第34話 もう私は、戻れないところまで来ていた。
肩で息を切らしながら、スマホを見ると、三石先生と群青さんが濃厚なキスをしている写真がしっかり写っていた。
やった。成功だ。
私は達成感に満ち溢れていた。目に見える証拠を撮ることができたのだから。
——きっと二人は秘密の関係なんだろう。
どうやってくっついたのかは、わからない。
でも群青さんはかわいいから、きっと三石先生がちょっかいを出したのだろう。
あの年頃だったら先生というだけで、何割増しにも、かっこよく見えることがある。
私だって、田中先生に憧れの気持ちを抱いていたし……。
もしかして——中学のあの時、私が麻樹にキスして叱られた場面で、三石先生はすでに群青さんに想いを抱いていたのではないか。
だとすれば、あの時私の話を聞かず、頭ごなしに叱ったことにも、ようやく合点がいく。三石先生は群青さんの言うことをハナから信じて、絶対的な味方をしたのだ。
……そうだったら本当にムカつく。
私は一人、悶々とした思いを抱えながら帰路についた。
「——おかえり。風香」
「ただいま……」
家には既に麻樹がいた。どうやらリビングでテレビを見ていたようだった。
すぐに玄関まで迎えに来てくれた。
「ねぇ。麻樹、聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「三石先生って今もあの中学にいる? 異動とかにはなってない?」
「……うん。いるよ。現役で、また二年の担任をしているみたい」
「そう、なんだ」
そうなれば、あの時間に図書館にいるということはサボりになる。
「どうかしたの? 風香、顔怖いけど」
「あのね……」
麻樹に言おうか直前まで迷った。
しかし、どうやら私も、絶対的な味方が欲しいようだった。
彼女に先ほどあった出来事を打ち明けた。
できるだけ感情を抑えて話すようにした。
「さいてー。不倫じゃん」
麻樹は私のスマホの証拠写真を見て、冷たく吐き捨てるように言った。
どうやら彼女にも正常な倫理観があるようだった。ホッと安心する。
ふと昨晩、麻樹の首を絞めたことを思い出した。息が上がりそうになり、慌ててその記憶を振り払った。
「これ、わたしのスマホに送ってくれる?」
麻樹が写真を指さしながら言う。
「……」
私は一瞬、躊躇った。それは、彼女と連絡先を交換をしていなかったから……でもある。毎日家で顔を合わせるから、特に必要性を感じていなかった。身体の関係はあるのにね。
私の中の、最後の砦と言ってもいいのかもしれない。
「……わかった。ライムで送るね」
でも、すぐに観念した。
私はポケットからスマホを取り出した。
ちなみに、ライムとは、チャットや通話が無料でできるアプリのことだ。
「うん。QRコード出すね」
ついに私たちはオンラインでも繋がった。
麻樹のライムのアイコンは、ゲームのキャラクターだった。赤い帽子を被った、ヒゲのお兄さんで、正直意外だと思った。
ふと予備室で一緒にゲームをした日々が思い返された。彼女が愛用して使うキャラクターの一つでもあった。
私は早速、三石先生と群青さんのキス写真を麻樹に送った。
彼女はものすごい勢いで保存をした。
「これどうするの?」
「SNSに載せちゃおうよ!」
「えっ」
私は戸惑う。
「なんで? 駄目なの」
「それって、全世界の人が見るってことだよね? まずくない?」
「何が? 事実だから別にいいでしょ」
「事実だからって何でも載せていいとは限らないでしょ……」
なんで麻樹は、私よりもノリノリなんだろうか。
彼女は二人に対して、何も恨みはないはずなのに……。
「ねぇ。風香。……風香はさ、ミツセンとリリアにどうなって欲しいの?」
麻樹が食い入るように私を見た。真剣な瞳だった。
思わず息を呑む。
「……相応の裁きを受けて欲しいかな」
「そっか。それはさ、中学のことと関係してる?」
麻樹は鋭かった。
リビングから聞こえてくるテレビの音が、やけに遠く感じた。
「……うん。関係してないと言ったら嘘になるから、私情は入っていると思う。……でも、不倫は許せないのは本当。二人とも痛い目を見て欲しい」
「——そっか。わかった。まずは、ミツセンが本当に既婚者なのか調べるところから始めないとね。リリアも現状、何をしているかわからないからSNSをチェックするところから始めようかな」
「……麻樹、何をしようとしているの?」
彼女はスマホに目を落とし、指を素早く動かしていた。
私の呼びかけに、動きはぴたりと止む。
「——風香を笑顔にしたいから。幸せにするための活動と言ってもいいのかな」
麻樹の口元が緩んでいく。
「そしたらさ、わたしのことも心から見てくれるでしょ?」
ゾクっとしたものが背中を走る。
私は何も言い返すことができなかった。彼女は構わずに続けた。
「風香とシていると、ヒートアップすると、いつもわたしを苦しめるじゃん? わたし自身を見た上での憎しみならいいけど、他の邪念をぶつけられてるって……感じることがあるんだ」
私は思わず唾を飲んだ。
「——二人きりの時に、他の人の影はいらないよ。ねぇ。風香、楽になろうよ。わたしも幸せになりたいの」
そう言って、麻樹は私の頬を触り、ゆっくりと唇にキスをした。甘さの中に、ほんのりと苦みがあった。
もう私は、戻れないところまで来ていた。




