第23話 胸、触ってみてもいい?
◇
——麻樹のベッドは、今日も家に届かなかった。
えらい物流が遅れているなぁという感想しか浮かばなかった。
晩ご飯の席で、麻樹には何も言われなかった。
もしかして、布団かなんか買ったのかな。
それだったら、今日から私一人で寝ることができる。
……。
そう思っていたんだけど。
夜10時のことだった。私は自分の部屋にいて、ベッドの中に入っていた。
一人、じっとドアを凝視していた。
——麻樹は訪ねてこなかった。
ほっとしたような、何故か残念なような気持ちになる。
スマホでもいじるかなぁと、一つ伸びをした。
——トントン。
……そしたら、ドアがノックされた。
「……はい」
「わたしだけど。入っていい?」
「……どうぞ」
今夜も麻樹は、私の部屋にやってきた。
いつものように、ワニのパジャマを着て、マイ枕を右手に抱えていた。
——どうやら私は、今日も彼女と一緒に寝なければならないようだった。
「ねぇ。風香。今日のお風呂、熱くなかった?」
「あー……。お母さんが今日は冷えるからって。温度を2度上げていたせいかな」
「そっか。でもいい感じに、ポカポカするかもっ」
「……椅子に座っていいよ」
「ありがとう。——よいしょっと」
麻樹は枕をベッドの上に置いて、机の前にある椅子に座った。
ゆったりくつろいでいて、彼女の部屋にいるかのような錯覚さえ覚える。
「風香。今日もゲームする?」
「……眠いからいいかな」
昨日は柄にもなく白熱してしまった。
麻樹はゲームが強かった。
負けず嫌いの私は、「あと一回!」と何度も挑んでしまっていた。
「そっか。じゃあお話ししよっか」
「……」
この前から思っていたけど、麻樹って友好的すぎない?
よくこんな、喧嘩別れしたような相手に、にこやかな態度を取れるなぁ。
私が怒りすぎなのかな?
いや、でも——。
うーん……。
想像の中の麻樹になら、酷いことだって言えた。
だけど、いざ目の前にすると、気持ちが丸くなってしまう。
これは情というやつだろうか。
——多分、麻樹に敵意がないことがわかるから、それ以上突っかかれないだけなんだとも思う。
「……あのさ、風香に言いたかったことがあるんだけど」
彼女は外ハネの髪を、手にくるくる巻きつけながら言った。
「何?」
一瞬の沈黙が流れる。
「風香が引っ越してきた初日にさ、"昔、セックスしたことは忘れてほしい"って言ったじゃん?」
「うん。確かに言った……」
あらためて言葉にされると恥ずかしかった。
あの時は、血の気が上っていたから口にすることができたんだ。
今はベッドの中でリラックスしているからか、変に自分を客観視できた。
「——別にわたし達、してないからね。セックス」
「……へっ?」
「だから、セックスしてないから!」
「こ、言葉の意味はわかってるよ! ……し、したじゃん。保健室でさ!」
この記憶だけは、昨日のことのように鮮明に思い出せた。
「あれはさ、大人の見様見真似の遊びみたいなものじゃないかな。本物のセックスとは言えないよ」
「……」
「第一、服だって着てたしさ」
麻樹はブツブツと勝手に話を続けている。
あの頃の私は女同士の……その、えっちを定義する行為がわからなくて、ネットで調べて、無理やり解釈していたことを思い出した。
私は"あれ"が本物の行為だと思い込んでいた。
だけど、彼女は"してない"と解釈していた。
人それぞれ、ものの受け取り方が違うのはわかる。……でも、なんでかな。
麻樹が私との触れ合いを、セックスの一つにカウントしていないことに無性に腹が立った。
プライドが刺激されたということだろうか?
それとも情けない気持ちから?
うぅぅ……。
「し、仕方ないじゃん! わ、わからなかったんだから……。でも、触れてみたいと思ったのは確かで……」
あっ。
失言だ。
「——何それ。風香、かわいい」
麻樹は見逃さなかった。
私がにぎり掴んでいた掛け布団に手をかける。
「……っ。なに?」
「隣、入れてよ」
このタイミングで添い寝を希望するの?
なんてやつ。
でも、どっちみち一緒に寝ないといけないんだから、私に拒否権なんてない。
麻樹が済ました顔をして、ベッドに入ってくる。
体温がいつもよりも高かった。
これはきっと、お風呂のお湯が熱かったせいだ。
「——ねぇ。今、わたしが風香に触れるのはどう?」
「……何言ってるの?」
「そういうと思った。言っておくけど、無理には触らないから」
麻樹が自分の枕をちょうどいい高さに調節した。
「あー。横になって気づいた。わたし心臓いつもよりも速いかも。身体が動いている感覚がめっちゃするから」
「……そうなの?」
「うん。ねっ。見てみなよ」
麻樹が掛け布団をぺろっとめくった。
私とお揃いのパジャマが、小刻みに動いているのがわかった。
「……本当だ」
「風香にわかられちゃった。ちょっとだけ恥ずかしい」
……。
てっきり、こういう時って、「胸触る?」なんて提案されるものだと思っていた。
私たちは隣同士にいるのに、やけに距離が遠い。
でも、こういうのって貧乏ゆすりをするみたいに、やろうと思えば、細工ができたりするように思う。
現に、麻樹の足は掛け布団に隠れていた。
……。
私に嘘ついていたら、許さないから——。
「やっぱりわからなかったから、胸、触ってみてもいい?」
あ、あれ。
自分が言葉を発し、気付く。
私、結構取り返しのつかないこと言っちゃってない?
……最悪、痴女だと思われたかも。
で、でも、しっかり確認したい気持ちがあったのは事実!
麻樹が嘘をついていると知ったら、今度こそ、本当に立ち直れないと思うから。
「——いいよ。優しくね」
彼女はそんな私を丸ごと受け止めるかのように、優しく肯定した。




