07:好きなもの
温室の一画、私の育てた子たちは、すくすく育っている。
ちゃんと根づいてくれたから、少しずつ陣地を広げたい。
私の魔力も一応効果があったらしく、増えてきているのは素晴らしいことよね。
折角広い場所なので、肥料や魔力配分を変えて、どんなふうになるか試そうと思っている。
この温室、一体なにを育てる予定だったのか、広さもあるが、高さがかなりあるのよね。
だから、大きくなっても問題ないのがすごく嬉しい。
……まあ、今のところは等身大にもなってないけど、野望は大きく持たなきゃ。
さほど手のかかる品種はないので、無事に作業を終えて邸へもどると、マヤからシルス様はもう空いていると教えてもらった。
服を着替えたら行くと他のひとに伝えてもらい、自室にもどって着替えをする。
いつのまにか、マヤともう一人が必ずつくようになっていた。仲もいいようで、私も嬉しい。
ちなみに結局、部屋の内装はほとんど変えていない。
他の部屋や物置に置いてある家具は、どれと交換してもいい、って言われたけど、まあいいかな、って。
それより外の資材小屋に、色々な鉢植えがあったから、そっちに夢中になっちゃった。
株分けしたら色々な鉢に植えて、部屋のベランダにも置きたい。
前はありものですませたけど、折角なら、みんなが一番映える鉢を選んであげたいもの。
もらってくれるひとを募集するわねと報告したら、みんな微妙な表情だったわ、なぜかしら。
季節が変わったらカーテンなどは好みのものを選ぼうかなと思うが、もともと節約していたし、好きな色もそんなにない。
洗濯に強いのがいいなぁと呟いたら、マヤに「もうちょっと別の観点で」と嘆かれてしまった。
小市民の気質が抜けないのは実家の家庭環境が理由ではないのだけど、事情を知らないみんなは、父のDVのせいだと思っているらしい。
そのためか、料理の味つけは私が好きと言ったものになったり、なにかと甘やかされている。
シルス様も止めないどころか励行しているみたいで、なおさらしっかり動かないと、堕落一直線だわ。
「失礼します。……あら?」
ノックしてから中へ入ると、机の手前側には本が置いてあった。
シルス様が私になにか渡す場合、話している間に、ということはない。
腕が動かしにくいのか、傷かなにかを見られたくないのか、どちらかなんだろう。
先日は職場からとどけられたというドライフラワーをくれた。
室内のハーブの香りは、研究ついでにつくっているものらしく、その配達と一緒に入っていたんだとか。
この部屋の香り、すごく清潔感があって好きだから、本体もちょっと分けてほしいです、ってお願いしたら、快く分けてくれた。
私の手入れしている子たちって、匂いも独特なものがあるから、どうしても残り香がね……
これはこれでソレっぽいので私は大好きで、そのままでもいいと思っていたんだけど、マヤにめちゃくちゃ怒られたから。
今日はなにも頼んでいなかったのに……って、見えたタイトルに数歩の距離をダッシュしてしまった。
表題は「魔草のまとめ」みたいなもの。つまり!
「こんな素敵な本があるんですね!」
魔草や魔花は嫌われているから、本を出しても売れない。
そもそも専門に育てている者も少ないから、需要もない。
だから、本屋で扱わないし、そもそも専門書を探したくても、以前は金銭的に難しかった。
ああいうのって、どうしても高価なものになるから。
庭師が父に頼んでも、客がこない庭は、外から見て体裁が整っていればいい、と却下された。
いくら人気がなくとも、専門書は一冊くらい出ているだろうと思っていたけど、本当に存在していたなんて。
「同じ本を持っているので、あることは知っていたんだが……新品を取り寄せるのに少し時間がかかってしまった」
わざわざ新しいものを用意してくれたってこと?
べつに古本でも文句はないのに、ありがたいかぎりだ。
「大抵のものは載っていると思う。それで、欲しい植物はあるだろうか?」
「欲しい植物ですか?」
そりゃあいっぱいあります、なんなら端から全部、とは流石に言えない。
貴族に生まれたら一度や「この店の全部」ってやってみたかったけど、そんなのは一部の上流貴族だけだ。
「ドレスなども用立てるつもりだが、テンタリッサ嬢には、こちらのほうがいいと思って」
先日の一件が影響している模様。
なんとなく苦笑いしている気配がする、気のせいだと思いたい。
にしても、欲しい子……うぅん、どのレベルまで言っていいんだろう。
ぱらぱらと本をめくると、ざっくりとした説明と育てかたが載っている。
でも、いわゆる園芸入門というよりは、マニアむけのカタログみたいな感じ?
当たり前だけど、私の知らない植物もあって、あとで熟読が楽しみだ。
値段の表記がないのだけ、気になるけど。
「ええと……希少性がわからないので、難しいならいいんですが、一番欲しいのは──」
意を決してあげたのは、ラフレシアみたいな花を咲かせる植物。
……なのだがこの世界では寄生植物ではなく、根を張り茎と葉を持つものになっている。
うまく成長すると身長は余裕で超す可能性があるという、巨大植物だ。
大きくなってしまう可能性があるなら、父に気づかれずこっそり世話することは不可能。
そもそも一般の店で見ることもなかったから、あきらめていた。
「ああ、それなら比較的手に入りやすいから、問題ないな」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
やった! 現物を見られる……!
花が巨大だからということで、魔花の中では認知度が高いため私も知っていた。
見た瞬間ラフレシアだ! と思ったから、記憶に残っていたし。
専門家の間では、普通に流通しているのね、なにか特徴があるのかしら?
「育てかたは……特殊な条件など、あるのでしょうか」
ラフレシアもテレビで見たくらいだし、この世界のは話に聞いただけ。
当然、育成方法はわからない。
背丈を超えるっていうなら、普通の植物と同じには育てられない?
首をかしげていると、
「渡した本はそのあたりが不明瞭なものも多いから、別のものを取り寄せている。そちらを読めば大丈夫だろう」
至れり尽くせりのお言葉だった。
職業柄、生育に関するレポートも結構あがってくるらしい。
部外秘なんだろうけど、相手が貴族で上司のシルス様だから、邸に持ちこんでもいいらしい。
やばいものがあっても、私も悪用する気はないし、漏らす相手もいないから大丈夫よね。
「もし可能なら、資料をまとめてくれると助かる」
誰もやる気がなくて編纂していないらしい。
余程有効なものとか、危険な毒を持つものはピックアップしたが、あとは手つかずだとか。
まとめれば本になるかもしれないのは魅力的だが、私はその手の仕事をしたことがない。
本にするとなれば、専門家も呼んでくれるだろう、でも、他人を邸に招くのはシルス様のストレスになりそうだ。
興味本位とかよからぬ者が入ってくる可能性もあるし、ひとまず保留にさせてもらう。
「そもそも、苗が届いたら育てるのに霧中になっちゃいますから、まとめどころじゃないです」
正直に伝えると、はっきり笑う声がした。
すまない、と謝ってきたけど、声の端はまだ笑いを残している。
私がはしゃぐとキンキンして耳障りだって父に怒られたけど、シルス様の笑いかたは上品ね。
「楽しく過ごしてくれているなら、なによりだ」
「とても楽しいし充実していますよ、シルス様には感謝してもしきれません」
実家でも、父がいない時はのびのびしていた。
でも、先の不安とか、前触れなくやってきて絞められる恐怖もあった。
それらがない上に、好きなことを好きなようにできるのだ。
淑女らしくないから我慢するけど、飛び跳ねながら歌ってしまいそうになる。
「お返しができていないのが心苦しいです」
妻という体面ができているから十分、と言うけど、やっぱりつりあってないのよね。
結婚しろとせっつかれて大変だったのは事実でも、やってきた女性は追い返せばいいだけだ。
ほとんどひとと関わらない生活は歪でも、シルス様にとっての穏やかな生活がその上にしか成り立たないなら、無理強いもどうか思う。
跡継ぎ問題なんかは、シルス様くらいの家格なら、存続のための養子が認められるはず。
国王の強制命令ではなかったと聞いているし。
「何度も言っているが、そんなことはない。あなたのおかげで邸は明るくなったし、私も、とても楽しくなった」
挨拶した使用人の仲には、傷病兵だった過去を持つ者の多かった。
行き場を失った彼らには、雇ってくれた主への感謝がある。
給金も十分に払われているし、直接顔を合わせなくても、働きやすいよう心を砕いてくれている。
でも、関係はあくまで雇用者と被雇用者で、絶対的な差が存在する。
仕事上のことでは遠慮なくもの申せても、プライベートは別の話だ。
対して私は、……まあ、実家に帰りたくないという状況とか、貴族としての序列とかはあっても、使用人よりは対等に近い。
シルス様から頼んだわけでもなく、毎日のように会話をしたがり、直接顔を見られないことを文句も言わない。
しかも家族だとも断言してくれた、と。
……ひとつひとつあげていくと、たしかに、好感度は上がりそうだ。
これが乙女ゲーム? とやらなら、イベント? が発生するやつ?
でも私は好きなことをしているだけだし、べつにシルス様に好かれたいわけじゃない。
ただ、恩を返したいだけだ。
「今までの私は毎日同じことの繰り返しばかりだった。だが最近は、今日はどんなことを話してくれるのだろうと期待している」
九割が植物の話だけど、それはいいんですかね。
いいの? でも自覚するとだいぶ恥ずかくなってきたわ。
でも、他に話すことがないのよね……
「私も、少し変わった事をしようかと考えるようにもなった」
「それは素敵ですね」
見合いの鉄板話題みたいだけど、あまりにも私の話ばかりだったから、趣味はあるのか聞いたことがある。
でも、これといったものはない、との返答だった。
この世界も貴族の男性の趣味といったらわりと外に出るものばかりだから、シルス様には難しいのだろう。
手も見せたくないなら、私とゲーム、というのも難しそうだし。
「まあ、まだ何も思いつかないんだが……」
──そういえば、幼いころから人前に出られなかったのかしら?
子供のころは遊べていたなら、そのころ好きだったものとかありそうだけど。
急に趣味を持とうとしても難しいわよね、特に男性だと。
「でしたら株分けしたものをお持ちしましょうか?」
キンヒモみたいなの、あれからもすくすく成長して、さらに株分けできそうになった。
無事に育ったのは嬉しくても、誰ももらってくれないのよね。
そこまで気持ち悪くないほうなのに……
お部屋に緑があるのは結構いいものだし、育てる楽しさもあるじゃない。
……って言ったらマヤに「キンヒモ、緑じゃなくて大部分が紫じゃないですか!」てツッコミを受けたわ。
光合成するんだし、植物なんだからいいじゃない。
「……あ、でも植物を育てるなら、普通に庭師から鉢植えをもらえばいい話ですね」
というか、そっちのが綺麗な花を持ってくるだろう。
シルス様の部屋から見られる範囲に、丁寧に花壇をつくっているくらいなんだから。
ついつい自分の趣味を押しつけたことに反省してしまう。
「それは皆も分けてもらっていると聞いた。あなたさえよければ、鉢をひとつ譲ってほしい。あなたが好きなものを、私も育ててみたい」
「! 喜んで! では、明日お持ちしますね!」
庭師さんの鉢植えはよくできているから、使用人も分けてもらってるは納得。
でも私のは誰ももらってくれなくて余っているくらいだから、引きうけてくれるってことね。
やっぱりシルス様は優しいわ、使用人を優先にして、残った私の鉢も無駄にしないなんて。
だったら、一番かわいく育っているのを持ってこよう。
紫の発色がよくて、しかも、芸術的にうねってる、とっても素敵なのがあるのよね。
残念ながら私好みのうねりではなく、丸まってる感じなんだけど。
星っぽく見えるところもあるし、シルス様に進呈しましょう。
すぐにでも温室に行って持ってきたいところだけど、流石に勢いがよすぎるのでやめておく。
もとから魔花に拒否感はないかたに感じてはいた。
でも、歩み寄ってくれるなんて思っていなくて、すごく嬉しい。
見た目も知っていて言ってくれているから、事物を見てやっぱり嫌、とはならないはずだ。
明日の楽しみができた私は、きっとしまりのない顔だったろう。
布越しだから見えなくてよかったわ。
でも、はしゃいでありがとうございます! と叫んでも、シルス様は優しくこちらこそ、と返してくれた。




