04:その夜
「リッサ様、お夕食はどこへ運びましょうか」
シルス様の書斎から出ると、控えていたオーゴさんに声をかけられた。
このお屋敷ではそろそろ夕食の時間らしい。
「シルス様と一緒……は、無理ということよね?」
「……はい、主はいつもお一人で召し上がっています」
でしょうね、と想像していたので追求はしない。
私は仕切り布越しの食事でも構わないが、なにかしら身体に不自由があるなら、それも嫌だろう。
手に障害があってうまく食べられない可能性もあるし。
誰かとの食事というのは、気の合う相手なら楽しいが、逆の場合はひたすら苦行になる。
でも、一人で食べるのも味気ないのよね。
「できれば、広くないところとか、配膳室の近くで食べたいのだけど」
実家では食事の作法の復習をする時以外は、使用人とほとんど変わらないものを食べていた。
食費を浮かせるためというのもあったし、私自身の食の好みが野菜系だったからだ。
今の身体は若くて健康だけど、どうにも肉の脂がしんどかった記憶が根づいていて……
ついでに、貴族としてはよくないことだけど、みんなと一緒にご飯を食べていた。
同じことを急にここでやるのは難しくても、そのうちなし崩しにできればいい。
私の提案にオーゴさんは目を白黒させていたけど、一人分を運ばせる手間も申しわけないし、とそれっぽい説得をしたら折れてくれた。
会話中、そばにいるマヤの視線が痛い。かつてと同じことをしようとしているって、バレてるわね。
黙っててくれているからありがたい、この先も密告しないようお願いしておこう。
で、オーゴさんと話して、案内されたのは貴族の屋敷としては本当に小さな部屋。
昔はシガールームとか、ティールームだったのかしら?
配膳室からも近いし、運ぶ手間が少なそうで気は楽だ。
一人で食事は変わらないが、ぽつんとしてないからまだマシね。
肝心の食事はとてもおいしかった。
ここの料理を担当しているかたは、地方の砦で料理番をしていたらしい。
ところが魔物の襲撃で怪我を負い、そのため働けなくなった。
片足を失い、見えるところに傷も残ったため、どこも雇ってくれず、最後ブラムリィ家にやってきたそうだ。
「とってもおいしかったわ、ご馳走様! 特に野菜スープがとても好きな味でした」
自分で食器を返しに行くと恐縮されたが、手が空いている者がやるべきでしょう。
まだ邸の中で私の存在は当たり前になっていないから、余計な仕事を増やしているのだし。
ついでに皿洗いもする気だったのに、涙目で勘弁してくださいと懇願された。
マヤにも呆れた顔でやめてくださいと言われたわ。
なによ、実家では皿洗いのスピードを褒めてくれたくせに、常識人みたいな顔をして。
でもこれだけは、と味の感想を伝えると、コックは驚いた顔をしていたが、次には嬉しそうに笑う。
どうやらブラムリィ邸には、彼のように、事情があり、ここで働いているひとが多いらしい。
シルス様には他人事と思えないからなのだろう。
でも、ただ助けるだけじゃなく、ちゃんと仕事をしてもらうところも好感が持てる。
そういう経緯で雇われた使用人だから、忠誠心も高く、外部に噂が漏れていないのもうなずける。
……にしても、これからどうしたものか。
内向きのことをさせてもらえるのはありがたいし、しっかり勤めるつもりだ。
それ以外、実家でしていた掃除、洗濯……は当分、やらせてくれそうにないわよね。
「そりゃそうですよ。とりあえず、普通の貴族女性らしく、刺繍などをすればいいのでは?」
マヤからもっともなツッコミが入った。
刺繍……教養としてそのあたりはひととおり経験している。
父に怒られないようにと頑張ったので、人並みではあるものの、好きかというと……普通?
しばらくはこの手の話にありがちな、邸の探索とかからしてみるとして。
ああでもなにより、温室に鉢植えを運んでもらっただけだから、土に植え替えるのが先ね。
遠慮せず地面に植えつけていいって仰ってくれたのはしっかり覚えている。
植え替えて、肥料を与えて……のびのび育って素敵な姿になってほしい。
……うん、めちゃくちゃ楽しみだわ。
──その後、入浴でも一悶着あった。
シルス様は一人で浴室を使っているので、私の分はまた別の浴室らしい。
魔道具もあるし炎系の魔法を使える使用人もいるのですぐできるからと、そこまではよかった。
ただ、案内されたお風呂は、私一人が使うにはあまりにも立派すぎた。
由緒ある邸を甘く見ていた。湯船も三人くらい入れる大きさだし、広い。
贅沢に入れるのは嬉しい気持ちもあるけど、とても毎日使う気にはなれない。
だってこの広さを私一人で使うってことは、使う湯量も掃除の手間もすごくかかるのよ?。
マヤ一人増えたところで、増えた仕事量に追いつかないだろう。
でも小さい浴室は他にないということで、じゃあ自分で掃除しますと宣言した。
使用人たちのお風呂を使うと言いたかったけど、察したらしいマヤに釘を刺されてたから、それは我慢したわ。
オーゴさんは話を聞いあと、色々な意味で涙目になっていたらしいけど、だって勿体ないじゃない……
残り湯を使うとかもあまりない世界だし、蓋をして翌日もなんて論外だし、そもそも蓋がないし。
とりあえず今日はもう遅いので、明日以降シルス様に直談判しますと言って、いったん保留になった。
「リッサおじょ……リッサ様、仕事をさせるのも上の者の役目ですよ」
寝る支度をすませたあと、マヤに苦言を呈されてしまった。
味方になってくれると思っていたのに。
でも使用人側からすると、たしかに困るのかしら……
また距離感も計りかねている状態だものね。
「でも、仕事を増やして大変な思いもさせたくないもの」
すべての仕事を奪う気はない、みんなも生活があるのだから。
だからといって、あぐらを掻いているのも性に合わない。
ちょうどいい落としどころを見つけるまでは、しばらくかかりそうだ。
「わたしは慣れてますし、それがリッサ様ですが……」
「──ああ、マヤに板挟みもさせてしまうものね。気をつけるわ」
これでマヤがハブられてはまずい。
私も、誰も知り合いがいない生活は心もとないから、マヤにはいてほしいし。
変なふうに我が儘な奥様、とならないよう、言動には注意しなきゃ。
明日からの動きを考えつつ、ふかふかの布団にくるまった。
とにかく温室へ行って植えつけだけは外せないわ、と考えながら。




