第28話 わたし、風香のことが好きなの
えっ。マジ?
なんで。いつから。
えっ。なんで私に教えてくれなかったの。
喉が渇いた。だけど、カフェオレに手を伸ばすことができなかった。
彼女の視線に、私自身が絡め取られてしまっているから——。
「——って、言えたら良かったんだけどね」
麻樹は茶化すように笑った。
途端に、空気が軽くなる。
……なーんだ。嘘?
驚かせないでよと思った矢先に、
「残念ながら片思いだよ」
と、彼女は続けた。
「そ……うなんだ」
麻樹に恋人はいなかった。
だけど、学校に好きな人がいるということは事実らしい。
胸がちくりと痛んだ。
だけど、これはきっと、誤反応によるものだろう。
「……その人ってどんな人?」
麻樹の好きな人が気になって仕方なかった。
「——気難しい人かな」
質問をしたら答えてくれた。
思えば彼女の恋愛話を聞くのは初めてかもしれない。
——気難しい人。
私は勝手に、眼鏡をかけた読書が好きな男子を思い浮かべた。真面目な人がタイプなのかな。
「……どこを好きになったの?」
「——わからない」
一瞬、はぐらかされたと思ってしまった。
でも麻樹の目が真剣だったから、本気の答えだと受け取り直した。
そういえば漫画で、本当に人を好きになった時は、その理由をすぐには答えられないって書いてあった。
なら、「わからない」と言う麻樹は、その人のことを深く愛していることになるのだろう。
「風香、険しい顔してるね」
「へっ?」
完全に無意識だった。
確かに、恋バナをした辺りから、口元が上手く動かなくなったのも事実だ。
「き、気のせいじゃない? ——っていうか、その人って同じクラス? 同じ部活とか?」
「……えっ? 同じ学校の人じゃないよ」
麻樹はきょとんとした顔をする。
「違うの?」
「うん。さっき風香がした質問について答えたのは、『気になる人いる?』に、対してだったし……」
勘違いしていた。
っていうか、麻樹も麻樹で紛らわしい。
完全にドツボにハマっていた。
「はぁ……。好きな人の頭文字とか教えてくれる?」
私も私で、麻樹の好きな人を知りたい欲が抑えられなかった。
「いいけど。『ふ』だけど」
ふ。ふ。ふ。
私はフルスロットで頭を回した。
「——もしかして、深澤くん? ほら。中学の時、同じクラスだった、サッカー部で結構モテてた男子」
「…………そんな人いたね。でも、違うんだけど……」
「ハズレかぁ」
私は落胆した。
「——風香ってさ、少しも自分のことかもって思わないんだね」
えっ? それって、どういうこと。
——と思うほど、私は鈍感ではなかった。
ふのつく名前。それは『風香』も当てはまっていた。
「……それじゃ。麻樹って、私のこと好きなの?」
まるで、少女漫画のヒロインしか言わないような台詞だった。
もう、フレンチトーストを食べるどころではなかった。心臓の鼓動が速かった。
「——うん」
視界の端には赤いイチゴが映った。
正確に言えば、ずっと目の中には入っていた。
麻樹を真ん中に捉えているから、すべてのものが背景に見えていた。
私はこの瞬間のことを、ずっと忘れることはないだろう。
「わたし、風香のことが好きなの」
麻樹の顔は真っ赤だった。瞳は潤んでいる。
唇も濡れている気がするのは、フレンチトーストによるものだろう。
私は義妹に告白されていた。
「えっと。その……」
「待って! 何も言わないで」
彼女は私に向かって手を伸ばした。
「……付き合ってほしいとか思っていないから。一つの区切りとして、気持ちを伝えたかっただけだから」
その曖昧で、ぐちゃぐちゃした気持ちこそが、本気度の高さを表しているように思えた。
彼女の目は泳いでいて、呼吸も荒かった。
「嘘じゃないんだね」
「信じてもらえないのも、無理ないよ」
麻樹は居心地悪そうに俯いた。
私たちは、ついこの間まで絶交していたはずだった。
すぐに彼女の気持ちを受け入れるのには、時間がかかりそうだった。
だけど、私に対する好意がなかったら、そもそも茂雄さんとお母さんをくっつけるようなキューピッドにはならなかったはずだ。
二人が結婚すると決まった時に、麻樹は学校にも通い始めたということだから、私の存在が彼女の中で大きいものだということは知っていたはずだった。
「私は麻樹のこと、どう思っているんだろう」
「それ、言葉にしちゃうの?」
麻樹は苦笑した。
「だって、今すごく混乱してるから。——嫌いとも言い切れないし」
「じゃあ、それって好きってことじゃん」
彼女はどきりとするようなことを言った。
「安直すぎない?」
「気持ちって、そういうものじゃない? わたしだって、本気で好きになり始めたのは、風香が不登校になってからだし」
「——それ、同情じゃないの?」
私は少しの引っかかりを覚えた。
「違うけど」
しかし、麻樹はすぐさま否定をした。
「——そもそも人の弱みに惚れるのが恋ってもんじゃないの?」
何か言いたかったけど、妙に納得させられる自分がいた。
確かに、人の長所は魅力になるけど、本当に好きになるのは、本人が短所だと思っている部分なのかもしれない。
麻樹が完璧超人だったら、今、こうして楽しく朝食を取ることもなかったのかな。
太っていたこと、そして麻樹自身も学校に行けなかった時期があったと教えてくれたことで、彼女を見る目が変わっていたのも事実だった。
「くっ……」
私は頭を抱えた。
「どうしたの?」
「私たちには、思い出がありすぎる」
「……」
麻樹は首を傾げた。
「良い思い出も悪い思い出もたくさん。だから、心がかき乱されるの」
私は髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「いいことじゃない。生きることって、そもそも苦しいことなんだから」
「えっ?」
「風香が望んだような人生でも、日常には苦しみはあるよ。一度それを受け入れたら、きっと楽になれると思う」
麻樹は大人びたことを言った。
「……」
考えてみた。
それだったら、今、麻樹に心を乱されているのも普通ということになる。
何もおかしなことではない。
それは、ある意味、一種の幸福のようにも思えた。




