第9話 一番の友達
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それから私とまーちゃんは、学校で何度もキスをするようになった。
廊下の死角となる場所に隠れて1秒だけの、小鳥がするみたいなキスをした。
トイレの個室に入って、数分間、彼女を独り占めするみたいなキスもした。
一度、境界線を超えたら、衝動は抑えられそうになかった。
きっと群青さんとまーちゃんは、こんなことはしていない。
キスをしている私だけが特別という優越感を感じていた。
今となってみれば、野々村さんと柴田さんが学校でDキスをしたのもわかる。お互いがお互いの特別になりたかったんじゃないかな。
学校には、先輩後輩同級生をいれると何百人もの生徒がいる。毎日、誰かしらの恋の話だって聞くことがある。
一途と言われている子も、状況次第で、別の相手に心変わりすることもある。
そんな軽薄な世界で、相手を繋ぎ止めておきたくてキスをしたんじゃないかな。それは強烈な証のようなものだ。一気に特別な人になれる魔法だ。
そんな私とまーちゃんもキスをした日から変わってしまった。
まず第一に嫉妬心が薄れたことが驚きだった。
群青さんがまーちゃんに話しかけても、それほどモヤモヤはしなくなった。
——だって、私たちはキスまでしている仲なんだから。
群青さんにはそんなことできないでしょ?
心の中で、マウントを取ってしまっていた。
だけど、私にも限度ってものがある。
群青さんが、まーちゃんにハグをしている姿は黙ったまま見ていられなかった。
早く離れて!
きっと二人を見る目が険しくなってしまったことだろう。
そんな日は、決まってまーちゃんを図書室に呼び出した。
本棚の陰に隠れて、私から熱烈なキスを求めた。
「んっ。あっ……」
「……声出しちゃ、駄目だよ」
まーちゃんは私を拒むことはしなかった。
周りに人がいる時は、気弱そうな顔を一瞬見せるけど、キスをしたら段々と、とろんとした表情に変わっていくのが、たまらなかった。
彼女が一度、腰が抜けたようにすとんと座った時、足がガクガクいっていた。
いつもは明るいまーちゃんの弱いところを見た気分になった。心の中で湧き上がる、征服欲も満たされた。
まーちゃんとキスをするようになってから、まーちゃんは群青さんと、わざとらしく仲良くするようになった。
肩に手を置いたり、腕を触ったり、前よりも密着するようになった。
たまに私に流し目を送ってくるから、きっと嫉妬心を煽るためにしているんだと思う。
まーちゃんは自分からキスをしようと誘ってはくれない。
私からの行動をひたすら受け身で待っている。
群青さんを利用して、気持ちを掻き立ててくるのはずるいと思った。
まぁ。そんなところも愛しいけど。
まーちゃんの愛情を直に感じるほど、気持ちにも余裕ができた。
最近では、井上さんと平澤さんが雑談しているところにスムーズに入っていけるようになった。急に「Dキスって何?」なんて話しかけていた前の私とは違う。
二人が興味がある話題を広げる質問ができるようになった。
自我を押し殺して、尽くす側に徹するほど、あっちからも積極的に声をかけてくれるようになった。
人との間にある壁が薄くなった気がした。自分の顔を鏡で見ると、瞳に光が差しているのがわかる。
もしかして井上さんと平澤さんは、私がまーちゃんや群青さんと一緒にいることが多いから、仲良くしてくれるのかもしれない。
二人は人気者だから、自動的に私も人気者の雰囲気になりすますことができた。
だけど、それでも良かった。
だって、まーちゃんが嫉妬心を私に向けてくるのがわかるから。燃えたぎるような鋭い視線にゾクゾクした。
「……さっき、いのちゃんとゆずと何話してたの?」
「うーん……秘密」
深夜アニメについての何でもない話だけど、私はあえて黙ったままでいた。
「風香、意地悪……」
まーちゃんが、俯く。しょんぼりとした顔が可愛かった。
「いや言いたくないことって、あるじゃん! 大丈夫。まーちゃんの悪口とかは絶対に話してないから安心して」
「そういうことを言っているんじゃないんだけど……」
彼女が黙った。そして大きく息を吸う。
「——風香のこと、全部知りたいから聞いたの! ……独り占めにしたいの!」
キュン。まーちゃんから大きな矢印を向けられて、胸が高鳴った。
「え、えぇっ?」
私はわざとらしく、とぼけた。
本当は、最初からこうなることを望んでいたのかもしれない。
「——ねぇ。風香の一番の友達って誰?」
「そりゃ——」
まーちゃんだよ。と声を大にして言いたかった。
だけど、あえて口をつぐんだ。
悶える彼女の姿を見たかったからだ。
「……」
案の定、まーちゃんは八の字眉にしたまま震えていた。目も潤んでいるように見える。
「ひ、秘密っ!」
内緒にするテクニックはずるいけど、楽だから好きだ。曖昧にぼかしてしまえば、受け手は好きなように解釈をする。
こんな宙ぶらりんな状態で突き放してしまえば、不安になりやすいけど。
「もー!」
まーちゃんの頬は紅潮していた。いつもと私の反応が違うから戸惑っているのだろう。
意地悪するのも、この辺りが潮時かも。
「……まーちゃんが私にとって一番の友達だよ」
「そ、そっか」
お望みの言葉を口にしたはずなのに、彼女はそっけなかった。
ツンデレってやつなの?
「……じゃあ、まーちゃんにとっての一番の友達って?」
こういう時は、同じような質問をするのが鉄則だ。
「……」
「おーい!」
……なのに、まーちゃんは何も答えてくれない。
「——群青さんだったら、きっと質問にもすぐ答えてくれるんだろうなぁ」
あっ。いけない。
頭の片隅にあったことを、つい口にしてしまった。
本音でもあり、まーちゃんを傷つける言葉だとはわかっていた。
案の定、彼女はキッと私を見た。
睨んではいないけど、どこからどうみても不服そうだった。
まーちゃんは一歩前へ出た。私の頬をそっと触ると——静かにキスをした。
身長が低い私に合わせて、屈んでくれている。目をギュッとつぶっている姿が、いじらしくて可愛かった。
舌は入れてこなかった。だけど、距離感が0に思えるほどの深いキスだった。
まーちゃんは、言葉にはしてくれなかったけど、一番の友達は風香と言ってくれているように感じた。目をつぶり、嬉しさを体の隅々まで堪能する。
私が受け身のままでいると、彼女は程なくして舌を入れてきた。いつもの仕返しと言わんばかりに、積極的な振る舞いだった。
とにかく舌を深く入れようとしてくるから、むせ返りそうになった。
ぶっきらぼうなキスも、長い時間していると波長が合って、穏やかなものになる。
抱き合ったまま、向かい合っていると、一つになれたような幸福感を味わった。
「はぁ……」
まーちゃんが唇を離したら、唾液がツーッと二人を繋いだ。
私は恥ずかしくなってしまい、慌てて目を逸らした。
「……あんまり、いのちゃんとゆずと仲良くしないで」
「どうして?」
「風香は、わたしのものでしょ?」
ギュッと強く手を握られてしまった。
まるでどこにも逃がさないと言っているかのようだった。
「——そして、わたしも風香のものでしょ?」
「……うん」
まーちゃん。まーちゃん。大好き。
お互い自由だけど、束縛し合っている。
そんな彼女の、ほのかな執着は、不安症な私を、今ここにいてもいいと思わせる、安心感に成りつつあった。




