表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一嫌いな女が義妹になった〜ひとつ屋根の下での共依存関係〜  作者: 宮野ひの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

第22話 同じ名字





 ふわぁと、あくびを噛み殺す。


 お昼休み。教室で屋敷とご飯を食べていたら「寝不足?」と、彼女から声をかけられた。


 窓の外からは秋の柔らかな日差しが差し込んでいた。天気の良さもあって、私は夢うつつだった。


「うん。ちょっとね……」


「引っ越したばかりだもんねー。環境変わると、寝つき悪くなっちゃうよねー」


 屋敷は紙パックのオレンジジュースを飲みながら言った。


 私は一瞬だけ、昨夜の麻樹とのゲームの接戦を思い出した。だけど、すぐにかき消した。


「うん。そうなのー。環境に早く慣れたいなー」


「ウチも小学生の頃、転校したから、すごいわかるなー」


 屋敷はおしゃべりしながら、ご飯をポイポイ口の中に入れている。器用だ。


 でも、彼女も引っ越し経験者だったんだ。


 もっと話を詳しく聞きたいと思ったら——。


「——んで、田中先生が結婚した失恋の傷は癒えた?」


 心を抉るような話題を振られてしまった。


 それは、引っ越した初日に、屋敷が家を訪ねてきた時の、あの爆弾発言だった。


 田中先生は、私の高校で現代文を担当している女性教師。


 ……別に彼女のことが、恋愛的に好きというわけではない。

 だけど、バレンタインのチョコをあげた手前、少しだけショックを受けていたのも事実だった。


「……」


 だけど、驚いたことに、私も今まで忘れていた。


 振り返ると、麻樹のことばかり考えていたからかな……。


「……あー。誰かさんのせいでめちゃくちゃ傷ついちゃったなぁ。でも、食後のジュースを奢ってくれたら治るかもー?」


 私は明るく振る舞うことに徹した。


「うひー。聞かなきゃ良かったぴょーん!」


 軽口には、乗った方がいいんだ。

 変に否定するといじられてしまうから。


 ——高校に入ってから、好きな人なんてできたことがなかった。


 田中先生のように落ち着いた大人の女性に憧れを抱いていたのは事実だけど。


 ……そういえば、麻樹って好きな人とかいないのかな。

 知りたいとかじゃない。なんとなく気になっただけ。


「ねぇねぇ。今、関内が何を考えてるのか当ててあげようか?」


 屋敷が頬杖をついて言う。いつのまにか、お弁当は全部食べていた。


「うん。なになに?」


「麻樹ちゃんのこと!」


 心臓が跳ねる。


「……えっ。わ、私、顔に出てた?」


「うっそー。当てちゃった!? ハッタリだったのにー!」


 ……。


 もー、悔しい!


 屋敷に占い師みたいにぴたりと当てられて驚いた。


 だけど、彼女の言う通り深い意味はないだろう。


 屋敷は場の雰囲気を楽しいものにするために、よく突拍子もないことを言うことがあるから。


「確か、同い年なんだっけ? 年近い子が、家にいるってどんな感じ? 普通に楽しそう!」


「……そんな呑気なもんじゃないよ。気が休まる暇がないよ」


「そうなの? 麻樹ちゃん、あの時、ご機嫌ななめっぽかったもんねー。ウチのせい? あははっ。ごめん。でも、ああいう子って、懐いたらめちゃくちゃかわいいと思うなー!」


「……」


 思わず息を呑んだ。

 だけど、屋敷は構わずに続ける。


「ウチで飼っている猫も、野良だったもんか、最初は噛みついてばかりいたんだー。今ではさ、撫でてーっていうように、自分から膝に乗ってくるからさー」


 ——って、猫と比較されていたんかい!


 さすがに、麻樹は人間だ。


 だけど、あの屋敷の前での横暴具合は、ケモノと言っても差し支えがないと思うけど。


 ——でも、家で緊張していた分、学校に来ると屋敷のマイペースさには癒された。


 私たちは、たわいもない話をしながら、食後のジュースを奢ってもらうために、購買部まで足を運んだ。


「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるわー。関内、先に自販機に行って、飲みたいジュース選んどいて!」


 階段を下りるところで、屋敷が手を挙げて言った。


「りょーかい」


 彼女を見送った後、そのまま階段を下りて一階へ向かった。


「——あっ」


「おっ」


 最後の一段を下りたところで、田中先生と鉢合わせてしまった。


 さらさらの黒髪が光り輝いていた。切れ長の目に見つめられてしまい、反射的にドキッとした。


 田中先生は、今日も白色の上下ジャージをラフに着こなしていた。だけど、休日感がなくて、パリッとして見えるのは何故なんだろう。彼女の天性によるものだろうか。


「関内さんじゃん。ご飯食べ終わった?」


「はい。……田中先生。あの、結婚おめでとうございます!」


「あははっ。ありがと。——って、別のクラスの関内さんにも、情報が漏れてるのはなんでだぁ? まだ内緒の段階なのにっ」


 田中先生は頭に手を当てて、軽く舌を出した。その仕草は、妙な色気を放っていた。


 彼女の表情はイキイキしていて、とても嬉しそうに見えた。


「——軽率でした! 私、誰にも言いませんから」


「いや、その心配はないって、わかってるって。関内は、真面目でかわいいなぁ」


 田中先生は、無意識のうちにドキッとさせるようなことを言う。


 たまに私を呼び捨てで呼ぶのもずるい。きっと他にも翻弄されている女子は多いんだろうなぁ。


「あの……その、結婚っていいもんですか?」


 気づけば、言葉が口をついて出ていた。


「おっ。いうねー。好きな人といつも一緒にいられるからさ。幸せだよ」


 田中先生は目を細めて笑った。


「——っていうのは、テンプレかな。ぶっちゃけ、幼なじみと結婚したからさ、関内さんが考えているようなロマンチックな展開は、ないに等しいかもね。あははっ」


 彼女はぽりぽりと頭をかいた。


 先生らしからぬ、本音を見せてくれるところも私は好きだった。


「——その人と一緒にいると、安心感があるってことですか?」


「おっ。いい言語化。うん。私は両親が早くに亡くなっているから、ときめきよりも落ち着きを求めているのかもねぇ。……って、関内さんには、なんかポロッと話しちゃうなー」


 田中先生はジャージのジッパーの部分を指先でいじっていた。

 

「そうだったんですね。私は話してくれて嬉しいです。よければ、もっと聞きたいです」


「そ、そう?」


 彼女は、一歩近づいた私を、体良く扱うと思っていた。


 しかし、どうやらそのまま話を続けてくれるようだった。


「——今は夫婦別姓とかいろいろあるけど、同じ名字になるのって、私にはすごく安心感があったんだ。地に足がつく感じっていうか、背中を預けて戦えるパートナーが明確にできたって感じ?」


 なるほど。そういうものなのかなぁ。


「夫とは中学が一緒で、顔を合わせれば喧嘩していたんだけどね。ふふっ。運命って面白いもんだね。——関内さんは今、好きな人とかいないの?」


「い、い、い、いません!!!」


 急に話を振られてびっくりした。


 田中先生の前に両手を出して、ぶんぶんと振る羽目になった。


「——そっか。こんなに大人っぽくて、素敵な子だから、年上のパートナーでもいるのかと思ったよ。もし好きな人ができたら、教えてほしいな。私、関内のこと気に入っているからさ! ……バレンタインのチョコも美味しかったしねっ」


「わ、わかりました」


 彼女はニコッと笑った。さすが、大人の余裕がある。


 私は浅く息を吐いた。


「……あっ。そういえば、田中先生って結婚したから名字って変わっちゃったんですか?」


「うん。婿入りじゃないからねっ。でもね、相手も田中だからさ、このまま田中。ふふっ。面白いよね。だから、これからもそのままの名前でよろしくね。関内」


「わかりました。——というか、実は私も親が再婚して、最近名字が変わったんです。楠木(くすのき)に。でも、高校では関内でいくつもりなので、変わらずに、そのまま呼んでください!」


「了解。私に教えてくれてありがとうね」


 田中先生は私の頭にポフっと手を乗せた。


 子ども扱いされている。でも、嫌じゃなかった。


「おっと、もうこんな時間。関内、また私を見かけたら声かけてね」


「はい!」


 田中先生は廊下を早歩きして、風のように去っていった。


「関内ー。まだここにいたんだー」


 そうこうしているうちに、屋敷に追いつかれてしまった。


「あれー。なんか、にやけてない? どうしたの?」


「なんでもない! さっ。購買部に行こう!」


「? はーい」


 屋敷に今あったことを、わざわざ言わなくてもいいだろう。


 自分の中にしまっておきたいことって、結構たくさんある。


 田中先生は、家族の在り方について興味深い話をしてくれた。


 同じ名字を名乗る相手ができたことを、"背中を預けて戦えるパートナー"と良い表現をしていた。


 私もお母さんが再婚して楠木風香になった。……そして、家族も増えた。


 不仲だった麻樹とも、再び縁を紡ぐことにもなった。

 もしこのまま疎遠になったとしても、力強い糸が私たちを何度でも引き寄せることになるだろう。


 今はまだ戸惑っている。慣れないのも自然なことだ。


 だけど、みんなで囲んだ晩ご飯は楽しかった。お母さんの天然ギャグに、茂雄さんが笑って、麻樹が「面白いですね」とツッコミみたいな感想を入れる。とても賑やかだった。


 お母さんが仕事に行くと、私はいつも家に一人ぼっちだったから。押し入れの中に入って、お菓子を食べていた。


 茂雄さんとの再婚を機に、今はスナックも辞めたようだった。


 何より、夜でも寂しくない。


 それは、再婚して良かったと思える一つの理由でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ