1 アゲハ、黒猫を拾う
ここは古都・ユニバース。近隣に迷宮が数多くある迷宮都市だ。
そんなユニバースの貧民街は、今日も雑多な人種でごった返していた。
アゲハたちは人混みを縫うように乗合馬車までたどりつき、初級迷宮行きの馬車に乗り込んでやっと一息ついた。
古都が遷都されてしまった理由のひとつに、この貧民街があるんだろうなってのはアゲハも感じていた。浮浪者たちか彷徨う色とりどりのバラックと湿気た空気、不潔な香りは国の首都としては相応しくないだろう。
とは言え、住めば都。やらかした貴族も、落ちぶれた冒険者も、親も親戚もいない孤児も、みんな平等に受け入れてくれる。来るもの拒まず、去るもの追わず。
アゲハみたいな孤児にとっても、暖かくはないが冷たくはない居場所だった。
アゲハの両親は、古都でそれなりに名のしれた冒険者だったそうだ。紅き大狼というクランで、父は魔法戦士、母は吟遊詩人でサポートしていた。他にも賢者や重戦士、パラディン、レンジャーなど多彩なメンバーで活躍していた。みんな優しくて、アゲハにとってはクランメンバー全員が家族みたいな存在だった。
そして迷宮都市である古都ユニバースにはよくある話だが、ダンジョン攻略中に彼らは帰らぬ人となった。
取り残されたのはクランの控えであった魔法使いのドラフト爺さんと、同じく控えで使いっ走りだった戦士見習いのナルイと、子供のアゲハだけ。ほとんどの人材を失ったクランはもちろん瓦解し、生きるためにクランハウスや高価な武器や防具は売っぱらい、貧民街に購入したバラックよりマシなだけの古民家を拠点に、アゲハはドラフトとナルイに育ててもらった。……というか三人で古都周りの迷宮に潜り、どうにか生きてきただけだ。
ナルイが前衛で攻撃し、間にアゲハを挟んで、後ろからドラフトが魔法を放つ。
アゲハ自身の職業は盗賊であったが、子供でもあり、回復役もいないパーティのため、たくさんのポーションを持たされてほぼ荷物持ちみたいなものだ。ドロップ品の回収ももちろんアゲハの役目だ。
今日も古都から馬車で一刻ほどの近場の迷宮【黄泉の森】で、ゴブリンを狩ってコツコツと魔石を集めていた。
以前はもっと色んなクエストを受けていたが、最近はめっきり単純作業のゴブリン狩りしかできてない。
と、言うのも――
「爺さん、前に出過ぎだろっっ」
「ハア!? なんだてぇ? ええ、次の獲物かえ? 」
「違うわい! ちょっ、アゲハ、爺さん止めて! 」
「もー、またかよ爺ちゃん……。そっちは危ないよ!! ちょっと、こっち来て! 」
「そんなに裾を引っ張らんでくれや〜。なんだい、アゲハ、ミルクが欲しいんかのー? 」
「もう、あたしは13歳だっての! 赤ちゃんじゃない! 」
「確かに13歳にしちゃ幼いけどなー」
「うるせぇ、ナルイもガリ痩せで成人男性に見えねえくせに!!」
「おーおー、準備出来るまで、ミルクはもうちょっと待っとるんじゃよー」
「もぉ!!爺ちゃん!! 危ないから下がってよっ」
高齢のドラフトは、ちょっと前から認知機能が低下していた。魔法使いとして致命的とも言える、呪文を忘れて唱えられないことが増えてきたのだ。さらに迷宮でも貧民街でも徘徊気味だ。目を離すと予想外のところに行ってしまう。
とはいえ貧民街に独り置いていくわけにもいかず、かと言って迷宮に入らなければ明日のごはんも食べられない経済状況。苦肉の策として、迷宮の浅いところでゴブリン狩りするしかない。魔石の稼ぎは安いが、ドラフトを連れてできる最低限のお仕事だった。
そして今も、魔法使いのお爺さんは徘徊する―――
「ちょ、その川を超えたらオーガがでるから、爺さん戻って!」
「や、マジで、向こう岸にオーガいるじゃん! 爺ちゃん、待って―――」
「おお、大っきなゴブリンじゃなあ。ここは火の魔術で……、呪文はなんだっかな。ええっと、たしか、《闇より生まれし紅蓮の炎、燃え盛る破壊の波で彼の者を消し炭とせよ―――》」
「わー、それ、上位魔法の! 色々忘れるくせに、なんでそんなん覚えてんの! 」
「いくらオーガでも、そんなでかい魔法、ちょ、ドラフト爺ーー!!」
ゴォォォォォォオ!
「わー………。腕は落ちてないのが怖い……」
「MP切れてないみたいだな。危ねえけど、まあ、オーガの魔石取れたから良しとするか……」
「予想外の臨時収入だね。ナルイの剣も直せるかな」
「いや、お前の防具が先だろ」
「あたしは大丈夫だし、ね。さすがに折れた剣の戦士は駄目じゃん。ナルイの剣にしよ?」
「だが、その胸当ても肝心な部分にヒビが入ってるだろ―――」
ナルイとアゲハが臨時収入の使い道を言い争っているのを他所に、ドラフトは静かに歩みを進めていた。
オーガの生息地の岩場を散歩のように歩き、岩陰を覗き込んで、声を上げる。
「アゲハ! アゲハ! ちょっとこっちに来んしゃい! 」
「えっ? 何? ちょ、爺ちゃん! どこまで行ってんのーっ」
「マオじゃよ、アゲハ。お前の飼い猫がこんなとこに逃げてたんじゃなあ……」
「マオ――って、3年くらい前に居なくなった猫だよ? こんなとこにいるわけないじゃん! 」
「いーや、この黒い毛艶の子はマオじゃ」
「猫がこんなとこに居るわけ―――って、人じゃん! 」
岩場の影に、人間が倒れていた。
「ちょっとお兄さん、大丈夫!?」
アゲハは倒れている黒髪の男の両肩を叩くが、反応はない。慌てて首に指を当てる。ドクンドクンと首の脈拍を感じて、安堵の息を吐く。生きているようだ。
ローブは血塗れだが固まっており、今は止まっているようだが顔色はすこぶる悪い。
「ナルイも来て!! 人が倒れてる!!」
「死体か?」
「ううん、息はあるみたい。ポーション上げていい?」
「ハァ……。見つけちゃったの放置できんだろ。ゆっくり飲ませてやろうや。頭を高くして、そう、ゆっくりとな―――確かに、あの黒猫みてぇな髪の色だな……」
ナルイが抱きかかえ、アゲハがポーションを男の口に流し込む。
溢しながらも、何口かは飲めたようだ。顔色が良くなり、呼吸も楽そうに見える。
ポーション代金請求のためにも、身元を確認する必要があり、アゲハは男の衣服を改める。
「持ち物は……。ギルドカードもないみたい。マジックバッグの中身も煙管と着替えと小銭、あと、なんか玩具が入ってるだけかな。こんなに容量少ないマジックバッグ始めてみたわ。あーあ、あんまりお金持ってなさそう……。」
「武器はこのダガーかな。アゲハ、一応鑑定して」
「オッケー」
近くに落ちていた短剣を拾い上げ、アゲハは鑑定を行う。盗賊の特性として、まだ未熟ではあるが道具の鑑定を行えるのだ。レベルが上がれば使い方や特殊効果なども見れるはずだが、低レベルの今は銘が分かるだけだ。
細身で短いダガーはシンプルな作りになっているが、血塗られた刃はよく見ると不思議な文様が入っている。
アゲハは目に魔力を通し、鑑定のスキルを使った。
「ん〜【忘却のナイフ】……って、出るんだけど」
「なんだそりゃ。どこかの【迷宮品】か」
「珍しい……けど、あまり高くはなさそうね。あ、この煙管も【迷宮品】かな。貴族が持ってそうな豪華なやつだねえ。……ん?この葉……【幻霧草】?……知らない煙草葉だなあ……」
アゲハは緑と銀の装飾が施された細身の煙管から出た草を摘むが、ナルイはアゲハの手から煙管を取り上げると顔を近づけてじっくり眺めた。翡翠が微かに光り、銀の細かい装飾は見たこともない文様だ、ちなみにナルイには鑑定を行う能力はない。ただの目利きだ。
「うわー高そうだなあ、これ。逆に、盗品と疑われてこの辺じゃ簡単に売れねえだろ…。まあ、ポーション代金は労働力で返してもらうしかねえかな? ―――お兄さん、ちょっと起きな!」
ナルイが男を揺さぶると、気がついたのか眉をしかめて唸り声を上げている。
肩まで伸びた真っ黒な髪の毛は艶々としていて、確かにアゲハが昔飼っていた黒猫を思い出す色合いだ。まさか猫の生まれ変わりということはないだろうが、何者なのかは気になるところ。
まだ視界がはっきりしていなさそうな男に、アゲハが声をかけようとした、その瞬間。
背後でどぉぉぉぉおおん!!という音とともに、衝撃を感じた。
アゲハとナルイが振り向くと、川辺にあった岩が砕け散り砂煙を上げている。
「え、なに? 砂煙で見えないけど」
「なんか、大きめなオーガ……、にしては皮膚の色が………っ」
「え、灰色のオーガ、って、もしかして―――」
「そうじゃのう……。あれは、”硬鱗の鬼人”じゃな」
ドラフトの呑気な声とほぼ同じくして、硬鱗の鬼人は右手に持った棍棒状のモノを振り下ろしさらに岩を砕く。風圧と飛んできた石の破片がアゲハの頬をかする。痛みはほとんど感じなかったが、血液が頬を伝う感触がしてぐいっと拭う。
「ちょ、うちらの階位じゃ無理すぎる……っ」
「ナルイ、その人連れて逃げよ! 爺ちゃんもっ、急いでっ!! ほら、行くよって!!」
アゲハがドラフトのローブの袖を引っ張るが、ドラフトは硬鱗の鬼人から目を離さない。戦いの最中、敵から目を離さないのはセオリーではあるが、悲しいかな、ドラフトにはすでに戦える魔法使いではない。緩慢な動きで、抜けた声を出す。
「なんじゃとぉ? 炎の呪文?……えー《闇より生まれし紅蓮の炎、燃え盛る………海じゃったかな?? 」
「なんで呪文唱えようとしてるんだよっ、しかも途中から言えてない……っ」
「アゲハっ!!伏せろっ、オーガのモーションが……」
硬鱗の鬼人はさらに棍棒状のモノを天高くあげ、何らかのスキルを使うような動きを見せた。
「ヤバっ、爺ちゃ……っ」
アゲハは思わず、ドラフトの前に身体を広げる。迫りくる硬鱗の鬼人の目が赤々と燃えているように見える。アゲハは魔物の言葉は分からないが、何かしらの呪文を唱えているように見える。数秒後に攻撃が来る予感に、アゲハは身体を硬くした。
その時、アゲハの耳に歌声が聞こえた。
「《知恵の神の調べよ、忘れし記憶を呼び起こせ……》」
(えっ、これは吟遊詩人の戦歌………?)
確かにアゲハの母が歌っていた……記憶にある歌だが、声が違う。優しい穏やかな母の声ではなく、空に突き刺さるような高めで硬質な男声の歌―――。
その歌声に重なるように、ドラフトの呪文を唱えている声がする。
「《燃え盛る防壁の火焔で吾等を守り、灼熱の渦で彼の者を消し炭とせよ―――――》」
………グゴオォォォっ!!
炎の壁が目の前にでき、アゲハは身体がふわりと包まれる感覚がした。ドラフトがかつての賢者みたいな優しい佇まいで、アゲハを抱き上げていた。その目はいつもと違い、正気が宿っていた。
「えっ、爺ちゃん……っ?」
「防御力が高いあやつにはこの呪文は足止め程度じゃな。今のうちに逃げるぞ、アゲハ、ナルイ………マオも。」
ドラフトが振り返ると、その視線の先に黒髪の男がルビーのような赤く煌めく瞳で炎の壁を見つめてるのが見える。アゲハにはその男が先程の歌声の持ち主だと理解した。
「こいつのスキルで、爺さんが正気に戻ったのか?」
「あなた、吟遊詩人なの? あの歌はもしかして《トートの詠唱》!?」
「……………、っ?」
アゲハとナルイが男に話しかけるが、自分の手や身体を確認しているだけで答える気がないようだ。アゲハがさらに問いかけようとするが、ドラフトが遮る。
「―――呑気におしゃべりしてる暇はなさそうじゃ。炎が破られる、急ぐぞ!! 」




