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プロローグ カラシュは死んだ

バッシーリア監獄を出ると、季節はすでに初夏であった。


カラシュは魔封の鎖の外された首筋を撫でながら、少ない荷物を持って娑婆への一步を踏み出した。

重い音を立てて閉まる監獄の扉の音を背に聞きながら、停車している見覚えのある幌馬車までゆっくりと歩いていく。久々の日差しは暑く、あっという間に額に汗が吹き出るのだった。

家族(オンナ)とギルド、そして所属してるクランへは連絡鳥をだしていたが、迎えに来たのはクランの下っ端であるリーだけであった。


「ひひひ。豚箱はどうでしたか、先輩? ちょっと肉が付ましたねえ。髪の毛もツヤツヤで年齢より若く見えますよ。案外、空気があったんじゃないですか?」


リーの下品な笑い声は蝉の声よりずっと耳障りなものではあるが、それなりに懐かしくもあった。汚え世間(シャバ)に戻った感じがすると、カラシュは目を細める。

リーの職業は斥候であったが、見た目はどこかの山賊にしかみえない。クランの規則で清潔な衣服を着ているにも関わらず、薄汚れて見えるのはその人間性が滲み出ているからだろう。

カラシュも人のことは言えない。華やかと言われる吟遊詩人(バード)の職である割に、猫背の痩せ過ぎな躰、真っ黒な髪の毛に暗い顔で、暗いと言われがちな魔術師より陰湿に見える。

しかし、監獄の一年半ほどの生活でずいぶん顔色が良くなって、その陰湿さとだいぶ軽くなっていた。肌艶もよく、髪の毛の艶も良い。罪状が《過剰防衛》でそれほど重いものではなかったのが良かったのかも知れない。相手が大物だったため、拘束期間はまずまずの長さだったわけだが。


「あ? 監獄の空気が俺に合ってるって? ―――早寝早起き、三食昼寝付きに、懲罰のオシゴトで適度な運動。魔封の鎖で魔法全く使えねぇ生活だ。オマケにずっと禁煙させられて、あんな環境なら誰でも健康になっちまうぜ。」

「煙管が離せなかった先輩とは思えないですねえ。クランに帰る途中で、煙草屋寄りますか。」

「そうだな。小銭しかもってねえから、いつもの煙草は買えねえけどな。早く団長から仕事を貰わねえとな。」

「貧乏なくせに、稼ぎを高級煙草に注ぎ込んでましたもんねえ。ひひっ、金貸しましょうか?」

「お前になんか借りるかよ。阿漕な取り立てする気だろ。」

「やだなあ。世話になった先輩ですし、良心的な範囲にしますよ。ひひっ。」


リーの下卑た笑いに懐かしさを感じつつも、監獄との空気感の違いに少しばかり戸惑う。刑務官ってのは結局善人だからなあと、カラシュは幾人かの顔を思い浮かべる。穏やかな監獄生活で性格が丸くなったのか、それなりに模範囚だったカラシュは刑務官との関係は悪くなく、穏やかに過ごしていたと思う。とはいえもうあそこには戻る気はないが。


「小物屋ですよ、先輩。煙草のマークもあるから買えるんじゃないですかね、寄りますか? 」

「そうだな、ちょっと寄ってくれ。 」


町外れの小物屋の脇に馬車を停めたリーは、道端で煙管に火を点けるようだ。火打ち石を片手にカラシュに手を振っている。カラシュは彼に片手を上げてから、店の中を覗く。


「―――っしゃい。ここにあるものしかねえよ。」


如何にも田舎の小物屋というぶっきらぼうな店主と、寂しい品揃えであった。カラシュの愛用していた高級煙草はなく、安物の不味い煙草しか置いてなかった。

巻物(スクロール)や薬品(ポーション)の棚も覗いてみるが、自分の戦歌(スキル)で代用できる程度のラインナップで些か肩を落とす。

他にもあまり好みでない魔獣の干し肉や、味の良く無いと評判の酒の瓶くらいしか並んでいない。さすがに手ぶらで帰るのも……と、店の端に目を留めた。


「――これは?」

「そりゃガキの玩具だ。東から流れてきた物で【タケトンボ】とかいう飛ばして遊ぶもんらしいぜ。」

「へぇ。半銀貨か。じゃあ、これを。」

「お、ガキがいるんか?」

「ん、まあ……。」

「喜ぶといいな。――毎度あり。」


店を出ると、煙管を吹かすリーがニヤニヤしている。


「煙草買えましたか? 」

「いや、丁度いいのがねぇから買わなかったわ。」

「俺の少し吸いますか? 」


リーが煙管の吸口をカラシュに向ける。やたら豪華な煙管だが、ニヤニヤしたリーの口元をみると、なんとなく煙管の共有は遠慮したい気持ちになる。


「んー、金が手に入るまで禁煙続けるわ。」

「そっすか。じゃあ一服終わるまで待っててくださいよ。」

「おー、まあ急ぐもんじゃねえしな」

「オンナんとこには急がなきゃならねぇんじゃないんですかい?」

「あぁ……連絡鳥は飛ばしたが……。いや、豚箱入る前に、もう顔見せんなってビンタされたしなぁ。返事がこねえってことは、あいつにゃすでに新しいオトコがいるんだろ」

「なんだあ、振られてたんすか、ひひひっ」


バッシーリア監獄からカラシュたちのクランの本拠地である水都スイレンまで、馬車で2日半程。カラシュとリーは2回の野宿でやっとクランまで辿り着いた。水路が張り巡らされたスイレンの景色は、初夏の光が反射してずいぶん眩しくて、つい、カラシュは目を細めた。


爽風の緑は表向きには、いくつかのパーティをメインに、補助職の人材派遣などで大きくなったクランということになっている。しかし実情は、その名前の爽やかさと裏腹に中身は盗みと暴力と詐欺まがいで金儲けするヤクザとチンピラのクランであった。迷宮じゃ他のパーティが戦っていた魔獣の横取り、トレインで魔獣を擦り付けた上での宝箱の強奪、レイド戦でデバフを掛けて囮にするなど評判はすこぶる悪い。

そんな爽風の緑の本拠地は、地上げ屋よろしく取り上げたスイレンの一等地に、緑色と白い塗装の見るからに健全そうなクランハウスであった。

怪しい宗教と陰謀論と詐欺師の第一印象は、基本的に優しく柔らかだ。後ろ暗く見えないように、外見(ガワ)だけでも偽装するからである。例えば綺麗なクランハウスや爽やかなクランの名前、そして団長の麗しい見た目も。


団長のブランは、パリッと糊の効いた白いシャツに細い銀縁メガネが知的で、一見、爽やかな男であった。

クラン名の元となった緑色の癖っ毛を長くして、後ろで一つに縛っている。

見た目は優男だがシャツの下はしっかり鍛えられている上に、気に入らない人間は重力魔法で圧し潰して排除してきた魔術師でもある。カラシュも何度かへまをしたときに“教育“を受けている。その時の恐怖もあるが……。

かつて丁稚奉公していた商店から金を盗んで逃亡して、幾つかのクランと個人パーティ暴力沙汰で追放されるような素行の悪いガキだったカラシュを、クランに入れて冒険者の手ほどきをしてくれたのはブランだった。

拾ってくれた恩もあり、カラシュは団長の言うことは全て聞いてきた。―――他人の身代わりで監獄(ブタバコ)に入ることすら厭わないくらいには。


「カラシュよ、今回は済まなかったな。」

「いえ。滅相もねっす。」

「ダングも感謝していたよ。あの時点で、あいつが4年半離脱するわけにいかなかったからなあ。お陰で貴族に恩も売れたし、しっかり儲けも出た。」


ブランは舞台役者のような綺麗な顔を、グイとカラシュに近づける。


「それで、ダングがどうしてもお前に礼を含めて、次の仕事を一緒にしたいと言うんだ。どうかね? 」

「ダングが、ですか? いや、しかし―――」

「さすがに、彼も4年半も身代わりしてくれたんだから、以前とは変わったはずだよ?」


ダングは爽風の緑のトップパーティの戦士であり、リーダーだ。前衛としては水都スイレンでも名が知られており、いくつかの迷宮を踏破している。まあ、このクランらしく、ちょっぴり乱暴に、だが。

だからか、後衛の補助職を見下しており、カラシュたちは分かりやすいほどに邪険に扱われていた。到底、一緒に仕事がしたいなど言うキャラクターではない。


「君のいない間に、新しい吟遊詩人も雇っているからねえ。以前のように派遣するにも、今は仕事がないんだよ。だから、ダングの仕事が丁度いいと思うんだが……。なあ、カラシュ、頼むよ」

「……まあ、団長の指示ならば」


カラシュの返事に、ブランは音がなりそうなくらいにニッコリと笑う。


「今ダングは古都ユニバースに宿を取っている。向かうのは古都近くの迷宮【黄泉の森】だ。貴族の坊っちゃんの接待だから、カラシュの仕事は坊っちゃんにめいいっぱいバフを掛けるだけ。復帰したばかりの肩慣らしに丁度いいだろう?」

「はあ……、古都ユニバースね……。で、何時くらい古都へ向かえばいいですか。」

「実は時間があまりないんだ。明日の朝……いや、今晩にも出発してほしい。とりあえず前金で金貨5枚渡しておくよ。向こうの宿代は流石にダングが支払うそうだから。」


前金が予想外に安くてカラシュは眉を動かす。


「すまないね。君が監獄に入っている間に、世間は不況の波がやってきてね……。なあに、坊っちゃんの支払い次第で後からちゃんと、それなりに払うさ。――そうだ、君は煙草が好きだったな。代わりと言っては何だが、私のとっておきの煙管をやろう。煙草はいつものでいいかな?」


ブランが取り出したのは、カラシュの使っていた煙管より細工も細かく高級感のあるモノ。そして愛用の香りの良い高級煙草であった。団長のこだわりの煙草で、彼の行きつけの煙草屋以外ではなかなか手に入らない品だ。

カラシュがこの煙草を吸うようになったのも、ブランからもらったのがきっかけであった。他に金を使う趣味もないカラシュは、仕事の報酬を金ではなく煙草にしてもらうことも多かった。


(4年半吸わなかったせいか、あまり煙草の気分じゃないんだがな……)


カラシュはそう思いながらも、ブランに丁寧に礼を言って煙草と煙管を受け取った。

その後、団長室から出ると、急いでグランハウス内にあるカラシュの部屋に戻る。簡単に荷を作り、ホコリだらけの自室に懐かしむ間もなく出発をする。

水都から古都までおおよそ3日ほど、乗合馬車に揺られるのであった。



「よお、久しぶりだな」

古都のクランの定宿につくと、ダングが今まで見たことない笑顔でカラシュを迎えた。

魔術師のウェイトと回復師のノースも、カラシュに親しげに話しかけてくる。あまりの似合わない態度に少しだけ鳥肌が立っていたが、4年半も身代わりしたわけだし今回くらいは歓迎の対応なのかもしれないと気持ちを抑えて、カラシュは仕事の話を始める。


「それで、今回は貴族関連の仕事と聞いたが……」

「そうなんだ。丁度、明日の昼から例のお坊ちゃんが迷宮【黄泉の森】に入る予定だ。ベストタイミングだな!」

「俺はその坊っちゃんにバフをかけろと、団長に言われてきたが……、それで合っているか?」

「その通りだ。迷宮の階位(レベル)としては俺たちだけでもなんとかなるが、カラシュがいれば仕事はずいぶん楽だ。なんせ、全くの初心者のくせに”硬鱗の鬼人(オーガ)”を試し切りしたい坊ちゃんだからな。最近、最高級の魔剣を購入したらしい。バフは防御と素早さをメインでいいと思うぜ。」


【黄泉の森】は古都から馬車で一刻ほどの近場にある、森の中にできた迷宮である。

何代か前の皇王が遷都して、ユニバースは古都と呼ばれるようになったが、まだユニバースに皇王がいた時代からある迷宮で、すでに攻略済で詳しい地図もある。モンスターの分布まで書かれた地図は古都のギルドに普通に販売中だ。

坊ちゃんが新しい魔法剣で試し切りしたい”硬鱗の鬼人(オーガ)”は、森の中ほどにある岩場に生息していた。


「昨日のうちに依頼人と相談したんだが、彼らは“軽業師の絨毯“を持っているらしくてな――」

「“軽業師の絨毯“? あぁ、【空飛ぶ絨毯】か。あれは結構、高額な魔道具だが、さすがお貴族様だな」

「だから、俺たちと移動スピードが違うし、絨毯で行けるギリギリの地点まで別行動になっている。この”硬鱗の鬼人(オーガ)”近くの川辺が集合場所になっているんだ。」


ダングは、地図の一箇所を指差す。

確かに川辺は障害物が少なく、絨毯の魔道具で移動が可能なようだ。


「危険な迷宮を高額な魔道具で移動して、最高級の魔剣で試し切りしたいとか……、貴族のしたいことの意味はわからんな」

「まあ、そう言うなよ。お陰で金が入るんだからさ」


頼むよ! とパーティメンバーに肩を叩かれその日は早めの解散となった。カラシュは屋台で腹を満たしたあと、早々にベッドに潜った。




翌日。階位の高いパーティと歩く迷宮は散歩のように何も起きなかった。しかし、約束通りの時間についた待ち合わせ場所には、誰も来ていなかった。

川辺は灰色の大岩ばかりで魔獣から姿を隠しやすいとはいえ、迷宮内でゆっくりしているのはあまりに危険だ。しばらく時間を潰すが一向に姿を現さない。

しびれを切らしたカラシュは、ダンク達の方へ振り返る。


「なあ、貴族の坊っちゃんはずいぶんと遅れて―――― 」


とす、とダングがカラシュにぶつかる。

ゆっくり離れたダングは、カラシュの顔を覗き込んで無邪気に笑う。


「???」

「わりぃなぁ、身代わりもしてもらったのに」

「――なに、を、」


カラシュは、急に燃えるように熱くなった腹部を見下ろす。

そこにはダングの刺したナイフが、カラシュの血を滴らせていた。それを見た瞬間、がくりと膝が崩れてカラシュは地面に伏していた。


「ボスは、クランのランク上げのために前科者の駆除がお望みだそうだ。」

「……な、ん、」

「だから、悪いと思ってるぜ? いくら役立たずの吟遊詩人ったって、俺の身代わりの前科で死ぬなんて、ホントお可哀想で。」

「……っ、かはっ……」

「お、そうだった、ギルドカードは貰ってくぜ。死んだ証拠にゃなるだろう。ドロップしたナイフを使ったとは言え、死体を持って帰ると疑われるからなあ。――お、高級煙草か。こいつもいただくか!」


カラシュの荷物をひょいと担ぎ、倒れているカラシュの胸元からギルドカードを引っ張り出す。それをポケットにしまい、彼らは振り返りもせずに川辺を後にした。3人の足取りは迷宮をクリアしたように軽やかだ。


(消して欲しい人物を、怪我させて迷宮に置き去り……。失血死させてしまえば、あとは迷宮が死体も証拠もなにもかも飲み込んで終了。俺も何度かやった仕事だ。くそ、うちのクランの十八番のお仕事じゃねえか。)


カラシュはダングたちの後ろ姿を見ながら、癒やしの戦歌(スキル)を絞り出すように歌い始める。


「―――《星々の導きよ、我を癒し、力を与えよ……》」


かなりの血液が流れており、癒やしの専門ではない自分の戦歌(スキル)では、おそらく生還は無理だろうとカラシュは気がついてはいた。それでも気を失うまで、声が出せなくなるまで歌う。



(ああ、禁煙の成果か。喉の調子は最高なのに、な……)



迷宮の片隅で、か細い歌声は途切れた。

以前書いた小説

信乃さんは定年後も、異世界で助産師をしているらしい。

https://ncode.syosetu.com/n9097hv/

ダンジョン都市の南地区 スタンピート災害訓練中!

https://ncode.syosetu.com/n0247mf/

と、同一世界となります。テイストが違いすぎますが……もしよかったらそちらも読んでください


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