第13話 見つかる
◇
保健室から出た後の記憶がなかった。結局、最後まで先生がやってくることはなかった。
きっと、まーちゃんはバレー部へ、私は美術部へと、お互い手を振り合って別れたとは思うけど——。
私は家に帰った後、スマホを触って調べ物をした。「女同士 えっち やり方」とか。「女同士 えっち 最後まで」とか。親には見せられない単語ばかりを検索した。
しかし、ネットサーフィンを続けるほど、頭がこんがらがってしまった。だって、明確な正解はないから……。まるで国語のようだと思った。
しまいには、「男女 えっち やり方」とか「男女 えっち 最後まで」とも調べる羽目にもなった。
前までの、Dキスすら知らない私とは違う。
経験と座学を通して、性について詳しくなってしまった。
女同士のえっちは、男女と比べると、定義が曖昧。それはわかったけど——。
「なら、まーちゃんと今日したことは……」
私は頭をひねった。
そういえば占いでは、良い結果だけを信じる人がいる。悪い結果は見なかったふり。
言うなれば、都合の良い部分だけを受け入れるということになるのかな?
——私はそれが悪いことのようには思えなかった。
「じゃあ、まーちゃんと私はえっちしたことになる……よね」
うん。きっと、そうだ!
私は、自分の中では、"そう定義"することにした。
正直、保健室のベッドで寝転がって、イチャイチャした時、まーちゃんの色っぽい表情にときめいてしまった。
胸が高鳴り、ドキドキが止まらない。思わず顔を両手で覆った。
私たちは身体の関係がある親友になってしまった——。
◇
それから学校では、まーちゃんと二人きりになると、どちらからともなくくっついてキスをした。
誰も周りにいないと、深いキスをして、肌に触れ合った。
まーちゃんはそういう時、決まって、とろんとした表情になるから可愛かった。
誰にも見せたくない。私だけにしてほしい。
群青さんはというと、相変わらずしつこくまーちゃんに絡んだ。私がいる前で、休日に一緒に遊ぼうと、彼女を誘うこともあった。正直言って、ムカついた。
もしかして、群青さんが犬飼さんと上手くいかなかったのも、こういう周りの目を気にせず、自分勝手に行動するところがあったからかもしれない。
独りよがりじゃ、いつかまーちゃんに嫌われちゃうよ。
——だけど彼女の存在が、まーちゃんとの触れ合いをいっそう熱くした。
嫉妬が執着になる。どろどろに溶け合う理由になる。
……だから、完全には無下にはできなかった。
「——ねぇ。風香、なんかね、リリアがわたしのこと、レズなんじゃないかと疑っているんだけど」
「えっ?」
保健室でまーちゃんとイチャイチャしたあの日から、数週間後のことだった。
その日は、部活がなくて、まーちゃんと一緒に帰ろうとしていた。
何気なく、彼女がぽつりと言った。
「なんかね、リリアから"一人の女子と四六時中いるのは、仲良いのを通り越して、レズに見えるよ"って言われたの」
「……何それ」
私にはすぐにピンときた。
群青さんは自分のことを棚に上げている。
まーちゃんを独占したいから、変なことを吹き込んでいるんだ。
現に自分だって、まーちゃんと四六時中一緒にいようとしているんじゃん。今日の休み時間だって、強引に腕を組んで、まーちゃんをどこかに連れていったし……。
あぁ。考えただけでムカムカする。
だけど、私に怖いものはなかった。
だって、まーちゃんが全面的に、私の味方をしてくれると思ったから——。
しかし、まーちゃんの顔を見ると、不安がっている表情が目に入った。
えっ。もしかして、群青さんの話を真に受けているの?
「……まーちゃん?」
「——ねぇ。風香、わたし達さ、ちょっと距離を置こうか」
えっ。なんで。どうして。
身体が冷たくなる。口を開けたけど、声が出て来ない。
まーちゃんの顔がぐにゃりと歪んだ。
「……最近、仲良くしすぎたよね。ほら。受験にも影響出るかもじゃん? 風香とわたし、一緒に誉山高校、入るんでしょ?」
彼女の言葉は耳に入って来なかった。
——まーちゃんは親友の私より、群青さんのことを信用しているんだ。
それは、とても辛いことだった。
嫌だ。嫌だ……。
これじゃ、どうにかなってしまいそう。
「ちょっ。風香!?」
私は彼女の手を取って、廊下を走った。向かった先は図書室。
貸切——な訳はなくて、生徒たちが数人いた。本を読む者、勉強をする者、小声で談笑する1年の女子たちもいた。
奥にある本棚が死角になることは、既にわかっていた。
私はまーちゃんを引っ張って、壁に押しやった。
「き、急に何? 痛いよ」
「まーちゃん。距離を置こうなんて言わないでよ……」
私の頬には涙がつたっていた。
自分が思った以上に、傷ついていることを知った。
「……風香? もう、しょうがないなぁ」
まーちゃんは私の手を振り切ると、カバンのポケットから、ポケットティッシュを取り出した。
そのまま、私に差し出してくれる。
ありがたく受け取り、ティッシュで涙を拭った。
「……ごめん。でも絶交するとか、そういうことじゃないよ」
「……」
「風香だって嫌でしょ? こんなわたしとの仲を疑われて、悲惨な学校生活を送ることになったら……」
「私はそれでもいい。まーちゃんと一緒にいられるなら、後ろ指を指されても怖くないもん」
「風香……」
まーちゃんの声は特別優しかった。
もしかして、考え直してくれたのかなと淡い期待を持った。
顔を上げたら、にっこり微笑むまーちゃんがそこにはいた。
……あっ。これ、ダメなやつだ。
「——ありがとう。風香の気持ちは嬉しいよ。だけど、わたし達、まだ中学生だよ? "そういうこと"をするのはさ、もっと大人になってからでいいんじゃないかな。黙っていたって、あのリリアにも察されちゃうくらいだし」
まーちゃんは、まるで先生のようだった。
諭すような口ぶりに、明確な線を引かれたことを知る。
「……」
「風香?」
「——じゃあさ、キスとかを抜きにして、私たちを繋ぐものってなんだろう?」
「えっ……」
意地悪な質問をした自覚はあった。
「だって、まーちゃん、これから群青さんとも、私と仲良くするみたいに平等に接するってことでしょ? そういう行為をしなくなったらさ、私たち、もう特別な関係じゃなくなるよね」
「……」
今度は彼女が黙る番だった。
男女だったら付き合って、クラスメートにも周知の仲として、認めてもらえる未来もあったかもしれない。
だけど、私たちは女同士だ。同性愛に寛容な世の中になったことはわかるけど、それでも周りで女同士で付き合っている人は聞いたことがない。
野々村さんと柴田さんみたいな、校内でも目立つ人だったら、きっと何しても受け入れてもらえるだろう。だけど、私にはまったく影響力がない。
まーちゃんの特別になりたい。だけど、キスやキス以上のことをしなくなったら、群青さんと同じ扱いを受けることになる。それだけは嫌だった。
彼女はきっと世間体というものを気にしている。気持ちはわかる。わかるんだけど……。
女同士が特別な関係になって、周りにも受け入れられる状況を作るのって、こんなにも難しいことだと思わなかった。
「——姉妹だったら良かったのに」
私の口から、本音がこぼれた。
「それってどういうこと?」
「まーちゃんと私が姉妹だったらね。周りの目に怯えることなく、ずっと一緒に、特別な関係でいられるのにって思ったの」
そんなことは無理だけど。
私は完全に現実逃避をしていた。
そもそも本当に姉妹だったら、キスなんてできるわけがない。もちろんそれ以上のことも。だからこれで良かったと思おう。
「まーちゃん」
私は彼女が恋しかった。
思わず両肩を触ると、まーちゃんはビクッと身体を強張らせた。
だけど、私は気づかないフリをした。
「風香……んっ」
強引に彼女の唇を奪った。
本棚に背中を押し付けて、無理やりキスをした。
まーちゃんは私を押し除けようとした。
なんで。応えてくれないの!
癪に障った私は、舌を入れた。
深いキスをするほど、まーちゃんの力が抜けていくのがわかった。立っていられなくて、ずるずると腰を下ろした。
「はぁ。あっ……」
まーちゃんは苦しそうだった。
だけど、それがとっても可愛くて、興奮した。
もっと、困らせたい——。
「——ちょっと、何してんの!?」
突然、金切り声を上げるような声が耳に入った。
背筋が冷たくなるのを感じる。
まーちゃんから唇を離し、声の主を見ると——なんと群青リリアだった。




