05:翌日
そして翌日、よく眠れたおかげもあって、いつもの時間に起床できた。
習慣づいているシーツ交換なんかも自分でやってしまったから、マヤに苦笑いされたわ。
あれこれ支度をしている間に朝食の支度ができたというので、昨日と同じ場所でいただくことに。
「婚姻届に関しては、主の仕事のあとでと言づてを預かっております」
食後、オーゴさんの言葉に、わかりましたとうなずく。
この邸にいるかぎりは父も手出しできないから、提出は多少遅くもいいのに、やっぱり律儀だわ。
ひっそり届けを出すことも、披露目をしないことも、シルス様の事情を知る者からすれば当然だ。
夕方までは自由にしていていいということなので、まず、使用人のみんなに挨拶開始。
少ないとはいえそこそこの人数がいたし、仕事を中断させたくなかったから、思ったより時間がかかった。
ついでに邸の間取りも概ね覚えられた。
主の私室があるフロア以外は好きに出入りしていいという大盤振る舞い。
それに甘えて案内してもらった蔵書室には、植物の本は一般的な図鑑しかない。
代わりに、娯楽小説が多く置いてあるのが意外だった。
シルス様が許可したので、みんなで読めるよう置いているらしい。
実家でもみんなと読んでいたので、少し懐かしい気持ちになる。
でも、この世界の読み物って、いわゆるロマンス小説ばっかりで、私の趣味に合わないのよね。
案内してくれた侍女は、王道ロマンスが大好物らしく、ものすごく布教してきた。
抑えつつも早口な調子は、身に覚えがありすぎただけなんだけど、興味があると勘違いされてしまい。
オススメをよければ! と何冊か渡されてしまった。
暇な時に読むけど、これ、絶対にマヤのが喜ぶと思う。
昼食後は早速、鉢植えたちを植え替えることに決めた。
普通のドレスを脱いで、土いじり用の作業着姿で準備万端だ。
これは実家から持ってきたもので、流石にズボンは駄目出しをくらったからスカート姿。
厚地のエプロンもばっちりよ。
「やっぱりそれを着るんですね……」
「だって、他のドレスは汚せないでしょう?」
複雑な顔のマヤに言えば、それはそうなんですけど……と呟いている。
ひとによって好き嫌いのある魔花だからもあるが、自分で選んだ植物たちだから、私の手で作業したい。
魔花の鉢植えは、卑怯を承知で、家具が入っている箱だと嘘をついて部屋に運んでもらった。
あの時は正直に話したら、拒否されると思っていたからだ。
この部屋に到着して、ドレスよりなにより最初に箱を開けて、ベランダの近くにこっそり並べて置いていた。
そんな鉢植えたちは、シルス様の許可が下りた昨夜のうちに、温室まで運んでもらっている。
早いほうがいいだろう、というありがたすぎる言葉に全力で甘えた。
運んでくれたひとたちは、実物を見てぎょっとしていたけど、丁寧に運んでくれて、すごく嬉しかったわ。
私は運搬役に入っていなかったけど、自分の子だから、と譲らず一番軽いのを持っていった。
ただ、使う予定がなかったから、温室内には灯りを設置していない。
だから夜は危険という理由で、鉢を置くだけになった。
さっきオーゴさんから灯りもつけたと教えてもらったし、この時間なら日の光で十分作業可能だ。
「それに、庭師のみなさんの手を煩わせたくないもの」
まだぶつぶつこぼすマヤにたたみかけると、それはそうですね、って。正直ね。
昨日の様子を見ても、認めてくれても、かわいいと思うひとはいないようだ。
残念だけど、こればかりはしょうがない。
マヤには他のみんなに馴染むべく遠慮してもらい、温室へむかう。
昨夜行ったから、場所はわかっているので一人でも到着できた。
ガラス張りの温室は、実用性重視で飾りっ気はない。
中も育苗などに使っていただけだから、殺風景な状態になっている。
でも、花壇の雑草は定期的に除いてるようで綺麗だし、状態はとてもよさそうだ。
昨日運搬してもらった鉢は、端に整列して並んでいる。
全面ガラス張りだから、とても暖かく、植物を育てるには最適な状況だ。
しかも、種などを保管するための涼しい場所も別にあるという至れり尽くせり。
これを全部好きにしていいなんて、誰も見ていないのをいいことに、小躍りしてしまう。
我慢しなくていいなら、大きく育ってもらうべく、植え替えも大きくやっていこう。
早速スコップを使い、植える位置を決めて穴を掘っていく。
うん、土の状態もよさそうね。
モウセンゴケのようなもの、キンヒモみたいなもの、ブラックキャットみたいなの、この世界ではじめて見た植物も数種。
おおむね日当たりがよく、湿った土を好むけど、キンヒモみたいなのだけは鉢のままぶら下げておく。
かなりぎゅうぎゅうになっているので、株分けして、ひとつは私の部屋に飾ろう。
紫色っていうのがマヤ的には微妙らしいが、部屋にあってもギリギリセーフって言ってもらえてるし。
……わさわさ感がかわいいと思うんだけどなぁ。
せっせと植え替えていくと、みんなも嬉しそうに見える。
今まで窮屈で、悪いことをしたものね、申しわけないわ。
これからは思いっきり大きくなっていい、むしろ大きくなれと願いながら作業をする。
屋根をぶち抜いても許されるみたいだし。
いやでも、私としては縦より横なのよね、こう、うねうねって感じ。
温室の内部をぐるーっと回るくらいまで成長してくれてもいい。
玄関にかかるように枝を敢えて固定させるやつ、あれをこの子たちの蔦でできたら最高じゃない?
温室を開けたら門みたいになっててうねってる……最高だわ、頑張って、みんな!
あとは、モウセンゴケで地面を絨毯みたいに敷き詰めるとか、とっても素敵じゃない?
風が吹いてなくても、さわさわ揺れる様を、雨の日でも堪能できる。
ピンクっぽい色があるからかわいいし、色味でグラデーションしてもいいわね。
花畑ならぬモウセンゴケ畑目指して、どんどん増えてほしいわ。
で、モウセンゴケの合間にブラックキャットみたいなのが咲く感じにしたい。
こっちも大きくなって、ヒゲみたいな部分にもっと育ってほしいのよね。
絡まりそうなくらいたくさんあるのにこんぐらがらないところが神秘を感じる。
猫のヒゲみたいな今の細さだと普通だから、もっと太らせたい。
腕と同じくらいになったら、絡ませてみたいじゃない、この世界なら叶うはずよ。
夢を大きく持ちつつ、植えられたみんなに魔力を流していく。
私の力はあまり強くないから、そこまでの成長は見込めないかもしれない。
でも、植え替えで傷つけたかもしれない根の修復とかにはなるはずだ。
手に負えないくらい巨大化……はなくても、バレたらまずいから魔力はあまり注いでいなかった。
これからは遠慮なく流してみて、反応を見てみたい。
大きくなってきても、こそこそ隠れて育てなくていいというのはありがたいわね。
丁寧に作業を進めていって、無事完了。
これが順当に育っていけば、まず、入口でわさわさっと連なる子たちがお出迎え。
モウセンゴケ畑のような場所を見つつ、ブラックキャットと戯れて、上はキンヒモがリボンみたいに飾る。
一番綺麗なスポットには、椅子と机がセットしてあるから、すわってゆっくり鑑賞できる。
……うん、我ながらいい配置だわ。
完成したらぜひみんなにお披露目したい。
芸術に昇華できれば卒倒しないでくれるかもしれないじゃない。
あまり根を引っかけたりすることもなく、キンヒモっぽいのも無事に株分けできた。
道具もすべて準備しておいてくれていたので、とても楽だったわ。
……でも、この育てかたで大きく育つか、ちょっと自信ないのよね。
愛と萌えはこれ以上なくこめているけど。
一般的な園芸書と、昔の知識でなんとかしてるだけ。
シルス様の仕事柄なら、魔花の本がありそうだし、借りることはできないかしら。
今のところ問題なく育っているが、もっとやりかたがあるなら知りたいもの。
他の種類の情報も欲しいし……知らない植物の中に、私好みに近いものがあるかもしれない。
そのものズバリもあったりして。だって魔法のあるファンタジー世界だし。
今いる子たちは勿論大事だし、大きく元気に育ってほしいけど、こんな広くて立派な温室を見たら欲が出る。
その分働きますから! って頼んだら買わせてくれないかなぁ……
「ありがとうございました!」
小さいキンヒモの鉢を抱えて温室を出ると、ちょうど庭師がいた。
いいところで、と道具のお礼をすべく、左側へまわって大きめの声を出す。
右耳が聞こえないという庭師はどういたしまして、と笑った。
「主は滅多に外出しませんから、せめて庭を見て和んでもらおうと」
「とても素敵だと思うわ」
気分が華やぎそうな、でも派手すぎない程度に、花と緑がバランスよく配置されている。
色も様々だが明るい色が多いのは、そういう理由なのだろう。
私のコレクションに対しても、手が必要なら声をかけてくださいと言ってくれた。
仕事だから当然なんだけど、それでも嬉しいもので。
手伝ってもらわなきゃいけないくらい育ってもらうのが今の夢よね。
温室からもどり、少し休憩をとったあと、仕事が終わったというのでシルス様の執務室へむかうことに。
……勿論、服は着替えたわよ。マヤの顔が恐かったし。
先日と同じく、仕切り布越しの体面になる。
「先に署名をお願いしてもいいだろうか」
すでに夫の欄は記入ずみだったようで、訪問した時はすでに用紙が置いてあった。
……あら、ちょっと面白い字。
直線的というのだろうか、角張った字のクセらしい。
読みやすい代わりに、教科書的な印象を受けてしまう。
なんて感想を持ちながら私も署名をする。
ちなみに私の字はごく普通、一般的な代筆業ならできるかな、くらい。
ただ、実家の帳面つけをしていたので、数字の読みやすさには自信がある。
「なにかあればすぐに相談してほしい。離縁する際も、あなたに害がないよう取り計る」
書類上とはいえ結婚してすぐの発言としてはいかがなものかしら。
それがシルス様なりの優しさなんだとわかっていても、普通の令嬢はむっとしそう。
現状ではここでの生活、私には得しかない。
土に植えつけたあの子たちのためにも、絶対追いだされたくないわ。
「相談……より、これからも定期的に、こうしてお話がしたいです」
断られるかもしれなくても、話してみなければわからない。
オーゴさんに書類を渡したあと、思い切って提案してみた。
二日目ではまだ性急だったかもしれない、でも、遅くなればなるほど、言いだしにくくなりそうだった。
図々しすぎたかしら、とちょっと不安になってきたところで。
「話……わたしと?」
シルス様の心底不思議そうな声。
他に誰がとツッコミかけて、踏みとどまる。
今までまわりには、雑談のできる相手も少なかったのだろう。
……友人、とか、いるのかしら?
でもそれ聞くのはかなり失礼よね。
「契約上の夫婦ではありますが、同じ家で暮らす家族になるのです。お嫌でなければ、ですが」
仕事をしているし、声にもハリがあって、掠れたり咳込むこともない。
だから、怪我の後遺症などがあるとしても、日常生活は送れるのだろう。
なら毎日でなくても、こうして些細な会話をする時間はとれるのではないかと考えた。
関わらずにいるのは簡単だ、でも、シルス様は父とは違う。
名目上とはいえ夫になった相手を知りたいと思うのは、自然なことじゃないかしら。
「……会話するとしても、この状態でになるが」
少し薄暗い部屋、ハーブの匂い、仕切り布越し、の条件がつくってことよね。
それって、そんなに問題なのだろうか。
「シルス様の話しやすいかたちが一番です。もし、会話がつらいなら、手紙にしましょうか」
交換日記のようだなと思いだしたが、通じないから文通と表現しておく。
相互にやりとりができるなら、方法はなんだっていい。
ただ、間に第三者を挟むと、伝言ゲームみたいに内容が変わる可能性があるから、それは避けたい。
「いや……長時間でなければ、会話は問題ない」
時間が長いと身体に負担がかかるのかしら。
二日目で申し出たのは、ちょっとまずかった?
でも、心配から深く聞いたら、嫌がられているととられて撤回されるかもしれない。
ここは、押し切ってしまおう。
「でしたら、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
ふふ、と小さく笑う声がした。
そんなに変なことを言ったかしら。
でも、悪い印象ではないなら、いいことにしよう。
そこでシルス様とは毎日、執務が終わり、夕食までのあいだに話すことを決めた。
年上の男性との会話ってあんまり経験がないけど、とりあえず、植え替えたみんなの紹介をしていきたいわね。




