10:開花
趣味に突っ走る私の日常も、大分ルーティン化してきた。
午前中に仕事をして、午後は温室のみんなの手入れ。
魔力を流している分、カロリーを摂取しなさいと、おやつタイムまでしっかりとっている。
私好みのラフレシアに育てるためには必要よね、と食べているわ。
夕食前には、シルス様と書斎で話すのも恒例になっている。
ラフレシアの成長具合の報告があるから、一日だって欠かせないわ。
シルス様は朝起きてすぐくらいに、温室へ行っているらしい。
成長具合は毎日チェックし、もらったノートに記入して、シルス様とも情報共有している。
私は完全な素人、シルス様も植物は最低限の知識というけど、年期が違う。
過去の仕事で見つけた植物の話などもしてくれるようになって、とても興味深い。
ラフレシアへの魔力の入れかたも、シルス様のほうが上手だから、コツを教えてもらった。
ついでに魔花だけじゃなく、薬草の話なんかも聞いている。
これでは授業みたいだなと苦笑するシルス様に、面白いからもっと聞きたい、とせがみもした。
だってシルス様、教えるのが本当に上手なんだもの。
私の知識は本当に少なくて、あまりいい生徒役にはなってないけど……
嫌がる雰囲気を出さず、丁寧に教えてくれるシルス様はとても優しい教師になれるわね。
って褒めたら、微妙な感じになってしまった。
考えてみれば貴族なのだから、教師がむいてるって言われても、あんまり嬉しくないか。
そんなある日。
「……ああ、やっと片づいた」
夕食後、進めていた作業が終わり、やれやれと肩を回す。
──ここは、自室に宛がわれた客室の隣になる。
私の育てている子のレポートが読みたい下心が一番、どうせなら整理もついでにやれば無駄がないが二番。
あとはシルス様への恩返しにもなると、保留にしていた資料整理を引きうけた。
期限は設けないし、無理しなくていい、と前置いて運ばれてきた資料は、とにかく膨大だった。
とどいた時は私も同席していたけど、箱が何箱もやってきたから、ちょっとびっくり。
シルス様も予想していたより多かったようで、声に困惑が混じってた。
まとめるにあたってどこで作業しようか相談したら、一部屋まるまる使っていいと言われて、ここに移してある。
泊まる者がいないからとはいえ、太っ腹よね。
シルス様のラフレシアはすくすく成長していて、もう蕾のようなものがある。
手探りで育てているので、ちゃんと花が咲くか心配だから、少しでも情報が欲しい。
折角なら、綺麗な花になってほしいものね。
魔力だけじゃなく、肥料とか、土とか、私でもできることはたくさんある。
ということで、大量の資料の中から、ラフレシアに関するものを探しはじめたんだけど……
違う資料もまた山の中にぽい、だと二度手間になってしまう。
だから、ざっくりすべて分類したため、時間がかかってしまった。
花が咲く前にまにあうか焦ったけど、なんとかなってよかったわ。
「さて! ようやく読めるわね!」
机の上にまとめておいた、ラフレシアが記載された資料を前に、にやにやが止まらない。
椅子に腰かけて、一枚ずつ確認していく。
分別していた時は流し読みだったから、内容を精査するのははじめてだ。
ラフレシアは巨大なので珍しさが勝つらしく、魔花の中ではメジャーらしい。
魔力によってかなり差が出る、というのも研究者には興味の対象だろう。
いくつか結果の書いたレポートもあったが、かなりバラつきがあるようだ。
でも、写真がないこの世界、絵も描いていないものばかりなので、よくわからない。
それでもそこそこのレポートがあったので、私は大喜びでじっくり読んでいく。
楽しく紙をめくっていくと、気になる文言を見つけた。
「魔力を注いだ場合、深夜に変化が出ることが多い?」
ラフレシアで変化が出そうな部分といえば、花の可能性が高い気がする。
夜に変化……ってことは、咲くのが深夜? なにそれ、月下美人じゃあるまいし。
それじゃあ、知らない間に花が咲いてしおれてしまうかもってこと?
事実ならめちゃくちゃ勿体ない、是非とも見てみたいのに。
悩んだのは一瞬で、私はすぐ部屋を出た。
オーゴさんを探してもらうと、ちょうど入浴中らしい。
確認したら、シルス様は自室にいるそうなので、鉢合わせの心配はない。
だったらと温室へ行く旨を玄関の警備に伝えると、敷地内だからまあいいでしょうと言われた。
ありがとうの言葉もそこそこに、急いで温室へむかう。
到着した時、ラフレシアはまだ蕾だった。
シルス様が魔力を注いだラフレシアは、茎だけが太く伸びて、根元に少し広い葉がついている。
そして、てっぺんに蕾のようなものがひとつというシンプルな形状だ。
普通に育てると、あまり茎も伸びず、私も知るラフレシアみたいな花がぽつんと咲くから、茎が伸びているのは魔力によるのだろう。
……って、先端が膨らんでいるから蕾だと判断しているけど、じっと観察してみても、昼間の姿と変化はない。
情報を見て気が急いてしまった……だって見逃したくないじゃない。
でも、定点カメラなんてないし、地面に植えているから、バルコニーに持っていくのも無理。
邸の警備は一日中しているものの、温室内には有事の際しか入らない。
巡回ついでに様子を見て、変化していたら教えて、と頼むのは、ちょっと我儘すぎると思うのよね。
だって警備のみんなも、ここはあまり入りたくないって言うし……
でも、夜更かしのしすぎも仕事に支障が出てしまう。
遅くなったら、マヤたちに迷惑をかけるし。
魔力を与えて育つものだから、花は年に何度も咲く可能性が高い。
もう少し見ていて駄目だったら、あきらめて部屋へもどろう。
そう決めて、待っている間、折角だからもう少し自分のラフレシアに魔力を注ごうと思い立つ。
一度にたくさん入れると貧血みたいになってしまうが、夕食を食べて元気いっぱいだ。
念のため、午後にやった分より少なめにしておく。
私のほうのラフレシアは、茎の長さはせいぜい二十センチ程度。
蕾らしきものは見つけられないので、まだ成長すると願っている。
かたやシルス様のほうは、私の背丈と同じくらいまで茎が伸び、太さも桁違いで、とっても立派。
茎の太さも私の手首くらいあるから、さぞ栄養もたくさんもらっているんだろう。
こうなると、ラフレシアみたいな大きな花が咲く期待をするのは当然よね。
だから、開花の瞬間を見たいんだけど……
そんなことを願いつつ、自分のラフレシアに魔力を通した、瞬間。
──ざわ、とした気配。
魔力感知が得意ではない私でもわかる、力の発露。
すぐ横のシルス様のラフレシアからだ!
手を止め視線を横にずらすと、ぱっと見てわかるくらい、全体が震えている。
蕾も細かく振動していて、ごくりと喉が鳴った。
どれくらい注視していただろう。
震えが大きくなったと思うと、フラッシュを焚いたような光がはなたれ、我慢できず目を閉じる。
落ちついたころに目を開けると──
割れた茎から無数の触手のような枝が生まれていて、ラフレシアに似た花も綺麗に咲いていた。
ラフレシアって赤かった気がするけど、現れた花は冴え冴えとした青色で、ああ、魔法の世界だなと奇妙な感動を覚えた。
それよりぶわっと広がった触手はとても綺麗で、花よりそっちに目がいってしまう。
目の前には、以前は本や画像でしか見られなかったもの。
それが、今は、さわれる距離にある。
ざわざわと揺らめいていた触手の部分に、我慢できず指を近づけた瞬間、私の身体はソレに巻きつかれた。




