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世界一嫌いな女が義妹になった〜ひとつ屋根の下での共依存関係〜  作者: 宮野ひの


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第11話 跪く





「麻樹ー。一緒に帰ろーよ!」


「リリアも部活あるでしょ。陸部はどうすんの?」


「今日はサボりたい気分なのー。ねぇ。付き合ってよー!」


「はぁ。まったくー」


 放課後の教室。部活に行く前のひと時に、私はまーちゃんと机を挟んで話していた。


 しかし、急に群青さんが入ってきたというわけだ。


 私のことを視界に入れず、完全にまーちゃんだけに話しかけている。意地が悪い。


 まーちゃんはというと、やれやれという擬音がぴったり合うように、ため息をついた。すぐに断ってくれればいいのに。


 群青さんの怠惰な提案に乗る必要はないよと、私は目力で訴えた。


「——やめとく。後輩にレシーブの練習をしなくちゃいけないし」


「そっかー。残念……。でも、別にいいよ! 隣のクラスの子を誘うからさー」


 群青さんは捨て台詞を吐いた。一度私を睨んだ後、ものすごい勢いで教室から出ていった。


「なんだったんだよー。サボりとかよくないよね」


 まーちゃんは驚き、目をぱちぱちさせている。


 きっと群青さんは、私に当てつけているのだろう。

 グイグイ押せば、まーちゃんの心は奪えると思っているのかも。


「ってか、風香は美術部行かなくて大丈夫?」


「うん。まだいいかな」


 文化系の部活だからか、運動部よりも規則が緩かった。

 もっとまーちゃんと喋っていたかった。


「そっか。わたしはそろそろ体育館に移動しないとだー」


 まーちゃんは教室の壁にかけられた時計を見て、うーんと一つ伸びをした。

 呑気そうに見えるけど、口元は緩んでいた。

 バレー部の次期部長候補として、先輩たちから期待されていることを私は知っていた。


 でも……。


 やだ。行かないで欲しい。

 もうちょっとそばにいて欲しい。


 きっとレシーブの練習をする時に、後輩の女の子の手を触ったりしちゃうのかなぁ。

 まーちゃんに、その気はなくても、相手がどう思うかはわからない。年上の魅力もあってか、気付いたら好きになっていることだって全然あり得る。


「……風香?」


 俯いていたからだろう。

 まーちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「顔色、悪いよ」


 嫌な想像をしていたからかな。

 本当に青ざめた顔をしているのかもしれない。


「……まーちゃん、ちょっと私、具合悪いかも」


「大丈夫? 保健室に行く?」


「うん。一緒についてきてくれる?」


「もちろん」


 まーちゃんは自分のカバンを背負った後、私のも持ってくれた。優しい。


 そして、隣のクラスのバレー部の子に、遅くなることを伝えた後、私のほうを振り向いた。


「よし。行こう」


「ありがとう」


 まーちゃんが先に廊下を歩く。身長が高いのに、華奢な背中に目を奪われる。


 時折、ちらっと後ろを振り向いては、私の様子を伺ってくれた。


 保健室の先生には、なんて言おう。恋の病です、なんて言ったら笑われちゃうかな。


 そんな冗談を思いつくくらいに、私は元気だった。


 ごめんね。まーちゃん。もう少しだけ一緒にいさせてね。





「失礼しまーす。あれ。先生いないの?」


 保健室のドアをノックして、中に入ると、誰もいなかった。

 このまま居座ってもいいのだろうか。


 迷いながらも、まーちゃんは勇敢にも、どんどん奥へと進んでいった。


「風香。おいでよー」


 椅子の前までたどり着くと、私をこいこいと手招きをした。


 頷き、ドアをしっかり閉めてから、彼女の元へと向かった。


「とりあえず、ここに座りなよ。頭ズキズキしたりとかはする?」


「う、うん」


 私は深緑の丸椅子に座ると、ひとつ嘘をついた。


「そっか……。じゃあ辛いよね。先生呼んでこようか?」


「いやいい。まーちゃん、そばにいてよ!」


「…………わかった」


 まーちゃんは近くにあった長椅子に、私と自分のカバンを置いた。そして、体育館シューズ入れも。


 今さら嘘をついた罪悪感がちくりと胸を刺す。


 私の隣にもう一つあった深緑の丸椅子に、まーちゃんが、よいしょと座った。


「熱はあるの?」


 そう言って、おでこに触れた。

 まーちゃんの手が、ひんやりとしていて気持ちが良かった。

 思わず息を呑んでしまう。


「んー。ないかな?」


「まーちゃん、お医者さんみたい」


「えへへ。そう見えるー?」


「うん。かっこいい……」


「ふふっ。将来は医療系に行くのもいいかもね」


 二人して談笑をした。密室でまーちゃんと話しているとホッとする。


 誰にも奪われる心配がないからかな。ずっと、こんな時間が続けばいいのに。


 その時だった。

 私の視界の端に赤いものが映った。んっ? なんだろう。

 そう思い、下を見ると、なんとまーちゃんの膝から血が出ていた。


「きゃっ。まーちゃん! 血が出てる! 大変!」


「ありゃ。かさぶたが剥がれたのかな?」


 まーちゃんが愉快そうに笑った。

 半ズボンジャージから伸びた彼女の白い膝を、赤い液体が汚していた。


「部活で擦りむいた時のやつだー。ここが保健室で良かったよ。絆創膏くらいはあるよね?」


 まーちゃんが丸椅子から立ち上がろうとしていた。

 振動で、血が溢れそうになっていた。


「待って。動かないで! 私が探すから」


「そう? ……それじゃ風香、お願いしていい?」


 まーちゃんに無理させたくない。そのまま安静にしていてほしい。


 彼女のかさぶたから溢れた血は、日々、バレーを頑張っている勲章のように思えた。


 保健の先生が不在の間って、棚を勝手にゴソゴソ漁ってもいいのだろうか。だけど、非常事態だから仕方ないよね。


 私はティッシュと絆創膏を探した。急げ急げ。まーちゃんを待たせられない。


 焦る私は不意に、これじゃ、どっちが病人かわからないよ。なんてことを思った。


 包帯はたくさんあるのに。肝心のティッシュと絆創膏はない。


 まーちゃんを見ると、不安気な顔をしていた。じっと一人で膝小僧を見ていた。


 それは、デパートで親を見失って、心細さを感じている少女のようにも思えた。

 寂しい。切ない。心がそう叫んでいるように見えた。


 ぞくりとしたものが背中を走る。


 気付いたら、私はまーちゃんの前で跪いて、足を触っていた。


「ひゃ。何、風香。くすぐったい」


 心臓は大きく高鳴っていた。


 やめた方がいい。したい。そんなアンバランスな感情が混ざり合っている。


 まーちゃんの膝に顔を近づけて、目を閉じた。

 まだ引き返せる。


 でも、もう——。


 私は舌を出すと、彼女の血を舐めた。


 生臭くて、正直美味しくない。だけど、衝動を抑え切れそうになかった。

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