表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

蒼い星は夢を解く

 この頃の麒麟には、浴衣に着替えて眠りに就く習慣があった。

 他を顧みない祐善が、この才能ある息子にだけは和装を重用すべし、と口煩かったからである。内心ではうるせえ、と思いながらも渋々それなりに従う日々が、自由を愛する麒麟にとっては窮屈でならない。

 寝相が余り良くないので朝、目覚めると大抵、浴衣は乱れたりはだけたりしている。


 春眠暁を覚えず。

 日曜日、麒麟はこの言葉に沿って未だ布団の住人だった。

 生成り色の髪が散らばり、障子を透かして来た陽光による染色を許している。薄く開いた淡色の唇からは健やかな寝息が洩れていた。怠惰が絵になってしまう人間の典型である。

 食卓における一家団欒の時など菅谷家には存在しない。

 家の人間それぞれが自分ルールに即して自室で食事を摂るのが通常だ。個々に分断された孤独の時間に、肉親の情めいた交流や温もりを求めるのも虚しい。

しかし、それゆえに食事の時間だと叩き起こされる心配もなく、これ幸いとばかりに麒麟は惰眠を貪っていた。低血圧で朝に弱い麒麟は、眠りを妨げられることを非常に嫌う。

 但し例外はあった。


 布団の端に誰かがいる――――。


 半覚醒の頭で薄ぼんやり、そう認識する。

 水草が、部屋の主である麒麟が熟睡している際に入室を黙認する人間は限られていた。

 ぼお、としたまま緩慢に身体を動かすと、弟の勇魚がちょこんと布団の足元に座っている。

 麒麟と目が合うと、嬉しそうに無邪気に笑った。

「麒麟兄上。おはよう!」

「……勇魚。おはよう……。どうした、朝飯は?」

「食べたよ。兄上は食べないの?」

「俺は土・日の朝は喰わないから。……水草、悪いけどコーヒー牛乳を持って来て」

「はい」

 式神の少女が退室して、部屋は兄弟二人きりになった。むっくり起き上がった麒麟は盛大に欠伸しながら伸びをして、それからはっきり弟を直視する。無言でその頭をわしゃわしゃ撫でると、勇魚がくすぐったそうに笑った。異母兄弟の多い菅谷家の中で勇魚は唯一、麒麟と母を同じくする弟だが、兄と違い髪の色はごく普通の黒。さらさらと柔らかい猫っ毛である点は共通している。この先、陰陽師としてどこまで成長するものかと、麒麟は興味深く考えていた。

 自分と同じくらいに才覚を持っていてくれたなら。

 麒麟を素直に兄と慕う勇魚の存在に、麒麟は今以上に救われることだろう。

「…………」

 麒麟の唇が苦く弧を描く。勝手な理屈だ。

 自分のエゴを、まだまっさらな未来ある勇魚に押し付けるものではない。

「ごめんな」

「何が?」

「何でもないよ」

 勇魚の髪の毛をまた荒っぽく撫で回す。

 やはり無邪気に笑い声を上げる弟を眺めて、麒麟は目を細くした。



 昴の腕の中にいる時、いつも桜は咎人のように項垂れている。

 名前のようにほんのり桜色に染まった全身を小さくして、昴に縋りつく。

 なら手錠を外せば良いのに。罪悪感は消えるだろう。

 昴は素っ気なく思考する。

 出来ないと解った上でこう考える自分は冷たい人間だ。仮にも桜の兄でありながら。

 仮初でも桜のつがいを演じる男でありながら。

 手に入らない幻獣、他を愛する幻獣に苛立ち、妹の柔肌に逃げる。同じ穴の(むじな)だからと都合の良い解釈を押し付けて、欲情を飼い馴らす相手として利用するのだ。男としてはかなり最低の部類である。

 自身すらをも容赦なく断罪するのが昴という人間だった。


 ――――――――つがい。


 愛されていることに無自覚な天才。

 奔放な幻獣は今頃、勇魚に惜しみない愛情を注いでいるのだろう。妹を抱いたまま、静かに瞬きして昴は考える。欲しいものは大概、持っている。菅谷家・次期当主の座にも、実は大して興味ない。昴が浅ましい程に求め、欲してやまない存在だけが手に入らないのだ。同じ家に起居しながら途方もない距離感を覚える。


 愛を得る。

 それは人類が歴史上、長らく苦悩し葛藤し、今も尚、挑み続けている困難な命題だ。

 この命題に心を砕かれて死ぬ者すらいるのだから、始末に負えない。

 昴は幻獣のつがいになりたい。

 なれるのではないか、という気もしている。


 なぜなら夢を見たからだ。

 自分の腕の中に咲く幻獣の夢。

 今よりも大人になっていた。生成り色の髪は伸びて、月光に溶け込む風情。男が年を経て更に美しくなることがあるのかと、驚いた。

 昴を見て笑い、名を呼んでくれた。

 有り難う、と。そう告げた唇の動きを、昴は半ば唖然として見つめる。


 陰陽師にとって夢は重要だ。

 嘗ては見た夢の内容を判断する行為を「夢合わせ」と言い、「夢解(ゆめと)き」と言う専門の診断士さえ存在していた。一定の水準を満たす陰陽師であれば、「夢解き」の資質も兼ねている場合が多い。未来視は桜が得手ではあったが、昴は彼女に幻獣の夢を見たとは教えない。

 あれはいつか、必ず訪れる未来の光景だ。

 昴は慎重に夢解きをした結果、そのように夢合わせした。

 知らず妹を抱く手に力が籠る。


 この中に幻獣が咲く未来を想う。


 早く来てくれ、と昴は胸中で強く懇願する。

 自分が恋情に焦がれ狂い堕ちてしまうその前に、どうか一刻も早く――――――――。




挿絵(By みてみん)








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ