックバッグと無駄に豪奢な煙管、それと竹とんぼ。これらをギルドに鑑定を依頼した、その結果の書かれた羊皮紙を月明かりの中でしばらく眺める。何度見ても書いてあることはかわりがないし、何の記憶も戻らない。
ここに拾われてからの持ち物も増えた。
新しいマジックバッグを覗き込んでみる。マオの名前で作ったギルドカード、最近買った凶牛の皮を使った小銭用の袋、セミオーダーで作ったローブと篭手、胸当て、頑丈なショートソード。冒険用の厚い生地の服、街歩き用のアゲハの選んだ服、ドラフトが毛並みを揃えようと買ってきたブラシ、ナルイの真似をして買ったサンダル。そして【吟遊詩人の調和】。
そうだ、今の自分は"マオ"だ。
記憶はなくても、仲間と過ごす「普通の冒険者」の日々がマオに新たな居場所だ。
再びマオはハーモニカを唇に当てる。
古都ユニバースの星空の下、マオの旋律は新たな冒険への決意を奏でていた。




