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初日の終わりは温かな想いと共に

 ゴードンの指摘にさっと口は閉じたけれど、虎の姿そのまんまのギルマスから目を離すことはできなかった。


 革製の衣類を押し上げている、今にもはち切れそうな筋肉の塊は、色艶のよい虎模様の毛皮に覆われていて、触れたら滑らかな肌触りと程よい弾力があるに違いない!

 その中に指先を埋めれば、温いモフモフ天国。

抱き着いてそのまま眠りについてしまいたいっ!


 そして、パイプを器用に操るニャンコの掌には、肉球はあるのだろうか。もしあるならば、ネコ科らしく適度な湿り気と柔らかな弾力性があるのだろうか、それとも野性味あふれる姿から、イヌ科に近い硬くて乾いたものだろうか。

 あぁ、想像が止まらない!

 今すぐ触れて確かめたい!


「おい、ヒカリ、ヒカリ!ったくしょうがねぇな。ヘルマンに釘付けじゃなぇか」

「大方、虎族を見たことがないんだろうさ。用が済んでいないならアニカ、後は頼む。ゴードン、お前はちょっと俺に付き合え」


 モフモフに夢中になっている間に物事がなにやら進んでいたようで、アニカさん「ヒカリちゃんはこっちね」と、ひょいと抱き上げられ、カウンターの奥にあるテーブル席に連れてこられてしまった。

 慌てて身体を捻じってモフモフの姿を探したけれど、ゴードンと共に階段を昇って行ってしまった。


「文字は書ける?なら、この用紙に記入してね。ギルドの利用方法はね…」


 アニカの案内で冒険者ギルドの登録と、利用方法、規定事項などの確認を済ませる。

 登録はとても簡単で、名前や冒険者として強みとなる特技などと、犯罪歴を記入するだけだった。これを特殊な魔法が込められた機器・魔道具に翳すと、冒険者カードに転載されて出てくる。


 ちなみに、特技を全て明かす必要はないが、嘘は記載できない。魔道具が嘘を判別するのだそうだ。だから、犯罪者は犯罪歴を事細かに明かす必要はないけれど、犯罪歴がないと記載すれば弾かれる。

これによって、冒険者ギルドは犯罪者の登録を未然に防ぐことができるというわけだ。


「冒険者ギルドにはランクがあって、Fが一番下で順にE、D、C、B、Aと上がるの。最高ランクは、その上のSね。ランクによって受けられる依頼は変わるけれど、素材の買い取りはランクに関係なく行っているから安心してね。昔、優れた薬草採取の力を持っていた冒険者がいたのだけれど、荒業が得意じゃなかったためにランクアップできなかったらしいの。生活費を稼ぐために仕方なく高ランクの冒険者に売っていたそうなんだけど、いいように使い潰されてしまってね…」


 急に薬草採取を請けなくなったことに不信を抱いた薬草ギルドが、高ランク冒険者の行いを暴露したのだとか。そいつらは、ランクに見合った素材しか売買できないというルールを逆手に、犯罪まがいの脅しで一芸に秀でた有能な冒険者を食い物にしていたことが発覚。

 元々は一攫千金を狙って実力に見合わないことをする冒険者が出ないようにするためのルールを、この事件をきっかけに見直したのだそうだ。

 なんともやるせない気持ちになるが、仕方ない。完璧な法律なんて存在しないし、どこの世にも法の裏をかいて悪事を働く輩はいるのだ。


「ヒカリちゃんも、買い取ってくれるからって無理はしないでね」


 アニカの真剣な口調に頷きながら、今度は買い取りコーナーに連れていかれる。

 ギルドの奥にある扉を開けると、裏手にある別の建物に繋がっていた。別にもう一つ出入口があって、外から入ることもできるし、ギルドの中から移動することもできるようになっているようだ。冒険帰りであろう、汚れた服装の男達がカウンターの上に何かの肉の塊を出しては値段交渉をしている姿があった。


 アニカの仲介もあって、スムーズにスライム核の全てを1つ20ルークで売ることができた。

 これで2680ルークを手に入れることができた。


 現金を手にした安堵感でホッとした途端に空腹と眠気が襲ってくる。

 どうしよう、まだ寝床も探さなければならないのに。


 アニカは、そんな私の心境に気づいたようだった。


 「ヒカリちゃん、これからどうするの?お腹も空いているよね。疲れているようにも見えるけど、大丈夫?」

「大丈夫じゃない、かも。とにかくお腹が空いたし、眠い」


 弱音を吐きたくなかったけれど、ここは強情を張るところじゃないと瞬時に頭を切り替えることにした。

 転生する前の私には考えられないことだ。いつでも大丈夫な振りをして、一人でどうにかしてきた。誰かに甘えることが、どうしてもできなかった。愛情を知らない子供には、頼るという行為はとてもハードルの高いことだったからだ。

 

 でも、今は違う。46年の人生を歩んだ経験があるからわかる。我が子を愛することができない人がいる一方で、赤の他人にも愛情を分け与えられる人が世の中にはたくさんいることを。

 転生初日で10歳の体の私なら、ここは誰かに甘えていいところなのだ。


「ヒカリちゃん、この街はとても住み心地のいいところだけど、それでも孤児はたくさんいるの。みんなを救えるお金と力は私にはないの。だから、ヒカリちゃんだけを助けることは私にはできないの。ごめんね」


沈痛な面持ちで話すアニカは、本当に子供が好きで、孤児がいる現状をどうにかしたいと思っているのだろう。だから、私だけを特別扱いできないのだ。


「でもね、一つだけいいことを教えてあげる。冒険者ギルドには、緊急時の避難所という役割があるの。この通路の奥に毛布がしまってある部屋があるわ。いつもは鍵が閉まっているけれど、今晩は何故か閉め忘れてしまう人がいるみたい。ギルドは24時間でやっているから、怖いことはないし、今の時間なら食堂で温かいスープを頼めばパンが2個ついてくるわよ」





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