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世界一嫌いな女が義妹になった〜ひとつ屋根の下での共依存関係〜  作者: 宮野ひの


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第14話 世界一大嫌い

「うわうわうわうわうわ。マジ?」


 まるで汚物を見るような目だった。

 口元が歪んでいて、表情が引き攣っていた。

 誰が見てもドン引きしているのがわかった。


「……っ違うの!!!!!!」


 まーちゃんは、私を勢いよく押した。

 情けなく、よろけてしまい、尻餅をつく羽目になった。


「何々?」


「喧嘩?」


 まーちゃんが大声を出したからか、図書室にいた生徒達が続々と集まってくる。

 ——まずいかも。


「教室にさ……麻樹がいなかったから、クラスの子に聞いたんだ……。そしたら、図書室方面に行ったっていうから来たけどさ……」


 群青さんは仁王立ちをしていた。

 目に光はなかった。


「——女同士でベロチューしてるなんて。キモっ!!!」


 吐き捨てるように、大きな声で言った。


「えっ。キスしてたの?」


「マジ? やばくない?」


 周りの生徒がヒソヒソと話す声が聞こえてきた。

 信じられないものを見るように、好奇の目を向けられていた。


「違うのーーー! 違う!!!!」


 まーちゃんが絶叫した。顔が青ざめていて、今にも気を失ってしまいそうだった。


「あっ! ちょうどいいところにミツセンいるじゃん。おーい! ミツセン! ちょっとこっち来て!」


 群青さんが図書室の入り口に向かって声をかけた。


 えっ。まさか……。


「なんだよ。ってか、群青。三石先生って、呼べよ! ……人だかりできてるじゃん」


 担任の三石先生が、頭をぽりぽりとかきながら私たちの元にやってきた。

 彼は群青さんには甘い対応をすることを今更ながら、思い出した。


「か、関内さんが、麻樹に無理やりチューしてたんです。しかも舌入れるやつ!」


 群青さんは、私を凶弾するように指差した。


「——はぁ? なんだそりゃ。おい、本当か」


 三石先生が私たちに声をかけた。

 まーちゃんの顔を見ると、なんと彼女は涙を流していた。

 顔が赤く、焦点が合わない目で、(くう)を見ていた。


「……おい、楠木。大丈夫か?」


「麻樹、ほんとに可哀想……。無理やり迫るなんて変態! 人間のすることじゃない! 最低っ!」


 群青さんが、私を爪弾きにする。


 後ろにいた生徒たちも、化け物を見るような目を向けてくる。


「おい、関内!! お前、今から生徒指導室に来い!!」


 三石先生が怒鳴った。

 図書室全体が震えているような錯覚に陥った。


 三石先生は勘違いをしている。

 私とまーちゃんは合意のもと、キスをしていたはずだった。


「——私、保健の先生呼んできます」


 近くにいた女子生徒が、率先して手を挙げた。


「頼むな。群青は、楠木についていてくれるか?」


「はい。もちろんです!」


「ありがとう。……おい。関内、早く来い!!!」


 三石先生が鋭い目つきで見る。その瞳には、憎悪が込められていた。


 私は完全に悪者だった。


 まーちゃん。まーちゃん。

 お願い。何か言ってよ。


 心の中で祈るけど、もう一切、彼女と目が合うことはなかった。


 図書室を出る時、周りの生徒から残酷な言葉をかけられた。


 小学生の時は、「バカ」「アホ」みたいな悪口しか言えなかった私たちは、中学生に上がると、いとも容易く他人を傷つける複雑な言葉を使えるようになった。


 それから私は、生徒指導室で三石先生に散々に詰められた。言い訳すら聞いてもらえなかった。


 心の中では、ずっとまーちゃんのことを考えていた。

 彼女のことを思い、口元を緩ませたら、反省してないだろと、さらに三石先生に怒鳴られた。





 次の日、学校に行ったら、教室の雰囲気が昨日までとはまったく違っていた。


 ニヤニヤした目で私を見る男子たち。女子は異物を見るような目を向けてきた。ゾワっと鳥肌が立つ。


「——学校来んなよ。レズ」


「えっ」


 井上さんと平澤さんが遠巻きに私を見ながら言った。目が合ったら、さっとそらされた。


 息を吸うのもやっとだった。震える足で自分の席に向かうと、


「うわ。何これ……」


 机の中には、ゴミが入っていた。


 丸められたプリントや、ホコリ、潰れたトイレットペーパーなどが入っている。


 もしかして、昨日の図書室でのいざこざが影響しているのだろうか。


 私は自分が初めていじめられていることに気づいた。


「——大丈夫?」


 それでも、声をかけてきてくれたのは、クラス委員の佐山(さやま)さんだった。

 彼女は真面目で正義感が強い。誰であっても困っている人を見過ごせなかったのだろう。


「いいんちょー。こんなやつに声かけなくていいよ!」


 窓際にいた群青さんが大きな声で言った。

 腕を組んで、堂々とした態度で、場の空気を仕切っていた。


「でも……」


「バイ菌がうつるよ。それでも、そいつと仲良くしたら、変態いいんちょーってあだ名を付けられちゃうかもよ?」


 クラスメート数人が、くすくすと笑った。

 佐山さんは恥ずかしそうに俯いて、そっと私から離れた。


 群青さんは、このクラスのヒエラルキーの上にいる。

 彼女に楯突く者はいない。


 私は、群青さんと犬飼さんが仲良く喋っていることにも気づいてしまった。二人は意地の悪い笑みを浮かべて、コソコソと楽しそうに耳打ちしている。


 ——二人とも仲直りしたんだ。


 悪者を見つけた時の、女子の団結力はすごい。彼女は私を利用して、旧友とも絆を深めることに成功していた。


 当のまーちゃんはというと、机に座ったまま、ずっと黙っていた。

 彼女のすぐ側には群青さんと犬飼さんがいて、SPのように取り囲んでいたので、近づけなかった。


 移動教室で廊下を歩けば、私は違うクラスの女子にも指をさされた。

 3年の男子の集団からは、「女だったら、誰でもいけんの?」と口元をいやらしく歪ませて言われた。


 クラス中から嫌われ始めたら、今日という日はとても長かった。


 やがて掃除の時間がやってきた。

 早めに裏庭についたら、まーちゃんが一人でコンクリートの階段に座っているのを見つけた。


「……まーちゃん」


 彼女の名前を呼んだら、ゆっくりと振り向いてくれた。嬉しかった。


 だけど、まーちゃんは笑っても、泣いてたりもしていなかった。まったく感情が読めなかった。


「今日、一回も話すことができなかったね」


 私は、いつもの調子で言った。


「うん」


 やけに真剣に言うから、戸惑ってしまった。


「あらためて言うね。風香、わたしと距離を置いてくれる?」


「なんで……」


「もう疲れちゃったの」


 友達でいることに? キスをすることに?

 怖くて質問をすることができなかった。


「——わたしね、風香のことは好きだよ」


 まーちゃんが目を細めて言う。


「だけどね、それ以上に、クラスメートのことも好き。わたしはね、穏やかで楽しい学校生活を送りたいんだ。物珍しい目を向けられるのは……嫌」


「……」


 思わず息を呑んだ。


「わたし達、仲良くしてたら駄目になるよ」


「どうして? こんなに好きなのに……」


「風香。世の中にはルールがあるし、どうしようもないことってあるんだよ」


 まーちゃんは優しい。私から離れたがっているのがわかるのに、傷つけまいと言葉を慎重に選んでいる。


「……まーちゃん。場所を気にせず、キスをしたことは謝るね。本当にごめんなさい」


「……」


「でも、まーちゃんは結局、世間体を気にしているんだよね。内申点をよくして、いい学校に入りたい。バレー部も次期部長って噂じゃん。昨日の図書館でのキスは、私を悪者にしないと、大事な世間体を保てなくなるもんね」


 まーちゃんの目の色が変わった。憎しみが宿るのを感じた。


 彼女のこんな姿は一度も見たことがなかった。

 本当の姿を見せてくれる期待感から、場違いにもゾクゾクしてしまった。


「ねぇ。本当はまーちゃんが群青さんと仲良くしたがってるのも私、知ってるよ。群青さんは垢抜けていてオシャレで、先生からも人気が高いもんね。——でも、成績は悪い。だからバランスを取るように、私とも仲良くしてくれているんだよね」


「風香」


 まーちゃんが私の名前を呼ぶ。


 もう止まらなかった。全部言ってしまおう。


「……まーちゃんが私のキスを受け入れてくれたのも、本物の恋人を作るための練習だもんね。群青さんの彼氏の友達と釣り合うためには、少しくらい経験がないと恥ずかしいもんね」


 多分そうじゃないかなと思う言葉がスラスラと口から出てきた。


 まーちゃんは目を大きく見開き、眉を吊り上げる。唇を噛み締めていた。


「……風香がそんな性格が悪い子だとは思わなかった」


「これだけ一緒にいて知らなかったの?」


「……もういい。これから、絶対わたしには話しかけてこないでよね」


 まーちゃんは肩をワナワナと震えさせていた。

 どれか一つくらいは図星だったのだろう。


「——あんたなんか、大嫌い」


 まるで捨て台詞だ。


 まーちゃんは、先ほどまで私のことを好きだと言っていた。

 人は一秒あれば、心変わりだってするのだ。


「——私も嫌い」


 彼女から先にそう言われてしまえば、鏡のような言葉を返したくなる。


 私だって、どうしようもなく人間なのだ。


「——わたしなんか世界一大嫌い!」


 まーちゃんは最後にそう言って、近くにあった草を掴んで私に投げた。

 コンクリートの階段を上がって、どこかに行ってしまう。


 ——これで本当にすべて終わりになってしまった。


 私は彼女が座っていたコンクリートに腰を下ろした。グラウンドに描いてある白い線はところどころ消えていた。風がそよそよと吹いて、私の肌を突き刺した。


 遠くでおじいちゃんが自転車に乗って、校門前をすごいスピードで通り抜けていった。いいなぁ。自由だなぁ。


 こんな学校でうまく立ち回らないといけない悩みなんてないでしょ。いいなぁ。おじいちゃんが羨ましいなぁ。


 私はぼろぼろに泣いていた。クラスメートに陰口を言われても平気だったのに。


 まーちゃんと面と向かって嫌いと言われると、もう駄目だった。自業自得なのかもしれないけど。


 愛しいまーちゃんのことを大切にしたかった。だけど、壊したくもなる。私は何がしたかったんだろう。


 だけど、一つだけわかったことがある。

 もう、私は彼女と仲良くする資格がないということだ。


 あっちが私のことを世界一嫌いなら、同じように世界一嫌いにならないといけない。


 縋りついてしまったら、惨めになるから。憎む心を持てば、期待することもなくなる。


 私は、自分の心を封じて生きていくことに決めた。

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