11:秘密
茎が破裂して出てきたソレは、私の腕と足を絡めとり、さらに腰にも巻きついた。
巻きついた部分……茎なのか枝葉なのかわからないから触手とする──は、絞めつけてはこないみたい。
でも、私の力で脱出するのは難しそう。
ハエトリ草みたいな構造なのか、触手はべたついてくっついているからだ。
この、無数の触手が全身に絡まっている状態は、昔、数え切れないほど読んだシチュエーションと同じに違いない。
第三者目線で様子を見たいのに、できないのが本当に残念すぎる。
触手モノのお約束を踏襲してくれているのに!
──いやでも、モデルが私じゃ自分で見ても萌えないわ……なんてこと。
でも、べっとり絡んでいるこの感触はたまらない。
実際になると、こんな感じなのね、凄いわ……!
服が溶ける様子はないから、酸性ではないのかしら? 実際に布一枚溶かすなんて、難しいものね。
粘液も透明みたいで、水に濡れたようになっているだけで、服の色は変わらない。
いくらか甘い匂いもするような? 粘液の香りかしら。
全身べたべたって片づけ大変そうだけど、滅多にないこのチャンスだもの!
現状、どうすれば逃げられるかわかっていない。
だからじっくり楽しんで……じゃない、調べなくちゃ、ええそう、時間をかけてね!
私はうっとりしそうになるのを我慢して、脱出方法を考えることにする。
そもそも、どうして急に、こんなに沢山の触手が出てきてくれたのか。
お約束パターンだと種を植えつけるためよね。
でも、この触手たちは、あくまで対象を捕まえるためにしか見えない。
私が魔力を使って変化したのは、触手部分と──花。
花というのは普通の植物なら、種をつくるために咲く。
でも魔力に反応したということは──種のために魔力を吸いとる?
もとのラフレシアが食中であることを考えると、正解の気がしてきた。
つまり、触手の仕事は対象の捕獲。
花の仕事は……私はようやく、触手から青く巨大な花へ視線を移した。
私の予想は当たりのようで、ラフレシアの花の中心には、深めの穴のようなくぼみがある。
……まさか、あそこに頭を突っ込まされるのかしら。
それって効率いいのか悪いのかわからない。
ずるずると触手によって私の身体が移動させられ、予想どおり、花のそばへ持っていかれる。
ただ考えたのと違った部分は、花びらが動いて、くるむように頭を覆ったことだ。
目の前が真っ暗になり、流石にちょっと不安になる。
でもすぐ、さらに別の甘ったるい匂いがしてきた。
シルス様の書斎の香りではないから、これは、多分、花本体の。
甘い匂いでぼんやりさせて、魔力を、……うん、吸われてる、みたい。
それともこの匂いのせいで私が、流してる、のかも?
……うぅん、ぼうっとして、よくわからない。
ぎりぎりまで吸われちゃうと、ちょっと、困る、けど、逃げたくても、身体が動かない。
息が苦しくて、でも気持ちいいような、気もする。
昔、何度も妄想した状態だからっていうのもあって、もすこし、くらい、このまま、……
…… …… ………
「テンタリッサ嬢!!」
──遠くから、声が、する。
聞き覚えのある、でも、こんな、叫び声は、知らない。
「目を覚ましてくれ! ああ……私が、私が魔力を流したから……!」
血を吐くような、悲痛な声。
ああ、それは、違うのに。
「ちが…います、わたし、も、そうしてって、望みました」
「テンタリッサ嬢!」
とにかくシルス様を安心させたくて、まだ、目も見えない状態のまま、口を動かす。
呂律もあんまり回らない、けど、とにかく、シルス様は悪くないって、伝えなきゃ。
いつのまにか甘い匂いは遠くなっていて、真っ暗だった世界は明るくなっているようだ。
まだ見えていないけど、触手からたすけてもらった、みたい。
「魔力、吸われすぎは、やっちゃったって感じ、ですけど、うれしい、から、大丈夫」
なんなら今後も安全性に配慮してお願いしたいくらいだ。
魔力は別で渡すから、触手に絡めてもらうところをおかわりしたい。
いやでもさっきは、茎から弾けて出たから、いいとして、今後は衛生的に……どう、だろう?
毎回、茎にもどってくれれば、いいけど。洗うのは難しいよね……?
でも土まみれの触手に絡まれるのはちょっとイヤだ。
「嬉しい? あんな気味の悪いものに絡まれて?」
一般的には、そうなりますよね。
私も前の時に友人にドン引きされたから、でしょうね、って思います。
でも、私は……
「私……触手が、萌えなんです」
「──は?」
そう。実は、私は。
「触手が萌えなんです、大好きなんです。だから、触手に絡まれたのはむしろご褒美で、絡んでもらった代償が魔力だというなら、喜んでさしあげます! って思いで、あんまり逃げようとしていませんでした。だって同じことは二度としちゃいけないって言われるかもしれないから、この一回にすべてを賭けておきたくて」
「ちょ……ちょっと待ってくれ、も、萌え……? 好き?」
シルス様がなにか言っていたけど、夢中な私は気づかないまま喋り続ける。
「でも、浅慮でしたね。シルス様にも、ご迷惑をかけてしまいました」
魔力による変化が大きいと知っていたのに、危険な可能性を考えず一人で温室へきた、これは私のミスだ。
私一人が犠牲になって終われば、萌えに走った結果だから文句はない。
でも、これが私の魔力を吸ったあと、足りないと温室を出て動いて他のひとを襲ったら?
その時は私だけじゃなく、シルス様にも責任が及んでしまう。
邸の中でのことだから、内々で処理できるにしても、早計だった。
……ということに、今さら思い至るあたり、情けない。
「いや、そもそも私が、一度に多くの魔力を流しすぎたせいもある」
苦しげな美声って、これもまた萌えますよね。
悔しそうなシルス様の声は、とても近い。……そういえば近いわね?
あと、他のひとは? いないの? 声がしない。
身体が落ちついてきたのか、徐々に視界がもどってくる。
シルス様の右手は私の頬にふれていて、左手は絡んでいたらしいラフレシアの触手をまとめてつかんでいる。
その先についていた花も色が悪くしぼんでいる。
──でも私、上半身を起こしているのよね。
力が入っていないから、自力で起きてるわけじゃない。
……じゃあ、私の背中を支えているのは、誰の手?
手足の感覚も出てきたので、身じろぎすると、シルス様がはっと身体を震わせた。
離れようとしたのか下がろうとしたものの、そうすると私が倒れると気づいたのだろう、動きが停止する。
私は力の入らない指を賢明に動かして、シルス様の服の裾をつかんだ。
「……っ、見ないでくれ、こんな、おぞましい姿……!」
悲鳴じみたシルス様の声。
──ああ、だから、姿を現さなかったんだ。
姿は見せられない、でも歩くことはできる。
病気に罹っているわけでも、怪我の後遺症があるわけでもなかった。
わかってしまえば、今までの不思議なことすべてに説明がつく。
だから私は、しんどい状態のまま、なんとか笑顔を浮かべてみせた。
はやく、このひとを安心させなくちゃ。
「見ても平気です、むしろ今、すごく嬉しいです」
まだ頭がぼやけてるから、多分、かなりしまりのない顔で笑ってるだろう。
令嬢らしからぬ表情だろうけど、繕ってない分、信じてもらえるといい。
だって、長年の妄想が現実になったんだから、しょうがないじゃない。
私の発言が信じられないらしく、呆然としたシルス様。
どうすればいいかな、と鈍い思考で悩んで──視界の端に見えたそれに、指を絡めた。
「さっきも言いましたよね。私、触手が大好きなんです、本当に」
シルス様はラフレシアから私を引き剥がし、近くのベンチに運んでくれていたようだ。
そこで上半身を起こして呼びかけていたのだけど、背を支えていたのは、シルス様の身体から伸びている──
──数本の触手たち。
私は上半身から伸びているらしい、そのうちのひとつに指をかけている。
袖がたっぷりしているのは、それらかわいい触手が出やすいためだろう。
背中を支えているのは、下半身にあたる触手の何本かのようだ。
つやつやと艶めかしくて、とても美しい。
人肌くらいの暖かさで、ちょっとしっとり。皮膚よりは生々しい感触。
滑り止めなのかなんなのか? 繊毛のようなものも生えているみたい。
「すごいです、素敵です、ずっと触っていてほしい」
うっとり呟いたが、どうも頭がふらふらしてきた。
魔力切れを起こしているからだろう。
もともと少ない魔力を流していた上に、吸われたんだから当然だ。
まあ、多分死ぬことはない……と思う。
「すみません、シルス様、詳しい、お話は、……あとで……」
「……っ、テンタリッサ嬢、すぐ部屋へ運ぶ……!」
ずるり、という、引きずるような音がして、浮遊感がする。
ゆらゆら身体が揺れるのと同じタイミングで、その音が続いていく。
これは多分シルス様の触手の移動音だ。
ああ、だから繊毛があるんだなと納得した。
首を曲げて、歩く姿を見たいのに……悔しく思いつつ、意識は途切れた。




