09:共同作業
「早速魔力を流してみたが、流石にすぐの変化は無かっただろうか」
翌日、書斎の椅子に腰を落ちつけた途端に言われて、えっと声をあげてしまう。
まさか、昨日の今日ですぐやってくれるなんて思っていなかった。
いつもどおり温室に行って世話をしたのに全然気づかなかった……
どうやら、昨夜の会話のあと、すぐに温室へ行ってくれたらしい。
夜中ではなかったようだけど、なんだか申しわけなくなる。
あらかじめ言ってくれればその時間は自室にいたのに、気を遣わせたくない、って言うんでしょうね。
今後はニアミスしないようオーゴさんが采配して、日中にするみたい。
「先ほど見たかぎりでは、あまり差は見えませんでしたね」
ちょっとメモできるものがほしい、と呟いたら、立派なノートを用意してもらったので、日付やらなにやら真面目に記入している。
三日坊主になる気もするけど、とりあえず頑張ろう……
植えかえた直後のわりには元気でしおれた様子はないだけでも御の字だ。
シルス様もラフレシアに魔力を流すのははじめてだというので、加減を知りたかったということなのね。
水や肥料と同じで、魔力も適量というものがあり、当然植物によって異なる。
ラフレシアは大きく育つだけあって、毎日与えても平気そう、というのがシルス様の感触らしい。
やっぱり私より力がある分、そのあたりも察せられるのね、凄いわ。
なら私は毎日全力で、絡まるくらい育ってねって思ってもよさそう。
「今後も毎日魔力を流してみるつもりだが、育ちすぎるようなら様子を見たほうがいいだろうか?」
「そうですね……育ちすぎて、屋根を破ったら楽しいですけど、修繕が大変ですよね」
某童話の豆の木みたいに高く伸びるなら見てみたい。
でもそれじゃ温室じゃなくなっちゃう。今いる子は概ね寒さも平気とはいえ。
そもそも温室の屋根を破ったら、直すのが大変なことになるわよね。
まあ、急に何メートルってなることはないか。
伸びてきたら外に植え直すとかもありだし……
「いや、私はあなたが気にするかと思ったのだが」
私が?……いまいち意味がつかめない。
うーん、としばらく考えてみた。
育ちすぎて気持ち悪い、私のラフレシアより育って悔しい。
……とかが一般的な感想かしらと、ようやく思い至る。
「気にするとしたら、シルス様が魔力の使いすぎにならないか、のほうです」
私より魔力のある、立派な大人に失礼かしらと思いつつ。
小さな花は特に魔力の与えすぎが毒になるから慎重さを求められる。
花屋で売られているものにかけられている魔法は、成長促進とか、色を変えるとか、より高く売るためのもの。
わずかな魔力の差で花の美醜に関わるから、生育に携わる魔術師はなかなか高給取りなんだとか。
魔花と呼ばれているものは、普通の植物より魔力を栄養として好むので、吸い取ることもある。
なので、うっかり与えすぎて自分の中の魔力が尽きそうになるほうが心配になるわ。
魔力が減りすぎると酸欠みたいな状態になり、体調を崩すこともある。
枯渇する前に身体が自己防衛で止めることが多いから、死ぬことはないというけど。
「私なら問題ない。それに……個人的にも試したいことがあるので」
なにかしらの意図を持って魔力を流しているなら、私がどうこう言う権利はない。
出資者はシルス様なのだから、片方のラフレシアをどうしようが自由だ。
枯らされたら悲しいから、それはやめてほしいだけ。
「あなたが気づくような変化が出ればと思ったが、一度では流石に無理だったようだな」
「え……もしかしてそれで、すぐに?」
「ああ。だが、どう育てば嬉しいのか聞いていなかったので、途方に暮れて、ただ魔力を流しただけだが」
昨夜、すぐに魔力を流したのは、私のためだってってこと?
私がラフレシアに喜んで、でも、とどいたのは花が咲いてなくてがっかりしちゃったから?
「専門的に学んだわけではないが、ある程度の調節はできると思う。希望はあるかな?」
植物専門の魔法使いだと、色とか形とかを繊細に変化させられる。
でも、流石にシルス様はそこまでやったことはない、と。
それでも魔法の使いかたには自信があるのかな。
「希望って言われると、しょ……」
まずい。
うっかり口を滑らせそうになって、語尾を消す。
希望そのままを喋ったら、ドン引きされる未来しか見えないわ。
折角シルス様とうまくいっているのに、ここで関係を悪くしたくない。
変な植物が好きってだけでも、相当なのに、寛大な対応なんだから。
「……しっかり育ってくれれば、それでいいです。シルス様の魔力だとどう育つのか、興味がありますから」
なんとか誤魔化せただろうか?
様子をうかがいたくても、仕切り布越しではわからない。
声の調子は少しわかるようになったものの、他の察知する手段がないのは、なかなか大変よね。
使用人のみんなも、たまに布越しに会話することがあるらしい。
失敗した時に謝罪しても、怒られたことはないって言ってた。
父の癇癪はしょっちゅうだったから、あれが普通だと思っていたわ。
植物も優しい声をかけるとよく育つと聞いたから、シルス様が育てれば、きっと素敵に育つだろう。
「どんなふうに育っても、楽しいと思いますよ」
「──おぞましい見た目になっても?」
たとえ、私好みにならなくてもいいと本音を告げたのに、一段低くなったシルス様の声。
それは、自分の見た目のことを暗に示しているんだろうか。
自嘲気味な声で囁くほど、目に見える傷は酷いのだろうか。
私はまったく知らないから、今からの発言は筋違いかもしれない。でも。
「ええ、それだって個性です。養分を得て成長した結果なら、きっと意味はあります」
少なくとも私はそう思っている。
どんなに不可思議な生態を持っていても、進化によってのもので、その存在にとっては意味があった。
……まあ、そのせいでもの凄い量食べなきゃいけない動物とかもいるから、必ずしも最適解とはかぎらない。
人間だって二足歩行の結果、腰痛とかが出てくるんだし。
でも、無意味なものではないのだ。
ただ、植物でも、人間でも、動物でも。
見た目が受けいれにくいと敬遠され、さらに差別されることもある。
私だってどんな姿も大丈夫! とは胸を張れない。
毎晩おいしい料理をつくってくれる片足のコックにも、最初の挨拶では驚いてしまった。
前を含めても、間近にする機会がなかったからだ。
すぐに失礼を詫びたし、あちらは気にしていなかったが、自分が恥ずかしかった。
でもそんな私にコックは、べつに驚いてもいい、とあっけらかんと告げた。
「見て見ぬフリとか、きれい事を言われるほうがしんどいです」
それもそうかも、と納得した。
数日経って慣れてしまえば、気にならなくなったし、今は気軽に喋ってもいる。
壁がなくなったおかげか、ハンバーグの肉ダネ捏ねたりも手伝うくらいだし。
……いや、だって、しっかりこねたほうがおいしいのを知ってるから、つい。
「いきなり見たら、びっくりするかもしれませんね。びっくりしてから、知りたいです」
そんなことを思いだしながら、言葉を続けた。
シルス様はしばらく無言で、私もこれといった言葉が浮かばなくて、沈黙の時間が流れる。
「知りたい、と、そう思ってくれるのか」
吐息に混ぜてくるのはちょっとどきどきするからやめてほしい。
いや、はっきりした声で言う勇気が出ないのはわかってる。わかってるけど……!
「──それなら、あなたが喜ぶように願いながら、魔力を流そう」
「それって……どうなるんですかね?」
かなり抽象的な願いだ。
私は具体的な見た目とかを頼んでいないわけだし。
そもそも、絶対「こんな感じ希望」とは口に出せないし!
「わからないから、面白いだろう?」
愉快そうな声に、シルス様のお茶目なところをはじめて見て、ひっそり感動する。
今まで冗談なども聞いたことがなかった。
でも、今までの研究だと、大抵目的を持って魔力を流しただろうから、抽象的にするとどうなるかは、テーマとして面白そう。
「すぐ近くにあなたが魔力を流しているラフレシアがあるから、無関係とはならないと思う」
た、たしかに。
私のラフレシアに魔力は流す間、どうしたって付近には私の魔力が漂うわけで。
それも環境要因になる可能性は高い。
毎日気合いを入れて、枝分かれして絡んでくれますようにって願っているし。
「……こうなると、シルス様と私の魔力、両方流す植物もひとつ欲しくなりますね」
二名以上の魔力を流すというのは、花屋の植物ではまずない。
他者の魔力が入ることで、狙いどおりの色が出なくなったりするからだ。
でも、ラフレシアのサイズでなくとも、ほどほどの大きさなら、多量の魔力を注がれても負けないはず。
「同じものもいいが……ラフレシアが成長したら、別の種類を買ってみようか」
シルス様の今後の提案に、ぜひ! と食い気味に答えてしまった。




