06:要望?
そうしてブラムリィ邸で生活をはじめて、数日が経過した。
暮らしはおそろしいほど順調だ。
使用人のみんなも、シルス様と毎日会話する私に好感を持ってくれたらしく、すぐ打ち解けてくれた。
おかげで、一緒にいくらかの家事もやらせてくれるようになった。
少ない数で回しているから、恐縮はされたけど、実際たすかるみたい。
問題があるとすれば、それでも仕事が少なすぎること、かしら。
領地はあるけれど、王都と領地を行き来するのが難しいということで、そちらは縁続きの貴族と任命した代官が行っている。
言葉は悪いが互いを監視できる状況なので、どちらも私欲に溺れることはないし、あがってくる報告書を私まで読ませてもらったが、不透明な部分はなかった。
というか、あっさり収支報告書まで見せられてびっくりした。そりゃ、手を加える気はないし、完成した書類だから悪用もできない代物とはいえ。
信頼されすぎるのは、正直、恐い。
父からひとかけらも信用されていなかったから、とても落ちつかなくなる。
でも愚痴をこぼして仕事をとられるのは、もっと嫌。
邸の中の采配が女主人の仕事だけど、今までずっとオーゴさんと、侍女頭がやってきていたから、意見を聞きつつ行えばなんの問題もない。
なにせ人数が少ないから、手配するというほどの苦労もないし。
ただ、邸が広くて掃除は大変らしく、手伝ったら「本当はダメだけどありがとうございます……!」とロマンス小説好きちゃんに拝まれた。
私は萌え対象じゃないから、拝まないでほしい。
そんな状況なので、いわゆる女主人が仕事はすぐ終わり、あとは暇になってしまうのだ。
マヤに言われたような、一般的な貴族女性らしい、刺繍をしたり、なんかこう……優雅にすごすのは、むいていないのでパス。
だから主に掃除を手伝って、午後は温室での作業を思いっきり満喫している。
充実しすぎて、ある日足下がなくなりそうで、不安になる。
幸せをすなおに受けとめられないって、三十すぎのぼんやりした前世があるのになんだかなぁ。
「……うん、どんどん大きくなって、素敵だわ、みんな!」
すぐ温室に行って作業してしまうのは、逃避よね。
誰も聞いていないのに、高らかに次の作業を叫んじゃうし。
でも、こうしていれば悪いことは考えないし、やった分が返ってもくる。
ああでも、暗い気持ちで作業して、育ちが悪くなったら困るわ、気をとりなおさなきゃ。
嬉しいことに、地面に植えたみんなはすくすく育っている。
空気のように魔力が漂っているこの世界なので、温室がなくとも季節問わず花を咲かせることはできるが、やはり環境も大切だ。
魔力で無理矢理育てると、その後の保持が大変らしい。
私の魔力はあまり強くないので、せいぜい成長促進で頻繁にかけられないが、それでも普通の成長に比べれば段違いだ。
ちなみに、この子たちのことは使用人全員に知らせてある。
実家で育った嬉しさのあまり突撃して見せたら、卒倒された経験を生かして、プレゼンはしっかり考えたわ。
まずは名前と特徴だけを教えて、次に希望者にはイラストを、さらに望めば現物を、という段階をふんだ。
何人かが興味本位で見学にきてくれて嬉しかったけど、その後はさっぱり。
二度目がないあたり、受けいれにくいものらしい。
花だけ見れば綺麗なんですけど……って言われたのが一番びっくりした。
私にとって花は二の次で、メインは茎っていうか、蔦っていうか。そういうのだったから。
花だけなら見たいです、って言われた時の、このなんともいえないモヤモヤ感。
こうなると、温室が完成しても、招待できるひとはいないかしら。
……いえ、でも、少しずつ布教していけばいいのよ、ロマンス小説好きの子も、定期的にオススメを置いていってるし。
あれを真似すればいいはずよ、あきらめるものですか。
みんなにも絡まるときめきと楽しさをぜひ知ってもらいたい。
ただ、みんなから気持ち悪いと否定されることはなかった。
本音はわからないが、面とむかっては言われていない。
邸のみんなも、色々な理由で差別されたり、大変な目にあったひとが多いからかも。
部屋にある、株分けしたキンヒモも傷をつけたりとかもされていないし、肥料も十分用意してくれる。
家計をやりくりした余剰で、諸経費を捻出していたころに比べたら、驚くほどだ。
「……そんなわけで、どの子も元気で嬉しいです」
シルス様の執務室でのお喋りで、話すのはもっぱら私のほうだ。
仕事に関する業務報告はすぐ終わり、そのあとは温室の話をたっぷりと。
二日目に、毎日のルーティンを問うたところ、午前中に仕事は大体すんで、午後は残りの仕事がなければ、個人的な研究などに宛てているそうだ。
従って、あまり話せることがない、と申しわけなさそうに謝罪された。
研究内容は話せないらしく、守秘義務があるものね、と納得した。
だからこの席を設けるのはやめようか、と続かないよう、私がせっせと喋っている。
かわいい植物たちのおかげで、今のところ話題には尽きない。
「温室が役立っているならなによりだ」
穏やかな声に、何度目かわからない感謝を告げる。
いつ見つかるかヒヤヒヤすることも、こんなおかしなものを育ててと罵倒もされない。
すくすく成長しているし、楽しくてしょうがないわ。
しかも相づちはイケボなのよ、いいことずくめね。
「……ところで、必要なものはどうだ? オーゴには何も言っていないようだが……」
「必要なものですか? 肥料はもらっていますし、道具もまだ新しいものを使っているので、困っていませんよ?」
予備に買っておいた園芸ハサミなどを下ろしてもらったので、切れ味も抜群だ。
軍手みたいなものも、小さめのを用意してもらったからちょうどいい。
肥料も土に合わせてもらってるし、育ってきて絡まれるような支柱も準備オッケー。
他になにかあったかしら?
「いや……そうではなくて、ドレスや、宝飾品だとか」
心配そうな声に、ああ、そういえば私は貴族令嬢だった、と思いだす。
最近はマヤも他の使用人と仕事をする時間が多く、身の回りのことはほぼ自分でやっているから、忘れてた。
庭の手入れは作業着だし、仕事の時に着ている服も、丈は長いが装飾なども少ないものだ。
この世界でも足を出すのははしたないとされるので、スカートはくるぶしまであるタイプ。
前もコーディネートを考えなくてすむという理由で、休日はワンピース派だったので、その延長という感じ。
唯一、シルス様との時間の時は、マヤと他の侍女がやってきて、ちゃんとしたドレスを着せてくれる。
それもパーティー用じゃないから一人でもできるんだけど、ついでに化粧とか、髪の毛もセットされるのよね。
二人とも楽しそうだし、これも令嬢の勤めよね、とされるがままだ。
ただ、仕切り布越しで、私からはシルエットしか見えないってことは、シルス様も同じ可能性が高い。
あんまり見えてないと思うんだけど、部屋の内情を知る者は少ないそうなので、黙っている。
そもそも頑張っても私の見た目じゃ、やりがいもいまいちだろうに、みんなよくしてくれて申しわけないくらいだわ。
「身につけるものは実家から持ってきていますし、社交の予定がないので、不要ですね」
変な噂になっても困るからと、体面を取り繕った父は、嫁ぐ際にそれらを置いていけ、とは言わなかった。
なので、驚くほどの高級品ではないが、最低限の諸々はクローゼットや箱にしまわれている。
少なくとも、家格にはつりあう程度の品々だ。
アクセサリーも最低限だけどつくってあるし、母のを直しているから、質はいいはず。
いくつかは蔦が絡んだみたいな意匠に直してもらったので、そればかりつけている。
腕飾りは伝えかたをミスして蛇になっちゃったけどね……
「前にも申しあげたとおり、私自身も社交には興味がないです」
あの時に話したことは真実で、気を遣ったわけじゃない。
思い返すと、色気を出して変な相手に目をつけられても困る、って娘に言う父親も大概よね。
私も嫌味を言われてまで出る魅力は感じなかったし。
数少ない友人や使用人には同情されたけど、めんどくさくもあったしね。
それに、もうしばらくすれば、私たちの結婚の噂も広まるだろう。
秘密にしておかなければいけないことではないのだから。
結婚を勧めたのは数名らしいから、その中にお喋りがいれば、あっという間だ。
父も、自分の都合によければ話に出すだろう。
その状態で私ひとりが社交に出れば、ほとんど人前に出ていないシルス様のことを知りたがる者に囲まれるのは間違いない。
ずっと独身だった、姿も謎の男性が、ついに結婚! なんて、三流ゴシップみたい。
相手が私で、絶世の美人じゃないあたりは、週刊誌ネタとして弱いけど。
パーティー会場で迂闊な答えをして、白い結婚だと知られれば、国王も一枚噛んでいる現状、厄介なことになる。
危険を排除してくれる知人がいない現状ではパーティーは出ない一択だ。
一人で切り抜けられるほど、会話術が巧みならよかったけど……
「パーティーはともかく、友人と会うこともあるだろう。その時のために少しくらいは頼んでほしい。私が甲斐性無しになってしまうしね」
「ああ、たしかに! 商人の判断もバカになりませんものね」
実家でドレスを頼んでいた仕立屋がいるけど、そういえばこちらでお世話になってから連絡してないわ。
結婚したのに注文がない、まさか邸でひどい扱いを? なんて噂が出たら大変よね。
濡れ衣で迷惑をかけてはいけないから、もう少ししたら頼むことにしましょう。
危ない危ない、失念していたわ。
シルス様の評判に傷をつけて、迷惑になるところだった。
友人からのお茶会の誘いはたくさんきているし、シルス様と話していい範囲を相談したら受けようかしら。
嘘をつきたくはないけど、間違った話が回ってしまうのも避けたいものね。
あんまり断って、夫が止めているから出られない、なんて誤解されても困る。
話していいことを決めてからドレスを注文すれば、ちょうどいいんじゃないかしら。
私が浅慮を謝罪すると、シルス様は「いや……そうではなく」ともごもご呟いていたのだけど、ほどほどの予算のドレスを考えていた私は気づかなかった。




