第30話 お風呂場の情事
「嘘。本当? いいの?」
狼狽えられたら、変に意識するからやめてほしい。
「うん。麻樹、自分から言ったんじゃん」
私は彼女の顔を見ずに、無言でお風呂場に向かった。
麻樹が後からついてくる。
脱衣所に二人並ぶと、やけに狭く感じた。
お互いに、先にパジャマを脱ぐことはしなかった。
……じれったい。
私が麻樹に背中を向けると、完全に彼女が何をしているのかはわからなくなった。
急いで衣服を脱ぎ、お風呂場に入る。
ふーと、ため息をついた後、早速、蛇口をひねりシャワーを浴びようとした。
脱衣所からはゴソゴソと音がする。
きっと、麻樹も服を脱いでいるのだろう。
——ガラッ。
「きゅ、急に入ってこないでよ」
そしたら、扉が突然開けられてびっくりした。
「無理言わないでよ。一緒にお風呂入るんでしょ?」
そうだけどさ。
裸の麻樹を前にして、私は目のやり場に困った。うぅ……。
「きゃっ」
手元が狂った私は、シャワーの水を、麻樹の顔にかける羽目になってしまった。
「ご、ご、ごめん」
「……やったなー」
麻樹は眉をひそめながら、手を猫のようにして、私にぐいと近寄ってきた。
「わわっ。どこ触ってるの!」
彼女は私にこちょこちょをした。
どうやら、仕返しのつもりらしい。
急な身体の接触、後ろから攻められる感覚に恥ずかしさを覚えて、悶えた。
「んっ……」
変な声も出てしまう。もうやだ。
シャンプーの香りがお風呂場に強く広がり、麻樹の指が肌を滑った。
シャワーのお湯が私たちにかかり、段々と体温も上がっていく。
「ひゃ……。んんっ……」
おかしな感覚になる。
……でも、これじゃ駄目だ。
私のなけなしの理性が働き、彼女を押した。
まるでスローモーションのようだった。
お風呂場の床はツルツルするから、ふざけてはいけない。
それはどこで聞いた台詞だったか。
麻樹が後ろから床に倒れそうになった。
「危ないっ」
咄嗟に私は、彼女に手を伸ばした。
このままじゃ、頭を打ってしまう。
お湯が出るシャワーを手放し、私は彼女に押し迫った。目と目が合う。
——結果としては、二人ともお風呂場の床に転ぶ羽目になってしまった。
「いたた……」
「麻樹、怪我はない?」
「うん。大丈夫」
幸い、彼女は頭を打ってないようだった。
私はホッと息を吐いた。
「風香はどこか痛い?」
「麻樹が下敷きになってくれたから、どこも……」
私たちの胸と胸は密着していた。
今誰かから、この現場を見られたら、確実に誤解をされるだろう。
私が麻樹を押し倒しているようにしか絶対見えない。
「……そっか。良かった」
彼女は穏やかに微笑んだ。
どうしてそんなに優しいんだろう。
しばし、見つめ合ってから、ハッとする。
麻樹、このままの体勢じゃ辛いだろう。
早くどけようとしたら、彼女から腰を押さえつけられてしまった。
「な、何してるの……」
「……風香、このままだとわたしから離れちゃうでしょ」
どういう意味か聞き返したかったけど、あまりにも真剣な目をしていたから、言葉にできなかった。
水も滴るいい女。彼女はとても美しかった。
目が合って、どのくらい経ったことだろう。
麻樹が私にそっとキスをした——。
それは、瞬きの間に起きた出来事だった。
唇はしっとりしていて、心地よい感触だと思った。どこか懐かしくて、甘い。
私は義妹にキスをされている。その事実を認識した瞬間、いけないことをしている感覚が全身を巡った。
離れなければいけない。でも、体に力が入らない。
目なんかも閉じてしまっている。
早く、シャワーを止めないといけない。理性はしっかり働いているのに、私は舌なんかを出してしまっている。
彼女のものとくっつくと、溶け合うように絡み合った。
シャワーの熱いお湯が肌を包み込み、まるで湯船に浸かっているかのようだった。
麻樹のか細い声が漏れた。室内に反響したように響き、私の耳に届いた時、もう止められなくなってしまった。
彼女の手を掴まえて、遊ぶように絡ませる。麻樹の口の端からは唾液が漏れた。
——ふと中学校の図書室で、彼女を押し倒した時のことを思い出した。
あの後、群青さんに見つかって、周りにいた生徒たちも集まってきて——学校中のみんなから私は軽蔑されたのだった。
嫌な記憶が頭をよぎったら、やっと衝動がおさまった。まるで霧が晴れたようだった。
麻樹からそっと離れた。
私は彼女にとんでもないことをしている。
「風香……泣きそう」
麻樹がぽーっとした瞳で私を見る。頬が赤く染まっていた。
「ごめん。こんなの駄目だよね。群青さんになんて言われるか……。三石先生にだって……」
「風香?」
彼女は訝しげな目で私を見た。
そして腰に回していた手を離し、私を解放してくれた。
お互いに起き上がり、その場で向き合う形になる。
彼女は冷静に転がったシャワーのお湯も止めた。
「ごめん。怖がらせちゃったよね」
麻樹は裸のまま、私をギュッと抱きしめてくれた。全身を彼女にすっぽり包まれると、少しずつ気持ちが落ち着いていくのがわかった。安心する。
"怖がらせちゃったよね"なんて。
私のセリフなのにね。
彼女はどこまでも優しかった。
「もう二人はここにはいないよ。だからさ、大丈夫」
背中をぽんぽんと、まるで子どもをあやすように撫でてくれる。
「中学の頃は、わたしは子どもで……風香を受け入れる方法なんて、全然わからなかった」
「……」
「そうすると拒むしかなくなるよね。結果的に、風香を周りから嫌な目で見させることになっちゃったけど」
麻樹の声はくぐもったように響き、私の耳に届いた。
恐れと、欲情した自分の羞恥と、安心感がごっちゃになる。
私の失態を知っている人間が、この世に一人でもいることが許せなかった。
「はぁ……」
「風香?」
私は麻樹の腕から急いで逃れた。
やがて彼女の真っ白い首に手をかけた。
力は入れずに、優しく包み込むように触った。
とくんとくんと微かに脈が動いているのがわかった。




