第5話 何をしたら許してくれる?
「んんっ? 女の子!? 初めましてー! ウチ、屋敷姫萌って言います。関内の友達で——」
屋敷はいつもの調子で、自己紹介をしようとしてくれた。
彼女に義妹ができたことは伝えてはいなかった。
「——あの。わたしは、風香に聞いているんだけど」
しかし、麻樹はつっけんどんな態度で、屋敷の言葉をシャットアウトした。
ええっ。何それ。
……もっと愛想良くできないの?
私たちの間に気まずい沈黙が流れた。
……絶対、感じが悪い印象を与えただろうな。屋敷ごめん。後で猛烈にフォローを入れておこう。
私は気合いを入れるように、思いっきり息を吸った。
「……屋敷は同じ高校の子で、私の親友」
「はっ?」
あえて友達以上を意味するワードを使い、私たちの関係をわかりやすく定義した。
麻樹は怖い顔をする。鬼のようだった。
「あっらー。ウチらって親友だったんかぁ。イェーイ!」
屋敷は能天気だった。椅子の下で足をバタつかせている。
もしも彼女に犬の尻尾がついていたら、きっとゆらゆら揺れているはずだ。
「……何してんの?」
麻樹は顔を伏せた。
「どういう意味?」
「なんで、わたし以外に親友がいるのかって聞いてんの!」
彼女は、本当に怒っているみたいに、肩を震わせていた。
「……えっ? 麻樹に関係ないでしょ。ってか、そもそも私たちが親友だったのって過去の話じゃん。絶交したよね?」
麻樹は黙った。
「——突っかかられる理由ないんだけど。屋敷に謝ってよ。気分が悪い」
私は麻樹の顔を覗き込むようにして言った。
彼女が先ほど泣いた光景がフラッシュバックした。だけど、すぐにかき消した。
「……」
麻樹は萎れた花のようだった。
こんなに大人しいと、自分が悪いことをしているような気分にもなる。
「いやいやー。ウチは全然気にしてないよー。ってか、麻樹?ちゃんって、関内のなになに? まさか恋人?」
「……そんなわけないじゃん!!!」
「うおー。声でけー!」
「ま、麻樹はさ、私の義理の妹!」
「あっ。そっかー。再婚したって言ってたもんねー。これは失敬」
屋敷は頭に手を当てて、舌を出してみせる。
私は一つため息をついた。
「——とりあえず、みんな水飲んで」
私はコップに注いだ水を二人の前に出した。自分の分は麻樹にあげる。
少し落ち着いて話がしたい。
立ったままでは、気持ちの整理なんかできない。
屋敷の向かいの席に麻樹が座ると、少し迷った私は屋敷の隣に腰掛けた。
麻樹の視線が痛かった。
◇
それからは私が主軸となり、自己紹介をすることになった。
麻樹は口数が少なかった。中学の頃の彼女は社交的で、誰とでも仲良くなれるタイプだったのに。
こんな仏頂ヅラをしているのは珍しいなと思った。いつ貧乏ゆすりを始めるのかと、ヒヤヒヤした。
普通の子だったら、麻樹に対してマイナスなイメージを持つだろう。
だけど、屋敷は底抜けに明るくて、別に気にしている様子はなかった。むしろ面白がってそう。
「義理の姉妹かー。ウチは弟しかいないから羨ましいなー」
手持ち無沙汰になったからか、屋敷はポケットからスマホを取り出して、なんとソシャゲをし始めた。
シャンシャンとリズミカルな音楽に合わせて、タップを繰り返している。最近ハマった音ゲーというやつらしい。
「あっ。そういえばさ、田中先生。結婚するらしいよ!」
屋敷がゲームの休憩中、何気なく口にした。
「えっ。嘘!?」
「マジマジ。相手は中学の時の同級生らしいよ! なんかいいよね〜」
「そ、そんなぁ……」
私はガックリと肩を落とした。
「関内、田中先生好きだったもんね。残念だったね〜。ウェーイ」
田中先生は、私の高校で現代文を担当している女性教師だ。クールビューティーなのに、服装がいつも上下白のジャージというギャップ感がある。
私はひそかに憧れの感情を抱いていた。恋とは違うけど——結婚したと言われたら、ショックだったのも事実だ。
「——ねぇ。誰それ」
麻樹が食いついてきた。
「ウチらの高校の先生だよ〜。あっ。女の人なんだけどね! 関内がバレンタインにチョコをあげるほどのカリスマっぷりがあったんだよ〜」
「ちょっ。屋敷」
余計なこと言わなくていいって。
「ひひっ。別に良いじゃんか。淡い青春じゃんよぉ」
屋敷はニマニマしながら、再度スマホを触った。
麻樹を見ると、眉間にシワを寄せていた。
「って、うわっ! オカンから、"どこにいるん?"って連絡入ってた! 砂糖買ってくるように言われてたんだった! ヤバい。ウチ帰るね。関内、麻樹ちゃん、またねー」
屋敷は椅子から飛び起きて、慌てて、帰り支度をした。ブンブンと手を振りながら、私たちの家を後にした。
騒がしくて、まるで台風一過だ。今の状況は晴天とは程遠いけど。
「——風香」
麻樹はテーブルの上にあるコップを見ながら呟いた。
どうやら全部水を飲んだようで、中身は空っぽだった。
「な、何?」
「屋敷って子と、なんで親友になったの?」
そこからか。
彼女は本当に、おかしな質問をする。
「——私、筆入れを忘れちゃったことがあったの。困っていたところ、屋敷がシャーペンと消しゴムを貸してくれて……それから仲良くするようになったかな。で、いつも一緒にいる仲になった」
「ありふれた話ね」
少しムカついた。だけど、麻樹のペースに乗ってはいけない。
私は奥歯を噛み締めた。
「うん。仲良くなるのなんて、些細なきっかけがほとんどじゃない? 世の中のみんなも、多分そうでしょ」
「——じゃあわたし達は?」
「へっ?」
「……中学の頃、わたしと風香がなんで仲良くなったのか、覚えている?」
「……」
急に言われて戸惑う。
正直、覚えていなかった。
麻樹は家族になった途端、急激に距離を縮めてくる。
絶交してから今までだって、一言も話さなかったのに。
まるで、壊れた仲を取り戻すみたいに、積極的に迫ってくる。
屋敷とのことはすぐに思い出せたのに。麻樹と仲良くなったきっかけは、ちっとも頭に浮かんでこなかった。
あれ。なんでだろう。
「——もういい」
私が答えなかったからか、麻樹は悲しげに目を伏せた。
胸がちくりと痛んだけど、気付かないふりをした。
「——田中先生、結婚しちゃったね。残念だったね」
彼女は、私が答えられなかったからか、嫌味のようなことを言った。
八つ当たりかな?
はぁ……。
「そうだね」
否定するのも面倒で、適当に受け流した。
そのまま席を立ち、麻樹に背中を向けた。
「あっ。ご、ごめん。怒っちゃった?」
そしたら、後ろから弱々しい声が聞こえてきた。えっ。
気になったから振り向いてみると、彼女は泣きそうな顔をしていた。目が潤んでいた。
イタズラ心が湧いてくる。
「うん。すごく」
「——な、何をしたら許してくれる?」
心臓が締め付けられた。
まるで、"あの時"の懺悔をするような罪深い囁きに聞こえたからだ。
頭に血が上る。私は麻樹に何がしたいんだろう。
バレないように、そっと呼吸を整えた。
「妹役をまっとうしてくれたらいいよ」
私は、そんなことしか口にできなかった。完全に悪者になる勇気はなかった。
実際、麻樹に謝罪をされたり、お詫びの品を渡されたりしても、気が済まない。
もう過去の時間は戻ってこないのだ。
それに——まだ実感はわかないけど、私たちは家族になったのだ。
この家にいる限りは、姉と妹として慎んで暮らしていかないといけない。お母さんと茂雄さんのためにも。
「——わかった」
麻樹は珍しく素直だった。
「ありがとう」
だから私も朗らかな気持ちで彼女にお礼を言うことができた。
……もう一つ。
もう一つ、釘を刺さないといけないことがある。
二人きりの状態だからこそ、口にできることだ。
「——だからね、昔、セックスしたことは忘れてほしいの」
封印していた記憶の蓋が開かれる音がした。
麻樹が目を見開く。
「全部なかったことにしよう」
事実として起こったことを、あえて無いものとして見ることが、どんなに残酷なことかはわかる。
だけど、私は少しでも麻樹の心に傷をつけたかったのだろう。
大人にならなければならないのに、彼女を前にすると、どうしても意地の悪い一面が出てしまう。
麻樹の顔はのっぺらぼうに見えた。どんな表情をしているのかはわからない。もちろん、何を思っているのかも。
私と麻樹は、過去に身体を重ねたことがある。
その後、ある出来事がきっかけで、彼女のことがすごく嫌いになった。




