08:念願のもの
今日は朝からそわそわしてしまい、落ちつけない。
なぜなら、ついにラフレシアが到着する日だから!
夜も寝つけなかったけど、寝不足で作業を止められたら困るから、ちゃんと眠った。
みんなもわかってくれていて、よかったですね、って通りすがりに声をかけてくれる。
微笑ましい様子に、私の布教は成功しているんだと嬉しくなった。
この調子で勧めていくわよ!
「いえリッサ様、布教は成功してませんからね? 嬉しそうなのがいいってだけですよ」
なんだかマヤがぼそぼそ呟いていたが、浮かれる私にはとどかない。
でも、仕事はちゃんとしなくちゃと、大急ぎで作業は終わらせておいた。
やるべきことをすませてからのほうが、心置きなく趣味に没頭できるものね。
休んでもいいですよと言われてしまい、甘やかすのは駄目ですと返したわ。
到着時刻は昼をすぎるというので、食事もちゃんと食べた。
温室で準備を整えていると、マヤが呼びにきてくれる。
いそいそと裏門へ回ると、幌つきの荷馬車がやってきたところだった。
御者たちは流石にプロというべきか、わりと平静な顔をしている。
でも、嬉しくなさそうだったから、ラフレシアのよさは感じられなかったのだろう。
運んでいる間に同乗できれば、よさを語れたのに……
「オーゴさん、手間賃を多めに渡しておいてくれますか?」
「畏まりました」
ここでチップをケチってはいけないとこっそり頼んでおく。
仕事だから文句を言うものではない。
でも、苦手なものを運んで大変だった、も決して間違いじゃない。
流石に一人では運べないので温室まで持っていってもらうことも考えると、チップ多めは大正解だろう。
あらかじめ決めて、穴を空けておいた場所に下ろしてくれれば、あとは自分でできる。
一緒についてきたオーゴさん、マヤ、庭師が、現物を見てちょっと引いていたが、夢中で全然気づかなかった。
「ありがとう、ご苦労様」
邸のひとにはもっと丁寧にするが、迂闊にやると逆に見くびられる、と指摘された。
なので、オクサマってこんなふう……よね……? と演じてみる。
なにせ母がいなかったから、遠い記憶から引っぱりだすしかない。
そもそも服装で台無しだというのはあとで気づいたし、もっと言うなら貴族女性は自分で受けとりに出なかったわ……
──と、とにかく。念願のラフレシアだ!
ちなみに最初からいるモウセンゴケのようなもの、キンヒモみたいなもの、ブラックキャットっぽいのは、今でもその名前で呼んでいる。
つい口にしてしまったところ、みんな植物につけた名前だと勘違いしてしまったからだ。
魔花たちにはいわゆる学術名しかついてないので、ちょうどいいか、と修正せずにいる。
花に名前をつける愛情過多、という印象になったのは……間違ってないから、あきらめた。
なのでこの子も、ラフレシアで通す。
あまり魔力を受けとっていなかったのか、どちらも元気がなさそうだ。
──そう「どちらも」なのよね。
てっきり一株だと思っていたのに、さらっと二株ですと言われた時の衝撃たるや。
本やグッズとは違うから、布教用含めて三つと頼んだわけでもない。
あ、でも、増える分には大喜びよ。
あんまり嬉しくて無言で震えていたら、運んできた業者に「やっぱり気持ち悪いからひとつにしましょうか」と変な気遣いを受けた。
嫌がっていると思われたらしい、逆なのに。
オーゴさんがすかさず大丈夫です、と答えてくれたので、私は内心を隠して黙ってうなずいておいた。
使用人がいるのに、私が真っ先に喜び叫ぶわけにはいかないもの。
ブラムリィ家の新しい奥方は、淑女らしからぬって噂になっちゃうわ。
「ラフレシアを頼んでいる時点でもう無理ですよ、リッサ様……」
でもどうしてもそわそわして、にやける口もとを抑えるのに手一杯だったから、マヤのぼやきはまた聞きそびれた。
にしても、元気はなくても株自体は大きめのものだ。
いくらだったか教えてもらえてないけど、いいのかなぁと申しわけなくなる。
でも、この花の特性的には、いくつかあるほうが面白いので、とてもありがたいのも事実。
距離を置いて植えたふたつは、今のところ花も咲いておらず、くたびれた印象だ。
これからどう育っていくのかわからないけど、とてもわくわくしちゃう。
この世界のラフレシアは、魔花の中でも特に面白い特徴を持っている。
魔力などによって、見た目の変化が大きいのだ。
……といっても研究しているひとが少ないようで、シルス様からもらった本にも、たいした情報はない。
注ぐ魔力があまりないと、ラフレシアみたいに大きな花は咲かないらしい。
なので、私の魔力だけだと巨大サイズは期待できないかも。
でも、もし、こちらの願望を受けて変化してくれるのなら……わくわくするわよね。
もしも。もしも私の大好きなあの形状に変化してくれれば。
今のところ茎や枝分かれした部分がないけど。
でも、たくさんの茎が出てきて、昔読んだ話みたいに絡まるシチュエーションになったら……
……って、つい空想で飛んでしまいそうだったが、いけないいけない。
まだ植える作業は終わってないのよ。
ちゃんと土をかぶせて、肥料もやらなくちゃ。
紫陽花のように肥料でも変化があるかもしれないので、それぞれ異なるものにしてみる。
なおかつ、私が魔力を注ぐのは片方だけ。もう片方は……希望者がいればいいけど、駄目でしょうね。
でも、魔力ありとなしなら、これはこれで面白いはず。
シルス様に資料のまとめを頼まれたことでもあるし、自分でも色々やってみようと思った。
……といっても、勉強したわけじゃない素人だから、研究レベルには達せない。
子供のころにやったアサガオとか、その程度だろう。
ただ、なんとなく育てるより、目標があるほうがやりがいもある。
どんなふうに育つか、とても楽しみだわ。
その後、シルス様の書斎へ行く。
まずはラフレシアを二株も買ってくれたことを何度も感謝した。
大袈裟なと笑う声が響いたけど、そんなことないわ。
「どんな風になるのか、とっても楽しみです。……育てるのはちょっと不安ですけど」
とにかく資料が少なすぎる。
シルス様が探してくれると言ってくれたから、待つしかないけど、できるかぎりのことはしてあげたいもの。
「それで、そのラフレシアのことなのだが」
シルス様まで名前だと思って呼んでる……
使用人からは「名前のセンスがいい」とか褒められて、それは私の手柄じゃない、と困ったりしてる。
白い犬に「シロ」ってつけるレベルなのに。
「片方に私の魔力を入れてもいいだろうか?」
まさかの提案に、驚いて声を出してしまう。
二株持ってきてもらったのって、そういうつもりだったのかしら。
あ、でも、あの本を読んだシルス様なら、ラフレシアの生態も知っているから、不思議はないわね。
「──ああ、勿論、あなたに贈ったものだから、断ってくれてもいい」
私が黙っているのを、気を悪くしたと誤解したらしい、慌てた声が聞こえて我に返る。
でもそうよね、研究っぽいこともしていると話してくれたから、邸にラフレシアがあれば、試したくなるわよね。
比較実験って、大事なことでしょうし。私の魔力が少ないから、わかりやすそう。
邸のお金の管理をしているとはいえ、収入を得ているのはシルス様なんだから、いわば雇用主。
一人では両方に魔力を入れる余力がないし、断る理由はないわね。
「いいえ、私の魔力は少ないですし、実験してみたかったので、嬉しいくらいです。でも……」
踏みこんだことを言ってもいいのだろうか。
悩みどころだけど、じゃあお願いします、で終わらせるのも、なにか違う。
「温室まで出向いて、シルス様のお身体は平気なんですか?」
ラフレシアは根付かせてしまったから、魔力を与えるには目の前に行かなきゃならない。
書斎から私室への移動はできているわけだけど、外に出た様子はないのだ。
車椅子などを使うにしても、大変なのではないかしら。
万一にも姿を見ないように、その間は自室にこもってはおくけど……
「ああ、べつに歩くことに支障は無い」
ならよかった。無理をさせるわけじゃないのね。
だったらバッティングしないように気をつければいい。
シルス様が動く時はオーゴさんが必ずつくみたいだから、私が普段どおりの時間帯で動くかぎり、鉢合わせはないだろう。
ただ、魔力を入れた瞬間の様子を見学できないのはとても残念だわ。
私では目に見える変化が小さいから、強い力の場合を見てみたいのよね。
「でしたら、ふたつあるラフレシアの……根元に青色の札が刺さっているほうが、まだ私の魔力を入れていないものです」
折角なので色々なプレートを用意して、名前を書いて根元にさしてある。ちょうどよかったわ。
魔力を入れた日はあとで報告すると約束もしてくれた。
できれば温室に行く時は立ち会いたいと考えてしまうけど、それは私の勝手な願望。
頑なに仕切り布越しの関係を続けていることからも、難しいわよね。
車輪つきの試着室みたいなのですっぽり覆って歩けば見えないから、いけそうだけど、提案する勇気はなかった。
今のが、お互いにとってちょうどいい距離なんだ。
もし、我儘を言って嫌がられた結果、出て行けと言われたら恐くて、口にはできない。
それくらい、ここの生活は心地いいのだ。
私とシルス様の関係は契約によるものだけど、できれば、ずっとこうしていたい。
でも、提示された条件はこなしても、分不相応だという思いが消えないのだ。
それもラフレシアの育成で、もう少しだけ距離が縮まれば、私の罪悪感も軽減される気がする。
……でも、シルス様からすれば、私は行き場がないから置いているようなものなのよね。
毎日が楽しくなったと言ってくれてるけど、それは、犬や猫を拾ったくらいと同じだろう。
ああでも、犬猫ならかわいいってだけで生きていけるけど、人間はそうもいかない。
でも悲しいかな私は、有能でもないし、見せびらかせるほどの美貌もない。
たまたまシルス様の仕事と、私の好みが合致していただけ。
だんだんと欲が出てきてしまう自分に自己嫌悪して、自室で一人反省会を行った。




