第20話 麻樹の過去
◇
——そうだ。茂雄さんに聞けばいいんだ。
そう思い立ったのが、13時を過ぎた頃だった。お昼ご飯は、冷凍のパスタを食べた。
茂雄さんは、お母さんと共同の寝室にいた。話をしたいことを言ったら、リビングまで来てくれた。
「やぁ。風香ちゃん。どうしたのかな。そういえば、ゲームは楽しかったかな」
「あっ。いやぁ……」
白いテーブルに二人で向かい合わせに座った途端、気を遣ってくれたのか、彼は世間話を始めた。
まずい。結局、麻樹と予備室に行っても、ゲームをすることはなかったんだよね。
どうしよう。えっと、ここは——。
「——実は、まだしてないんですよ。麻樹と話をするのに夢中になっちゃって。茂雄さんがプレゼントしてくれたゲームなので、また時間を見つけてプレイしたいです」
「そうか。急かしてしまったかな。落ち着いたら、麻樹と遊んでやってくれると嬉しい」
茂雄さんは優しかった。
素直に言って、良かった。
ここで変に誤魔化したら、絶対こじれると思ったから。
「——それで、話ってなんだい?」
「実はですね……」
話の道筋なんて考えていない。
むしろ計画していなかったからこそ、勢いで声をかけることができた。
見切り発車だけど、頑張って話を続けた。
「麻樹が言ってたんですけど、茂雄さんってお酒が苦手なんですよね?」
「あぁ。うん。下戸なんだよ。会社の飲み会で酒を一杯飲めと言われると困ってしまってね……」
「そうなんですね」
「うん。でも。どうしてそれを?」
「いやぁ……」
……気まずい。
義理のお父さんだとしても、やっぱり一日そこらで、仲を深めることはできない。
話しかけたのは、間違いだったかな——と思いかけた時だった。
稲妻のように、一つの考えが頭をよぎった。
「——あれ。それじゃ、お酒が苦手だったら、なんで、お母さんの店に行ったんですか?」
茂雄さんとお母さんの出会いはスナックだ。
ああいう場所って、第一にお酒を楽しむ場所ではないだろうか。
何がきっかけで、彼は通うようになったんだろう。
「ははは。風香ちゃんは鋭いね。実は、会社の同僚の付き合いなんだ」
「なるほど……」
「——いや、違うな。正確には、麻樹の勧めがあってからかな」
「えっ」
茂雄さんは、思いもよらぬことを口にした。
私は彼を食い入るように見つめた。
「——それは、どういうことなんですか?」
「いやね、麻樹に言われたんだ。次、お母さんになる人は、『スナック桜』にいる、真由美さんみたいな人がいいって。それだと、学校にも通うって言うからさ。娘がそう言うなら、一度足を運んでみたいなと思ったんだ」
耳を疑った。
今日だけで、何度驚かされただろう。
「——えっと。その、麻樹って、不登校だったんですか?」
まずはそこから聞いた。
「うん。高校に入ってから、五月雨登校でね。少し前までは、家にいるほうが多かったかな」
——知らなかった。
てっきり、楽しく誉山高校に通っていて、キラキラなJK生活を送っているものだと思っていた。
「な、なんで、学校に行かなくなっちゃったんですか?」
失礼だと思いつつ、気になったので、茂雄さんについ聞いてしまっていた。
「恥ずかしながら、はっきりとした原因はわからないんだ。あの子は、いじめとかではないとは言うんだけど」
「そうだったんですか……」
「——ウチは、麻樹が小さい頃に妻が亡くなってしまって、男親として、あの子の本当の気持ちを、わかってあげられなかったのかもしれないな」
「……」
そういえば中学の頃、麻樹の家にはお母さんがいないと言っていたことを思い出した。
ウチもお父さんがいないので、立場は違うかもしれないけど、何も言わずに寄り添え合えた部分があった。
「——麻樹に新しいお母さんができるなんて考えてもいなかったんだ。……だけど、あの子がそこまで勧めてくるならと、一度スナックに足を運んでみたんだ」
茂雄さんがテーブルの上で指を組んだ。自分の手元をじーっと見ていた。
「風香ちゃんのお母さんと話していると楽しくて——気付いたら、結婚する縁までできていたよ。……麻樹も宣言通り、学校に通い始めた」
私は彼の話を静かに聞いていた。
私の知らない麻樹が、そこにはいた。
「……おっと、麻樹には内緒と言われていたんだ。でも、こんなにめでたい話だから、いいよね。風香ちゃん、話を聞いてくれてありがとう。もし失礼があったら、すまない」
「いえ、大丈夫です。話してくれてありがとうございます」
私は軽く頭を下げた。
それから茂雄さんと、少し世間話をしてから解散して、自分の部屋に戻った。
ふーと、深いため息が出る。
——麻樹の過去について知ることができた。
彼女は中学時代も目立つ方で、成績も悪くなかった。恵まれている人生に見えたけど、麻樹なりに、いろいろ悩むこともあったのかもしれない。
——だけど、どうして茂雄さんを、私のお母さんがいるスナックへと勧めたのだろうか。
そうなると、麻樹が二人の恋のキューピッドということになる。
……。
もしかして。
——私の義妹になるために、仕組んだことじゃないよね?
まさか……ね。
……。
麻樹は今、何を考えているのだろう。身震いがする思いがした。
◇
「今日も、麻樹ちゃんのベッド届かなかったわね……」
夕ご飯の時間。お母さんが、ちらし寿司を食べる手を止めた。
昨日は忙しかったので、落ち着いた今日、引っ越し祝いパーティーをしているのだ。
リビングには、星やハートなど折り紙で作った飾り付けがされていた。どれもお祭り好きのお母さんがしたことだった。
みんなのコップの中には、ノンアルコールの弾けるシャンパンが入っていた。
「ですね……」
麻樹が残念そうに——見える表情でそう言った。
「——ということで、風香! 今日もベッドを半分、麻樹ちゃんに貸してあげてねっ」
「……」
突っ込む気力もなかった。
諦めの意味も込めて、味噌汁をずずーっとすすった。
「もしかして、風香ちゃん。迷惑だったかな? 麻樹と一緒だと寝にくいよね。そしたらおじさんが、ソファーで寝るよ。麻樹は——」
「いやいや、迷惑じゃないですよ! そんな体張ったことしないでください!」
「——迷惑じゃないんだ」
麻樹が小さな声でつぶやいた。
……完全なる失言だ。
だけど、わざわざ訂正するのも格好悪い気がして、私は聞こえないフリをした。




