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4.ハーモニカの音色

「ナルイの新しい剣、使い心地どう?」

「おー、かなり使いやすいよ。武器屋の親父が俺に合わせて重心を調節してくれたからな。ちょっと高かったけど、セミオーダーにしてよかったよ」


今日はダンジョンの休養日。どのクランもだいたい4〜5日に1日は休んでいる。前はお金がなくて休む間もなかったが、マオがパーティに入ってからは武器の調整以外にも休養が取れるようになってきた。

のんびりした朝食の後、4人はリビングでくつろいでいた。


「この前の鬼人の魔石が結構高く売れたおかげだね」

「おう、アゲハの魔銅の胸当てもセミオーダーにしたのに、まだお釣りが来たもんな」

「サイズがぴったりのものは中古品じゃ見つからなかったから良かったよ。ちゃんとした武器屋で買うって大事!だからやっぱりお金って大事!」

「この前のゴブリンアーチャーも、矢が当たったのに傷ひとつなくすんだし。マジ防具大事だよな」

「マオも楽譜を装着出来る籠手(ガントレット)つけるようになって、動きが良くなったもんね」

「爺さんも医者に見せることが出来るようになったし。おかげで、前より頭がしっかりした気がするな」

「まあ、マオの記憶は戻らないままだけど……」


ふたりがマオをみると、マオは籠手を布で磨きながら少し眉を下げ「問題ないよ」と言った。一度、ドラフトを診てくれた医者にマオも診てもらったが、記憶がない以外は健康そのものだった。だから、特に問題なく生活出来ている。


マオを拾ってから3ヶ月、四人になっても【黄泉の森】でのゴブリン狩りやオーガとの戦闘の日々を変わらず続けている。毎日の魔石狩り、それは彼らにとって「普通の冒険者」の生活そのものだからだ。

マオの戦歌(スキル)はパーティの要となり、ドラフトの魔法は安定し、ナルイの剣も新調したことで攻撃力が上がった。アゲハは罠や鑑定でチームを支え、貧民街のあばら家にも笑い声が響く日が増えた。生活に余裕が出来ると、精神にも余裕が生まれるというものだ。



そんなある日の【黄泉の森】。日が高くなってきた頃、4人はいつもよりスムーズに探索が行えていた。


「ねえナルイ、今日は、もう少し深いところまで行ってみようよ?」

「そうだな……。ワーウルフのいる【岩の谷】くらいなら、危険なく行けそうだが」

「犬っころは肉を落とさんが、マオはいいのかの?」

「……爺さん、俺、ワーウルフの肉、食わない……」

「そうか、やっぱりマオは魚のほうがすきかー」

「まあ、どちらか、といえば……」

「もー!爺ちゃん!マオは猫じゃないっての!!」

「わかっとるよ。一番好きなのはミルクじゃな?」


相変わらずのボケなのかよくわからないドラフトを引き連れ、【岩の谷】までやってくる。


「早速お出ましだね!」

「あまり戦ったことないから、まずは遠くから攻撃しよう。マオ、爺さんにバフを。」

「わかった―――《知恵の神の調べよ、忘れし記憶を呼び起こせ……》」


マオのハイトーンな歌声に、ワーウルフがアゲハたちに気がついたようだ。灰色の毛を逆立てて、アゲハたちの方に牙を剥く。

激しく吠えるワーウルフの啼声に魔力が籠もり、四人にプレッシャーを掛ける。アゲハは顔を振って、圧を逃れ叫ぶ。


「爺ちゃん!今だ」

「―――《炎の矢、敵を貫け!》」


新しい魔法の杖が、威力を増した炎の矢を繰り出す。うねる様に炎が渦巻き、ワーウルフの眉間に突き刺さる。甲高い咆哮とともに、ワーウルフは一瞬で消し炭となった。最後にコロンと、魔石が転がる。


「ワーウルフの魔石は水色なんだ。綺麗……―――【鑑定】、あ、思ったより高値で売れそう! 」

「やった!それなら寝床に敷くやつを、もっといいやつに―――」

「しっ!ナルイ、来た!」

「今度は、群れ…か。」

「マオ、《鉄壁の調べ(防御力アップ)》のあとに《猛虎の咆哮(攻撃力アップ)》を!」


アゲハの指示に楽譜(スコア)を広げる。大きく息を吸い込んで、マオは歌う。喉の調子も良く、【岩の谷】に力強い歌声が響く。

ワーウルフの啼声攻撃は、マオの歌声に掻き消される。ワーウルフが怯んでいる隙に、防御力の光が4人を包む。さらなるバフで攻撃力のついた剣を持ったナルイが切り込む。

続けてマオが《疾風の舞曲(すばやさ上昇)》を歌い始めると、バフのついたアゲハが目にも留まらぬ速さでワーウルフたちを転ばし、ドラフトが連続で炎の矢を放つ。

ワーウルフたちが塵のように崩れ去り、ドロップ品がコロリと地面に落ちる。


「おー、群れでも余裕で倒せてる。もっと奥に行ってもいいかもな……」


ナルイが剣を鞘に納めながら、辺りを伺う。今のところ他のワーウルフは居なそうだ。ナルイが腕で合図をすると、アゲハはワーウルフが消えた付近まで魔石を拾いに駆け寄った。たくさん落ちているその魔石が、自分たちの成長の証に見える。ホクホクとした表情で戦利品を拾っていたアゲハだったが、魔石の色とは違う、キラリと光るものが視界に入って目を見開く。


「え、ちょ、待って!」

「どうした?」

「なにか、魔石以外のドロップがあるよ!」


アゲハが掲げた手には、銀色に光るハーモニカがあった。ナルイはマオの方を見る。マオはよく分かっていないのか、首を少し傾げていた。



「マオ、ハーモニカだよ! 見てみるね――――《鑑定》。えっ、【吟遊詩人の調和(ハーモニカ)】だって!!」

「【吟遊詩人の調和(ハーモニカ)】……?」

「すごい! 吟遊詩人専用のレアアイテムだよ、マオ! これ、戦歌(スキル)の効果をブーストするみたい! 攻撃力アップや防御力アップの効果が1.5倍になるって!」


アゲハが興奮気味にハーモニカをマオに手渡す。

マオはハーモニカを手に取り、指で表面をなぞった。冷たい金属の感触と、どこか懐かしさを感じる。過去にこの楽器を扱ったことがあるのか、吟遊詩人の特性なのか、なんとなく扱い方が脳裏に浮かぶ。


「これ……吹ける、かも……?」

「試してみなよ! 楽譜(スコア)なくても、吟遊詩人は楽器があれば直感でスキル発動できるってママが言ってた。たぶん、マオもできるはずだよ!」


アゲハが目を輝かせて、マオの手の中のハーモニカをのぞき込む。魔法の揺らめきで銀色に輝いている。

ナルイは肩をすくめ、気軽に言う。


「まぁ、失敗しても今の俺たちなら、ワーウルフ数匹ならどうにかなるだろ。それなりに階位(レベル)も上がってるんだからな。―――な、吹いてみろよ、マオ」

「おお、マオ! 猫踏んじゃったでも吹くのか?」

「ハーモニカでするやつじゃないって! もー爺ちゃん、静かにして!」


ドラフトとアゲハのやりとりを横目で見てから、マオは深呼吸し、ハーモニカを口に当てる。最初はぎこちなく、音が震えるだけだったが、次第に澄んだ旋律が森に響き始めた。

《猛虎の咆哮》のメロディをハーモニカで奏でると、ナルイの剣に宿る光がいつもより強く輝く。

ナルイは近くに潜んでいたワーウルフがカザリと草を揺らしたのを目視したのち、一瞬でそれらを薙ぎ払う。ワーウルフは啼声を出す間もなく魔石に姿を変えた。


「す、すげぇ! いつもより効果がバッチリじゃん!」

「マオ、めっちゃいいね! これならもっと奥に行けるかも!」


コロコロと魔石が草むらを転がる。アゲハは魔石を拾いながら、喜びを露わにする。

ふたりの興奮が伝わったのか、ドラフトも杖を振り上機嫌に話す。


「おお、わしも火球の魔法が頭に浮かんだぞ! マオ、コレなら、奥のゴーレムもやっつけられそうじゃな!」

「奥の、ゴーレム??」

「あー、マオは知らないよね。ギルドで売ってる地図には載ってない奴で、お宝を守ってるって噂のゴーレム。ウチラの親が見つけた隠し通路にいるんだよね、ボケる前の爺ちゃんが言ってた。うちのクランだけの秘密ね」

「アゲハの親たちのクラン、紅き大狼の……」

「だから、パパたちの書き込みがされたこの地図にしか行き先は書かれてないんだ」


アゲハのマジックバッグから使い込まれた地図が出される。広さだけはこの国一番の【黄泉の森】の地図、その端っこの岩場に、小さいクセのある文字が書き込まれている。隠れた洞窟の見つけ方、岩戸を開ける手順、遺跡への道筋、そしてゴーレムの文字と、宝のマークが見て取れる。


「宝……」

「何のお宝かもわかんないんだよね。パパたちが結局このゴーレム倒したのかも、宝を手にしたのかもわかんないだよ。」

「爺さんも知らないんだろー?」

「ちょうど別行動していた頃じゃからのう。でも、あのあとしばらく羽振りが良くなったから、お宝手に入れたんじゃないかのう。」

「この場所………【岩の谷】から、近い場所では、あるな」

「ゴーレムはお宝がなければ居ない、よね?ゴーレムいるかだけでも見てみる!?」

「たしかに【黄泉の森】のダンジョンの性質として、ゴーレムはお宝のところにしかいないんだよな」

「お宝……お宝を手に入れれば、爺ちゃんの……医者の言ってた治療薬が買えるかもしれないよね。 頭がスッキリして、徘徊が減るようになるお高いポーションが! ナルイの装備ももっと強化できるし!」

「ポーション代の借金も返せるしな、マオ」

「……いく?」


4人は顔を見合わせて、笑顔で頷いた。


マオのハーモニカの力に後押しされ、アゲハたちは【黄泉の森】の未踏の奥深くへ進むことを決意した。

まだ日は高く、ここから奥へ進んでも、最後の待合馬車の時間までには充分間に合うはずだ。



地図に書かれた手順通り、隠れた洞窟と迷宮のような岩穴を通り抜ける。そこにあった【黄泉の森】の最深部は、霧が濃く、巨大な樹木が絡み合っていた。その先には石造りの遺跡があり、その前に「森の守護者(ゴーレム)」と呼ばれる巨大な魔物――樹木と岩が融合したようなゴーレム型の魔獣が存在感を放っていた。

パーティが近づくと、地面が揺れ、守護者(ゴーレム)が足音を立てて近づいてくる。巨体から放たれる圧倒的な威圧感に、アゲハの足が一瞬すくむ。


「こ、こいつ……硬鱗の鬼人(オーガ)よりヤバいよ!」

「そりゃそうじゃが、儂らは大丈夫じゃよ。マオの歌があるんじゃからな」

「そうだ!大丈夫だ!―――マオ! 防御の歌! 爺さん、魔法準備!」


ナルイが剣を構えながら指示を出す。

マオはハーモニカを手に、《鉄壁の調べ》を吹き始める。澄んだ音色が霧を切り裂き、パーティ全員に光の膜が張られた。

守護者の振り下ろした巨大な腕がナルイを襲うが、光の膜が衝撃を吸収し、ナルイは辛うじて耐える。


「―――《炎の球、全てを焼き尽くせ!》」


ドラフトが叫ぶ。炎の魔法が守護者を包むが、樹木と岩の体はダメージをほとんど受けない。


「くそ、効かねぇ! マオ、攻撃力アップだ!」


ナルイが叫ぶ。

マオは素早くハーモニカで《猛虎の咆哮》を奏で、ナルイの剣に強烈な光を宿らせる。ナルイが斬り込むが、守護者の硬い外殻に刃が弾かれる。


「ダメだ、硬すぎる! アゲハ、弱点探して!」


ナルイの声に、アゲハは盗賊のスキルで守護者の動きを観察する。目を凝らすと、胸部にコアのような輝く部分があり、アゲハのスキルがそこが弱点だと言っていた。


「あそこ! 胸の緑の光! あれが弱点だよ!」


だが、守護者はコアを腕で守り、近づく者を弾き飛ばす。アゲハが罠を仕掛けようとするが、守護者の範囲攻撃で吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。アゲハの軽い身体が、2、3バウンドし、地に伏せて血を吐いた。


「……ぐはぁっ!!」

「アゲハ!」


マオが叫び、咄嗟に新たな旋律を吹き始める。それは楽譜にない、初めてのメロディだった。マオの指がハーモニカを滑らかに動かし、どこか切なくも力強い音色が響く。その後、ハイトーンの歌声でマオが滑らかに歌う。


「―――《星々の導きよ、仲間を癒し、力を与えよ!》」


その瞬間、パーティ全員の傷が癒され、身体に力がみなぎった。地に伏していて動けそうもなかったアゲハが立ち上がり、驚いた顔でマオを見る。


「マオ……これ、聞いたことない戦歌(スキル)!? ママの楽譜(スコア)に載ってないよね?」

「おお、マオ! なんじゃその歌は! 頭がスッキリするぞ!」

「サボってんなよ!! 今だ! 爺さん、最大火力の魔法! マオ、攻撃力アップを重ねて!」


マオは《猛虎の咆哮》をさらに強く吹き、ナルイの剣に眩い光を宿らせる。ドラフトが杖を振り上げる。


「―――《闇より生まれし紅蓮の炎、燃え盛る破壊の波で彼の者を消し炭とせよ―――》」


炎の奔流が守護者(ゴーレム)のコアを直撃し、外殻が砕け始める。緑色のコアが露出して、狙いが定めやすくなっていた。ナルイが跳び上がり、剣をコアに突き刺す。


「くらえっ!」


コアが砕け、守護者(ゴーレム)は大音響とともに崩れ落ちた。





ゴーレムの守る遺跡の奥でお宝が輝いていた。

掌サイズの翡翠色の宝玉は、アゲハが鑑定すると、【クロリスの結晶】と出た。

花と緑を司る女神クロリスに捧げられた宝玉。緑の輝きで植物に命を吹き込む。畑や牧場に設置することで、作物が2倍実る効果がある。農業地帯を治める貴族に売れそうなヤバいお宝。


「すご……これ、売ったら確実に大金!こんな高額のお宝、初めて【鑑定】したかも!」

「やったぜ!! マオ、ポーション代はこれでチャラな。お釣りが来るくらいだ!!よくやったぜ!!」

「マオ、エライ猫じゃのう! 今日は宴じゃ!魚じゃ!! ミルクもたっぷりやるぞ!」



「俺、この歌……どこで覚えたんだろう……」


マオはハーモニカを手に、宝玉を見つめる。

記憶の欠片はまだ遠いが、ハーモニカの音色に何かを感じる。まるで過去の自分がそこにいるような感覚だった。

古都ユニバースに戻ったパーティは、宝玉をクランハウスに持ち帰り、今後の方針を話し合った。


「これで爺さんの治療薬買おうぜ!ドクターに払う金はこの宝玉売れば足りそうじゃねえか?」

「それもだけど、ナルイの装備強化も大事じゃん。前衛でしょ? ちゃんとオーダーした身体にあったやつを作ろう!」

「マオの身なりを整えんかのう? 髪も長すぎんか? 毛づくろいしゃっさい」


ドラフトから急に話を振られたマオはハーモニカを手に、静かに微笑む。


「俺は……いいよ、別に。あと、治療薬も、装備も、どっち買っても、たぶんお釣りくる……」

「たしかに!! この宝玉ならすごい金額になるもんね。じゃあ、みっつ全部しよ!爺ちゃんの治療薬とナルイの装備と、マオの身なりも!」


アゲハが指をみっつ立てて笑う。

3人も釣られて笑う。


「アゲハのは?」

「……わたしは、もっと冒険したいかな?このまま4人で。」

「なんだよ、いつも通りじゃねえか!」


ナルイがアゲハの肩を強めに叩く。よく見ると、すでに手にはエールのカップがあり、隣のドラフトも鰹節をツマミにエールを飲み始めていた。


「もう酔ってるの!? 爺ちゃんも身体に悪いからそこそこにしてよね! え、マオも飲むの!?」


気がつくと、マオもちびちびとカップに口をつけている。


「ねえ、マオは飲める年齢なの?」

「え、充分、大人だと、思う」

「マオは、身体がちんまいだけで、たぶん俺と変わんねーと思うぜ。」

「や、たぶん、俺、ふたりよりも、ちゃんと大人な気がする」

「そうじゃな! アゲハはまだ、ジュースじゃよ? 」

「わたしだけこども扱いしないでよー!!」


スラムのあばら屋に、賑やかな声が響いていた。


マオはエールを飲みながら、笑顔の3人を見ていた。記憶はまだ戻らないが、ハーモニカの音色と仲間との日々は、自分の新たな「居場所」だと思った。アゲハたちの笑顔とハーモニカの旋律があれば、どんな冒険も出来る気がしていた。


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