第35話 美しい関係
◇
中学の同級生とは、まったく連絡を取っていなかった。そもそも麻樹以外に、親しい人なんていなかったから当然だ。
SNSもかろうじてアカウントはあるけど、屋敷としか繋がっていなかった。
麻樹に三石先生と群青さんのキス写真を送ってから数日。
彼女は部屋にこもることが多くなった。
心配になったけど、顔を合わせると、麻樹の肌ツヤはいつも良かった。私を前にしても、多くを語らない。
そういえば中学の頃、私に必要以上に踏み込まない、どこか無関心そうなところに惹かれていたことを、今になって思い出した。
高校でのお昼休み。いつものように屋敷と教室でお弁当を食べていた時のことだった。
その日は冬にもかかわらず、とても天気が良かった。口の中に入れた、プチトマトがやけにぬるかったのを覚えている。
屋敷は、早々にお弁当を食べ終えて、自作の枕を机の上に敷いて、スヤスヤと寝ていた。
私もお弁当を食べながら、スマホを片手にネットサーフィンをしていた。
手持ち無沙汰だったので、久しぶりにインステを開いてみた。
インステとは、画像や動画を中心に投稿ができるSNSサービスのことだ。
「えっ。どうして……」
目を丸くした。
だって、おすすめの一番上に出てきたのが——三石先生と群青さんのキス写真だったからだ。
いいね数は1,000を超えていた。
コメント欄を急いで覗いてみる。
『うわー。ここ図書館? 生々しいー』
『これ春一中学校の三石元太じゃね?』
『不倫野郎。制裁を受けろ』
心無いコメントばかりだった。
恐るおそる、いいねをしていたユーザーを見てみると、かつて中学校の時の同級生が何人も出てきた。
私はいてもたってもいられなくて、すぐに麻樹に連絡を取った。
『今、インステ見たんだけど、キス写真を載せたのって麻樹?』
返信はすぐに返ってきた。
『初ライムだね。嬉しい』
まるで話が噛み合っていなかった。
私はお昼寝をしている屋敷をよそに、教室を出た。
人がいない階段脇まで来て、ライムを通じて麻樹に電話をかけると、すぐにつながった。
『——風香。どうしたの? 初通話だね。嬉しい』
彼女の声は、弾んでいた。
「あのさ。インステのことなんだけど……』
『あっ。見た!? 大成功だよ』
麻樹はスマホの向こうで、くすくすと笑った。
『今ね、リリアは高校でハブられてて、ミツセンは自宅療養中……で、処分を検討されているらしいよ』
耳の奥で彼女の声が反響した。
背筋が冷たくなる。
『これってさ、因果応報ってやつだよね。わたしと風香の間に入った罰だよ!』
「——えっ。それは違くない?」
思わず止めてしまった。
『……ど、どうして?』
麻樹の声が上擦った。
「……中学の時、私たちが仲違いしたのは、私が無理やり麻樹に迫ったからだよ。三石先生と群青さんは間になんて入ってない……」
何故、そんなことを言ってしまったのだろう。
まるで優等生っぽい、きれいすぎる答えだった。
『そ、そうだったかな』
案の定、麻樹は動揺しているように見えた。
多分、目の前で暴走している人がいると、必要以上に自分が冷静になれる現象が起こっているのだと思う。
「きれいなストーリーにしなくていいよ」
私は麻樹をダシにして、一人、気持ちよくなっていた。
『……わかった』
スマホから聞こえる彼女の声は、か細かった。
「そもそも私たちは、人様に言えるような、もうきれいな関係にはなれないよ」
あぁ。まただ。
私は麻樹にすがって甘えている。
まるで、子どもが母親に反抗しているかのようだった。
突き放さないのを期待して、酷い対応を取っている。
でも、止められない。
『それでも良いと思えたら、どうする?』
「……」
『すべてを引っくるめて受け入れられたら、もうそれは美しい関係だと思えない?』
「麻樹……」
『今日は早く帰ってきてね。何も予定ないでしょ?』
「うん……」
通話はそこで切れた。
今さらながら息が乱れていることに気づいた。そっと胸に手を当てる。
私は麻樹がとても愛おしかった。
◇
「……ただいま。……あれ?」
家に帰ると、鍵はすでに開いていた。だからもう麻樹が中にいるのかと思った。
だけど、彼女の名前を呼んでも出てこない。
リビングに入ったけど、誰もいなかった。
思い切って、麻樹の部屋のドアをノックした。乾いた音だけが響き、中からは気配がなかった。
誰もいないのに、家の鍵が開いていたというのはおかしい。
……。
うーん。とりあえず、喉が渇いたから、何か飲みたい。
私は洗面所で手を洗った後、リビングに戻り、コップに水を注いだ。
勢いよく、飲み干して、喉を潤した。
——その時だった。
「んぐっ」
「風香、おかえり」
背後から麻樹の声が聞こえて、気づいたら、抱きしめられていることに気づいた。
背が高い彼女の腕の中に、すっぽり収まってしまう。
「ゲホゲホ」
あまりにも急だったから、むせてしまった。
麻樹は気にせず、私の首元を触った。まるで猫をあやすかのような手触りに、鳥肌が立つ。
どうやら水が気管に入ったようで、喉が焼けるように痛かった。ゲホゲホと乾いた咳が出続けた。
「離して……」
麻樹の腕を押し除けようとした。——けど、ビクともしない。
抗議のつもりで後ろを振り向いたら、麻樹の顔が近くにあった。
咳は止まらなかった。飛沫が彼女の顔にかかってしまった。
謝ろうとしたけど、麻樹のご満悦な表情を見て、言葉は喉の奥に引っ込んだ。




