第7話 私たちでしてみない?
群青リリアは、とてもかわいい。少し茶色がかった艶々の髪は地毛らしい。目元がぱっちりしていて、鼻も高い。スタイルも良くて、男子からも人気がある。告白されている現場を、私も何回か目にしたことがあった。
まーちゃんも背が高いから、二人並ぶと本当に絵になる。
群青さんは近くにあった席に座ると、早速、まーちゃんの宿題を写し始めた。「字、めっちゃ綺麗じゃん」とか、「これ何ー?」とか、私語も連発だ。
まーちゃんもまーちゃんだよ。なんで、宿題を書き忘れた子のために、善意で写させてあげるのだろう。
私だって、眠い目をこすりながら、問題を解いたのに。
群青さんは何もしていないのに。宿題の正答にありつけるし、まーちゃんにだってハグできる……。ずるい。
二人は楽しそうに、おしゃべりをしていた。
私はまーちゃんの一番の仲良しであるはなのに、割って入っていけない。雰囲気に圧倒されて、気後れしてしまう。
「——なんだけど、風香はどう思う?」
「えっ?」
まーちゃんが私に話しかけた。全然聞いていなかった。
「……い、いいと思うよ」
「だよねー。折りたたみ傘より、普通の傘のほうが耐久性も高いし、便利だよねー」
……なんとか、会話を繋げたみたいだ。ふぅ。
モヤモヤ考えっぱなしの状態から早く抜け出さないと。
私は、顔に笑みを張り付けながら、頑張って二人の会話に加わった。
群青さんは、クラスでは、犬飼さんという清楚ギャルの子と、一緒にいることが多かった。
しかし、ケンカしたからか、最近は距離を置いているようだった。廊下ですれ違っても、目すら合わせなかったのを私は見た。
群青さんは一人でいることを好まない性格なのか、最近はまーちゃんに声をかけることが多い。
一緒にいる私にも話しかけてはくれるけど、肌感で同じ態度とは言い難かった。明らかに目が笑っていないのだ。
私は群青さんに、まーちゃんを取られるのではないかと気が気じゃなかった。
この前は二人で休日に、繁華街に行ったということだった。まーちゃんから、それを聞かされて、私は息ができなくなるくらい苦しくなった。
このまま私は一人ぼっちになってしまうのではないか。
群青さんといた方が、まーちゃんだってきっと楽しいんじゃないかな。気の利いた話題なんて振れないし、性格だって暗い方だもん。
ぐるぐると、ネガティブな気持ちに押しつぶされていった。
群青さんが現れてから、まーちゃんに対する独占欲が高まったみたいに思える。
この気持ちは、まるで恋のように、燃え上がっていった。
◇
「でさー、リリアがさー。わたしの爪にネイルしたいって言い出してさー。困るよねー」
「……」
学校の裏庭。コンクリートが階段になっている場所にまーちゃんと並んで座り、静かにグラウンドの方向を見ていた。
掃除の時間。私たちの持ち場は、裏庭の東側と決まっている。
少し早めにやってきて、まーちゃんと二人でおしゃべりをしている時間が何よりも好きだった。
風が肌寒い。ジャージを手がすっぽり埋まるほど引き伸ばしてみる。
——今日のおしゃべりは楽しくない。
まーちゃんが話すのは群青さんのことばかりなんだもん。
私は不貞腐れていた。
「風香?」
彼女は心配そうな顔を向けてくる。
眉を下げて、瞳が潤んでいた。
「ご、ごめん。ちょっとお腹痛くてさ」
「そうなの? 大丈夫?」
私は嘘をついた。だけど、言葉とは不思議なもので、口にしたら本当にお腹が痛い気がしてきた。
息を呑む。
「まーちゃん。あのさ……。Dキスって知ってる?」
なんで私はそんなことを言ってしまったのだろう。
多分、このまま群青さんの話を聞きたくなかったからだ。
気付いたら、覚えたての言葉を口にしていた。
時が止まった気がした。
すぐに返答が返ってこない。思わず、まーちゃんの顔を見る。
「知ってるよ」
目が合ったら、彼女は答えてくれた。
あっ。そっか。知っているんだ。
私はこの間、井上さんと平澤さんに教えてもらったばかりなのに。
そっか……。
なんだか、置いていかれた気分になった。まーちゃんはすぐ側にいるのにね。
「ど、どこで覚えたの?」
彼女に質問してみる。
「……普通に漫画とか? あと、ネットとか? うーん。先輩が言っているのを聞いたり……」
まーちゃんはバレー部に入っていた。確かに、あの部活には経験豊富そうな先輩がたくさんいた。
「ふーん。私、知らなかったのに……」
「風香は純粋だもんね」
彼女は、語尾に(笑)がつきそうな風に言った。
ば、馬鹿にして。
「も、もしかしてだけど、まーちゃんはDキスってしたことあるの?」
「いや、ないない」
勢いで聞いたけど、ないと言ってくれて、良かったーー!
心がパァッと明るくなるのを感じる。
「Dキスとかさ、気持ち悪いだけだよ」
「——そうなの?」
「そうじゃない?」
まーちゃんは、井上さんと平澤さんみたいなことを言う。
なんでみんな、Dキスに対して嫌なイメージを持つんだろう。
不意に、野々村さんと柴田さんのことが頭に浮かんだ。
恋人同士じゃないのに、学校でDキスをしたということだった。
「実際にしてみないとわからないよ」
「そうかもしれないけど……」
まーちゃんが私の顔を食い入るように見つめた。
その仕草にドキッとしてしまう。
「ねぇ。あのさ——」
私、何を言うんだろう。理性が、それを言葉にしてはいけないとはわかっている。
だけど、止まらなかった。
「私たちでしてみない?」
Dキスを。
とは、言えなかった。
だけど、まーちゃんにはすべてわかってしまっただろう。




