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世界一嫌いな女が義妹になった〜ひとつ屋根の下での共依存関係〜  作者: 宮野ひの


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第43話 リセット<楠木麻樹side>



<楠木麻樹side>





 風香と海に溶けて消えた夜、恋がとても苦しいことを知った。

 こんなにあなたのことが好きなのに。最近では、すべての行動が裏目に出ている気がする。


 風香がパパと一緒にカフェに出かけた日。なんとなく嫌な予感がした。

 だけど、さすがについていくことはしなかった。どうせ、家に帰ってきてから、風香に甘く迫れば、吐いてくれるだろうと思ったから。


 そんな気持ちの余裕くらいは、わたしにだってある。


 パパが先に家に帰ってきた時、元気がなさそうに見えた。


「おかえり」


「あぁ、麻樹か」


「風香は?」


「……カフェを出たあとで別れたんだ。少し街を歩きたいみたいでね。しばらくしたら家に戻ると思うよ」


「ふーん」


 そっか。心配しちゃうなぁ。


「——なぁ。麻樹」


「何?」


「人を殺したって本当か?」


「……へっ」


「風香ちゃんが言っていたんだ。……まさか、麻樹に限って、そんなことはないよなぁ」


 パパは笑いながら、頭をかいた。

 数本のアホ毛が、好き勝手な方向に飛び出しているのが見えた。


「麻樹はお利口だもんなぁ。そんな、悪いことはしないよなぁ」


 パパは子どもをなだめるみたいに言った。


 わたし、もう高校生だよ?


 パパにとっては、いつまでも手の中の、かわいい赤子なのかもしれない。


「ううん。わたしね——」


 きっと、大人になりたかったのだ。


 パパに成長したわたしを見て欲しかったのだ。


「風香の友達の首を絞めたの。加減がわからずに強く。そしたら、その数日後に亡くなったの」


「えっ……」


「驚いた?」


 返事を聞かなくても、びっくりしているのがわかった。


 目は大きく見開き、口もぽかんと開いている。


 そんなパパの顔は初めて見たから嬉しかった。


「ねぇ——」


「うっ……おぇ……」


 パパは口元に手を当てて、そのままわたしに背を向けた。

 ツーンとした刺激臭が鼻をついた。


 床にボロボロと茶色の液体が飛び散った。


「パパ!?」


「はぁ……うっ……」


 近寄り、背中を撫でると、それがコーヒーであることがわかった。


 パパは眉間にシワを寄せて、目をギュッと閉じていた。


 ——わたしのせいだ。


 正気に戻ったというのだろうか。

 目の前が、いつもよりもクリアだった。


 わたしはパパになんてことを言ってしまったんだろう。

 

「——ごめん。嘘。ゲームの話!」


「……えっ」


「ほら、パパが買ってきてくれたゲームあったじゃん? 風香の友達もこの家に呼んで3人で対戦したの。その子が使ってたキャラをゲームの中で殺しちゃったんだよねー。風香はそのことを言っているんじゃない?」


 嘘が口からペラペラと出てくる。


 パパがわたしの顔をじっと見ていた。


「わたしが人を殺すわけないよ!」


 とびきりの笑顔で答えた。


「……それは本当か?」


「うん!!」


「——わかった。麻樹を信じる」


 パパは口元をぬぐった。


「麻樹は女の子なんだから、"殺した"なんて物騒な言葉を使ってはいけないよ」


「はーい……」


 男の子だったら良かったのだろうか。


 さすがに、それは聞く勇気が持てなかった。


 パパはリビングからティッシュとビニール袋を持ってきて、自分が吐いたものを片付けようとした。


 わたしはそれをボーっと見ていた。


 ——何もかもリセットしてしまいたくなった。


 子どもの頃に戻りたい。


 昔のわたしって、こんな感じじゃなかった。


 もっと、パパにも等身大で愛されるような素直な子だった。


 人を殺したことはゲームの話だと言ったけど、パパは本当に信じてくれたのだろうか。


 ——わからない。人の心は覗くことができないから。


 風香に嫌われるのは怖い。

 だけど、パパに見捨てられることの方が、もっと嫌だった。


 わたしは、心の中でごめんなさいと呟いた。


 



 しばらくしたら、スマホに風香から電話が届いた。


 迷わずに、すぐに出た。


『……あのさ、麻樹がこれから何か困ったことがあったらさ、すべて私のせいにしてくれていいからね』


「……えっ?」


 意味がわからなかった。


 突然、どうしたんだろう。


 風香の声は暗かった。


『群青さんのことも、三石先生のことも。そして——屋敷のことも』


「んん……?」


『——その代わりにさ』


 風香は、何かを決心するように息を吸った。


『……なんでもない。じゃあ、そういうことだから』


 本当にずるい人。


 軽く交わそうとするところも、とてつもなく好きだった。


 風香は変わろうとしている。なんだか、そんな気がした。


 じゃあ、わたしは?

 彼女が変化するなら、それに、ついていきたい——。


 その時、スマホ越しにカモメが鳴く声が耳に届いた。


「——今、海にいるでしょ」


 思いついたことを口にしたら、ぷつんと通話が切れた。


 ……あはは。当たりだ。


 風香は愚かでかわいい。目が離せない。わたしの手の届く範囲に、ずっといて欲しかった。


 わたしはすぐに出かける支度をして、風香がいる場所に向かった。

 絶対、絶対、見つけ出して見せる。

 根拠なんてないのに、そんな予感で胸がいっぱいだった。

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