第27話 フレンチトースト
◇
そんなこんなで、あっという間に、週末はやってきた。
土曜日の朝。私は寝坊をして9時に起きた。
「……おはよう」
「おはよう。朝ごはんできてるよ」
茂雄さんとお母さんは早朝に出発したということで、もう家にはいない。
楠木家には、私と麻樹だけがいることになった。
早速リビングに顔を出したら、パジャマ姿にエプロンをつけた麻樹がキッチンに立っていた。
「えっ……」
「フレンチトースト焼いてみたんだけど食べる?」
くんくんと匂いを嗅ぐと、甘い香りがすることに、今さらながら気付いた。
てっきり朝ごはんは各自、テキトーに食べるものだと思っていた。だから、驚いてしまった。
タイミングを見計らったかのように、私のお腹の虫も鳴く。
彼女に聞こえたようで、笑われてしまった。
「……食べます」
食欲に抗うことはできなかった。
顔を洗って、白いテーブルに向かい合わせで、麻樹と座った。いつもはお母さんと茂雄さんもいるから、やけに広く感じた。
大きなお皿の上には、ふわふわのフレンチトーストが乗っていた。それに、野菜やウインナー、キウイやイチゴなどのフルーツをカットしたものも載っていた。
飲み物は優雅にカフェオレ。これも麻樹が入れてくれた。
「……美味しい」
フレンチトーストは、甘くて口に入れた瞬間、とろけてしまった。朝は和食派の私だけど、洋食も良いなと思って、フォークが止まらなかった。
「良かった……」
麻樹はホッとしているように見えた。
カフェオレを飲んだ後、野菜から順番に、ゆっくりと食べている。
「……フレンチトーストって初めて食べた。麻樹、料理上手だね」
「中学の時も作ってあげたじゃん。覚えてない?」
「そうだったっけ?」
「ほら、学校帰り、わたしの家に来た時、お腹すいたーって言ってたじゃん。カップ麺は嫌だっていうから作ってあげたよ」
「……確かに。そういうこともあった気がする」
言われてから思い出した。
麻樹が今とは別のキッチンに立っていた記憶が鮮明によみがえる。
「もしかして、わたしとの思い出って結構抜け落ちてる? 仲良くなったきっかけも覚えてなかったし……」
「そんなことないよ」
「………………風香の身体が、わたしのことを拒否してるのかもね」
何それ。と言おうとしたけど、腑に落ちたから、黙ったままでいた。
心では、麻樹のことを受け入れたいとは思っている。
だけど脳が先に彼女を拒否している感覚が私の中にはあった。
気まずい雰囲気が二人の間に漂った。
「——でも、初めてキスしたことは覚えてるよ」
明るい雰囲気にしようと、なんとなく口にしたことだった。
そしたら、麻樹がフレンチトーストを食べる手を止めた。
驚いて目を見開いている。
——完全に墓穴を掘ってしまった。
「あ……その……」
「もしかしてさ、空き教室やトイレでのあんなことも覚えてる?」
「——うん」
悔しいけど、麻樹との"触れ合い"だけはすべて覚えていた。
何気ない日常は忘れてしまっても、そんな熱が上がった時のことだけは鮮明に覚えているなんて——。
「——なんか、すけべだね」
「なっ!?」
もっともなことを言われてしまった。
「そ、そんなんじゃないから!」
「だってそうでしょ。えっちなことだけ取り分けて覚えているんだもん……」
「……っ」
形勢逆転。
麻樹に強く出られてしまった。
私はぐうの音も出なかった。
「……っうるさい!」
スマートな言い訳も口にできなかった。
恥じらいから、否定だけはしておいた。
「……まぁ。わたしも人のこと言えないけどね。風香との、"そういう"ことは全部、はっきりと覚えているから」
「そ、そうなの?」
思わず麻樹をじっと見た。
「……うん。だってさっきもそういう夢見たもん」
……えっ。
「そのせいでさ、5時に目ぇ覚めちゃったんだから」
麻樹はカフェオレを一口飲んだ。
だから、こんな豪華な朝ごはんをゆっくり準備する余裕があったのだろうか……?
「それって、どんな内容?」
完全に好奇心から聞いた。
私、変なの。
家に二人きりだからか、開放的な気分になっている。
「……」
私との"そういう夢"を見たと、麻樹から自己申告したのに、彼女は居心地が悪そうに俯いた。
やぶへび。言わなきゃ良かったと後悔しているのだろうか。
私も別にそこまで聞きたいわけじゃないから、あと数秒したら、「うそうそ」と止めるつもりだった。
「……風香と、家でも、学校でも……どこでもキスする夢」
そしたら、彼女はぽつりと話してくれた。
瞳は私の方を向いていた。
「……この家で? 学校って、中学校?」
「うん。そう」
「ふーん……。現実味がない夢だね」
気持ちとは裏腹に、そんな可愛げのないことを口にした。
「一応、事実じゃん! むしろリアリティがありすぎるよ。……空飛んだりとかする夢の方が非現実的でしょ」
「まぁ。そっか。でもこの家では、キスしたことないじゃん」
静寂が二人を包む。
「……ほっぺにはあるよ?」
「あー。確かに」
私たちは朝食を囲みながら、キスの話をしている。
しかも義理の姉と妹が。
おかしくなりそうな空間だった。爽やかな朝とは程遠かった。
キスの話をしていると、自然と頭の中がキスに侵食された。
中学の時と、今の麻樹が交差して見えた。
このキスの会話を抜け出すためには、あらためて口付けを交わさないといけないのではないかと思うほど、私は洗脳されていた。
「——ねぇ。風香はさ、わたしと口と口でキスできる?」
「……何言ってるの?」
本当に唐突だった。
もう少しでむせるところだった。
「——深い意味じゃなくてさ。前ってできたじゃん? 今はさ、どうなのかなーって思って」
「それは……」
どうなんだろう。
私はゆっくりと頭の中で考えてみた。
「……今、何者かに密室に閉じ込められて、キスしないと部屋から出してもらえないってなったら……さすがにできるかもね」
真剣に答えたつもりだった。
「……じゃあ、条件次第ではできるってことかぁ」
冷静に分析されてしまった。
なんか、恥ずかしくなってきた。
「ふんっ。馬鹿馬鹿しい……」
「こんな馬鹿馬鹿しいことでも、楽しく話せたのがわたし達だったじゃん」
喋れば喋るほどボロが出てしまう。
私はフレンチトーストを与えられた時から、彼女の手のひらの上で転がされていたのかもしれない。
「……ってか、私たち姉妹じゃん? キスなんてしたら、大事になるよ。第一、茂雄さんが悲しい顔するって」
フォークを握る手に、思わず力が入った。
麻樹の顔は見れなかった。
「……そこで親を出してくるのはずるいよね。まぁ。でもパパからは、たまに、好きな子はいないのかって探りを入れられることはあるけど……」
「そうなんだ。そういえば麻樹って学校とかに気になる人とかいないの?」
ずっと知りたかったことだった。
今が彼女の恋愛事情を聞ける、いいチャンスなのかもしれない。
「うん。付き合っている人がいるよ」
麻樹は確かに私の目を見ながら、そう言った。




