第29話 今日、久しぶりに一緒に寝る?
……って、いやいや!
「何、その考え!」
「わたしが、立ち直れた方法なんだけど……」
麻樹は頬杖をついて、私を見た。
「えっ」
「わたしの軽率な行動によって風香が学校に来なくなった時、すごい罪悪感に苛まれたの。——ごめん。本人に言うことじゃないんだけどね」
「……」
私はたまらず下を向いた。
黄緑色をしたキウイと目が合った。
「あまりにも辛くて、一人で抱えていることが苦しくて、風香のせいにしたこともあったの。元はと言えば、風香が勝手にキスをするからいけないんだって。——でも、気持ちは楽にはならなかった」
麻樹が椅子に座り直した。
なんだか気持ちが落ち着かないように見えた。
彼女は一呼吸を置いて、口を開く。
「——時間が経って、やっとわかった。全部わたしのせいだったって。認めたら、少し楽になった」
「……」
違う。
否定したかったけど、言葉にすることはできなかった。
それは私の弱さのせいでもあった。
「——そしたらね、風香にも会いたくなったの。たとえ酷いことされても良かった! それが、わたしへの罰だと思うからっ」
「……」
家族になった初日に、予備室で私は麻樹の腕を叩いたことを思い出した。
その後、彼女は自分で自分を傷つけていた。
もしかして、それも罰ゆえにしたことなのだろうか。
「わたしね、風香と出会ってから、生きてるってすごく実感するの。辛くて嬉しくて、すごく幸せ」
麻樹が勢いよくテーブルから立ち上がった。
後ろから陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
頭には天使の輪っかがあるように見えた。
彼女は真正面から私と向き合ってくれている。逃げも隠れもしなかった。
なんて潔い人なのだろう。
「——まーちゃん」
私は、かつて呼んでいた彼女の名前を口にした。
「えっ。風香?」
麻樹は口を開けてぽかんとしている。
その戸惑った様子が、いつもよりも幼く見えて、可愛かった。
耳を澄ますと換気扇の音が聞こえてくる。フレンチトーストの香りを少しずつ、リビングから消していく。
「——今日、久しぶりに一緒に寝る?」
なんで、そんなことを言ってしまったんだろう。
多分、ほんの少しでも麻樹を愛おしいと思えたからだ。
「……いいの?」
「うん。だって、今日、茂雄さんもお母さんもいないからさ」
「わかった……」
名字を重ねた血のつながらない私たちは、家族でいなければならないのに。
——もしかして初めから無理だったのかもしれない。
私はお皿に残ったイチゴをゆっくりと口の中に入れた。まだ食べごろではなかったようで甘酸っぱかった。
◇
朝食を食べた後、私は一人買い物に出かけた。何か欲しいものがあったわけではない。
麻樹とあの家に二人きりでいる余裕がなかったからだ。
本屋に入り、難しい専門書を手に取ると、適当なページで開き、ボーッと眺めた。内容は一つも頭に入ってこなかった。
だけど、冷静さを取り戻したおかげか、夕ご飯はいつも通り、麻樹と向かい合って食べることができた。
テレビから流れる歌番組が、私たちの間にある気まずさを和らげてくれた。
21時になった。
私は自室で一人、勉強をしていた。そういえば、麻樹が部屋に来る時間を決めていなかった。
だけど、多分、22時に来るだろう。いつもそうだったから。根拠はないけど、そんな予感がしていた。
——それから30分後。ふと、麻樹と添い寝をする時は、いつも私の部屋ばかりだったことに気付く。
それもそのはず、彼女のベッドがなかなか届かなかったからでもあるんだけど。うーん。
「今日は麻樹の部屋で寝るのはどうかな」
口にしてみたら、すごくいい提案のように思えた。
善は急げと、私は部屋から飛び出した。
「きゃっ」
「わっ」
そしたら、目の前に麻樹がいた。
私がプレゼントしたワニのパジャマを着て、いつものように枕を抱えていた。
「……そ、そろそろかなと思って。ほら、今日一緒に寝るって約束したじゃん?」
彼女の目は泳いでいた。
どこか落ち着かない様子で、待ち遠しくしているように見えた。
「あのさ、今日は麻樹の部屋で寝たいんだけど。駄目?」
「ええっ!? わたしの部屋!?」
彼女は目を丸くする。
誰がみても動揺しているとわかるほどの慌てっぷりだ。
「いいじゃん。かわりばんこってわけじゃないけどさぁ」
「駄目! 駄目駄目!」
断固拒否だ。
……一つの隙も与えず断られるのって悲しい。
「えー。そもそも、麻樹の部屋に一度も招かれたことないしさぁ」
そうなのだ。
この家に引っ越してきてから1ヶ月とちょっと。
一度も麻樹の部屋に入ったことがなかった。
一回くらいは部屋に入れてくれてもいいのになと勝手に思っていた。
——それなのにこの、慌てっぷり。あやしい。何か隠しているんだ。
「嫌われちゃうから、駄目!」
麻樹は意味深なことを言った。
「何が? どうして?」
「……笑わない?」
「うん」
麻樹は観念したように目を閉じた。
そして、大きく息を吐く。
「——ついてきて」
彼女の言う通り、あとを追った。
しかし、廊下をまっすぐ進むとすぐに、麻樹の部屋の前についた。
「——ほら。わたしの部屋、汚いでしょ」
「えー。もので溢れかえってる!」
彼女がガチャっとドアを開けたら、見えてきたものは汚部屋だった。
足の踏み場もないほどの、もの、もの、もの。
いや、かろうじてベッドの周りだけは、きれいに保たれていた。
「……片付け苦手なんだよね」
麻樹はぽりぽりと頭をかいた。
「ものは一度使ったら、元に戻しなよ!」
「……つい横着、しちゃうんだ」
彼女は鼻の下を指でこすりながら、照れくさそうにしていた。
「……一緒に片付けようよ」
「えっ」
「今から、時間あるよね?」
「そ、そんな。風香に悪いし。それに添い寝……」
「こう見えて、私は綺麗好きだから心配いらないよ。高校でも美化委員だから」
「それ、関係あるっ!?」
——寝る流れは完全になくなった。
私たちは手分けして、麻樹の部屋の掃除をすることになった。
まずは誰がみてもわかる、ゴミから捨てることにした。
紙クズや、空き箱などを、どんどん袋の中に入れていった。
「服はクローゼットにかけなよ」
「わ、わかってるってぇ!」
麻樹は顔を真っ赤にしながらも、大人しく私の指示に従った。なんか、かわいい。
汚部屋が段々ときれいになっていく様子は、心地が良かった。
掃除機もかけたかったけど、夜遅かったのでさすがに自重した。最後にコロコロを使って、小さなゴミを取り除いた。
「こんなもんかな」
「わー。引っ越し当初みたい! 風香、ありがとう」
にこっと笑って、拍手をしてくれた。
麻樹は料理が得意なのに、掃除は苦手なんだ。知らなかった。
キュンとしたのは、彼女が朝に言っていた、弱みに惚れるというものだろうか。っていうか。
「また汗かいちゃった」
「わたしも」
「もう一回、お風呂に入り直さないとかなぁ……」
「……一緒に入る?」
「えっ」
麻樹がとんでもないことを言った。
「だって、光熱費とかもったいないし。さっさっと二人で入ったら、節約になるんじゃないかな?」
……。
うーん。でも。
一理ある気がした。
そもそも私は屋敷と遊んだ時にも、銭湯に行ったことがあった。
タオルで前は隠したけど、それほど恥ずかしいとは思わなかったのを覚えている。
友達同士、お風呂に入るのって今どき普通なんじゃないのかな。……まぁ。私たちは義理の姉妹なんだけど。
「——いいよ。入ろうか」




