第10話 じゃあさ、してよ。キス
「——ねぇ。群青さんとはキスしたりしてるの?」
「何言ってるの。風香だけだよ。ってか、リリアは、他校に彼氏がいるしさ。しかも年上っ」
「そうなんだ」
群青さんが、まーちゃんに向ける気持ちは友達の範疇だとわかり、ホッとした。
もしかして、同じような想いをぶつけていたらどうしようかと思っていたからだ。
あれっ。私がまーちゃんに向ける気持ちって一体なんだろう……。
現時点では、親友に収まっている……つもりだけど。
もしかして、まーちゃんと付き合いたいってことなのかな。
でもわからない。もっと別のもののような気もするけど……。
「まーちゃんが私にキスしたい時っていつ? っていうかあるの? いつも私ばかりだから……」
ぐるぐると混乱して、弱気になってしまった。
彼女からキスをされて、意地悪心もどこかに吹き飛んだみたい。
「——うんとね」
まーちゃんは私の頭を撫でながら、口を開く。
「難しい問題を解いている時とかに、風香のことを考えることがあるんだ。そういう時に、キスしたいなって一番思うかも」
ふーん。そうなんだ。なんだか、照れる。
だけど、わかる気がした。授業中、苦手な教科の時は、早く終わらないかなといつも思う。
そんな時、決まって前の席に座るまーちゃんを見る。頬杖をつきながら、一人勝手に幸せな気分に浸ってしまうのだ。
「じゃあさ、してよ。キス」
「無理だよ。だって最近は、家で宿題している時に思うもん」
「ふーん。そっか。じゃあ難しいね」
「うん……」
私は頭を悩ませた。いつだって世界は上手くいかないようにできている。
まーちゃんが、フッと笑った。顔を上げると、彼女の唇が間近にあった。あっという間に、重なる。今日のまーちゃんは、やけに積極的だ。
目も閉じずに彼女の顔を、ぼーっと見ていた。
「わたしはさ、風香がキスのことを考えていない時に、キスしたくなるかも」
「何それ」
哲学的? それとも、あまのじゃくなだけ?
だけど、まーちゃんらしいなとも思った。
キスも大事だけど、言葉を交わして、彼女と向き合うことこそが、関係性を深める上で大事なのかもしれない。
私は一つ大人になれた気がした。
まーちゃんをじっと見ていたら、つむじをピッと押されてしまった。確か、ここを刺激すると、お腹が緩くなるんじゃなかったっけ?
いたずらっ子なんだから。私は彼女の肩を押した。少しバランスを崩したけど、まーちゃんは完璧に耐えてみせた。
私たちは二人顔を見合わせて、笑ってしまった。
◇
「関内さん、ちょっといい?」
「何?」
2時間目と3時間目の休み時間に、私は群青さんから声をかけられた。一人で机に座っていた時のことだった。
まーちゃんは日直で、ひと足先に理科室に移動をしていた。今頃、実験器具を出していることだろう。
群青さんと二人きりで話すことはまったくないから身構えてしまった。
「いや、ちょっとねー! ここで話してもいいんだけど……」
彼女が教室をキョロキョロと見渡した。近くにはクラスメートがたくさんいて、とてもじゃないけど落ち着いて話せる状況ではなかった。
散らばっている男子達が、こっそり群青さんを見ているのがわかった。相変わらず人気だなぁ。大事な話なら絶対、場所を移動した方がいい。
「空き教室に行こうよ!」
「う、うん」
2階の廊下の奥には、誰にも使われていない空き教室がある。いつも扉が半開きになっているから、生徒達がよく自由に出入りしていた。
早速、群青さんと一緒に移動をすると、珍しく空き教室には人影がなかった。私たちの貸切だった。
中に入り、彼女と少し距離を開けて、向かい合う。群青さんは目を細めた。
「早速なんだけど、最近、麻樹おかしくない? 関内さん、何か知ってる?」
「おかしいって? どういうこと?」
唐突すぎて、話が見えなかった。彼女は何を言っているのだろう。
「いや、なんかね。あたしさ、カレピがいるんだけど。カレピの友達が、麻樹のこと気に入っちゃってさぁー。なんかね、写真を見せたら一目惚れしちゃったらしいの」
私の興味が一気に増した。
まーちゃんは可愛い。だから、好きだという男の人がいてもおかしくないと思うけど……。
モヤモヤする。
「んで、紹介してくれーって。まー。Wデートとか楽しそうじゃん?」
群青さんは、近くにあった机の上に腰を掛けた。
「だけどさー、麻樹に聞いてみたけど、行かないって、バッサリ断られたの! ノリ悪くない? その相手も別にイマイチってわけじゃないよ? むしろ、イケメン! 高身長だし、麻樹とお似合いだと思うけどなー」
彼女は首を傾げている。
私は複雑だった。何それ何それ。そんな、Wデートなんてしてほしくない! まーちゃんは私だけのものなんだから!
断ったっていうけど……不安はどんどん増していく。
まーちゃんは、群青さんほどではないけどモテる。前に、隣のクラスの男子たちが集まって「良いな」とか言っているのを聞いたことがある。
そりゃ放っておいたら、彼氏ができるのも時間の問題だ。
「関内さん、なんか知らない? あたしよりさ、麻樹と仲いいーじゃん!」
その声には含みがあった。顔を上げると、無表情の群青さんが目に入った。
別に怒っているわけではない。
私に気を遣うことをやめた、彼女の素の顔と言えるだろう。
女の子の友情は、恋愛に似ているとよく思う。
群青さんは、まーちゃんと付き合いたいとは思ってはいない。だけど、私に取られたくないとは感じているだろう。
友達として両思いになりたいのだ。
まーちゃんは、Wデートに応じてくれなかったから、もしかしたら、"振られた"みたいな気持ちになっているのかもしれない。
群青さんは私のことを邪魔ものみたいに、蔑んだ視線を向けてきた。
まーちゃんがWデートの誘いを断ったのは、私がいるからだと思いたい。
嬉しくなってしまい、つい顔がにやけた。
「——えっ。バカにしてる?」
空気がピリつくのがわかった。彼女は机から腰を上げた。
「ち、違う」
完全に誤解だった。
「なんかさー、あたしに内緒にしてることあるくない? 急に二人のグループに入ったからってさー、ひどくない? ねー。教えてよー」
群青さんがぐいと前へ出た。私たちの距離がうんと近くなる。
血の気が引くような思いがした。
「……」
彼女の目すら見ることができなかった。怖かったからだ。
完全に言葉に詰まってしまった。
「はぁ……」
そしたら、群青さんは大きなため息をついた。
呆れたと言わんばかりに、空いた机の足をガンっと蹴った。
「関内さんってさ、言っちゃ悪いけど、陰キャだよね。もうちょっと明るかったら、カレピの友達にも紹介してあげたのに」
何その言い草。
「……余計なお世話」
——そんな言葉は、すらすら口から出た。
「あっそ」
群青さんは冷たかった。ゴミ以下を見るような軽蔑した目を向けてくる。
クラスの男子に興味がなさそうな彼女こそ、誰にも、こんな態度を取っているところを見たことがなかった。
もう話すことはない。
そう言うように、群青さんは空き教室から出ていった。ドアもガシャッと大きな音を立てて閉めていった。
まだ私が中にいるのに。すぐ教室に戻るのに。
こういう一つひとつの仕草も、私を拒絶しているように思えてならなかった。




