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12/22

12:夢じゃない

「……夢じゃないわよね」


 目を開けて見えたのは、いつもの部屋の天井だっから、呆然と呟いた。

 あんな素敵な触手を見たのが夢だったとしたら悲しすぎる。

 ……ああ、でも、甘い匂いがしないことに、安心もしちゃうわ。

 憧れていたシチュエーションでも、思いだすのがうまくいかない。

 ……実際に絡まれると、恐いものなのね。

 でも、もう一度くらいなら……たしかめてみたいような。


「リッサ様ぁ……!」


 マヤの涙混じりの叫び声がすぐ横からした。

 首を動かそうとしたら、とてつもなく重い。

 ようやくマヤの顔を見ると、ぐしゃぐしゃになっていた。

 こんな姿、はじめて見るわ。

 目にクマもあるし、ずっとついてくれていたのかしら。

 寝てただけなのに。


 雑に涙をぬぐったマヤは慌てて扉の外へ走り「リッサ様が目を覚ましましたー!!」と大声で叫んだ。

 大袈裟な、と止めたくて起きようとしたのに、くらくらした。

 魔力を使いすぎると、こんなにだるくなるなんて知らなかった。

 めちゃくちゃ苦労して上半身を起こそうとしていたら、もどってきたマヤが手伝ってくれる。

 夢ではなかったのかしら。

 触手のことをつぶさにノートに記述もしたいけど、それより先にシルス様に会わなくちゃ。


「シルス様のところに行きたいの」

「ダメに決まってます! 起きたばかりでなに言ってるんですか!?」

「勿論、身支度を手伝ってもらってから」

「そういう問題じゃありません!!」

「マヤの言うとおりです」


 もの凄い剣幕だなと思っていたら、静かな声が割って入った。

 無表情で立つオーゴさんに、続けようとしていた言葉が消える。


 これは、ガチ怒りというやつでしょうか。

 怒りどころかなんの表情を見えないだけに、すごく、圧がある。

 ……で、でも、負けるわけにはいかない。


「主はリッサ様の体調が安定したら、きちんと話をしたいとのことです」


 流石というか、気にしていることを言ってくれた。

 事故とはいえ、私はシルス様が隠したかった姿を見てしまった。

 私は触手が見られて大喜びだけど、シルス様の慟哭を思いだした今、萌えてばかりもいられない。

 時間が経ってこじれる前に、はっきりさせておこうと思ったのだけど……

 オーゴさんも、マヤも、起きる許可を出してくれそうもない。

 強行したらベッドにくくりつけるくらい、やりそうだわ。

 会ってくれると約束してくれたなら、今は信じるだけね。


「……じゃあ、今はおとなしくしています」

「そうして下さい。一日半近く眠っていたのですから」


 気づいてそばの時計を確認すれば、午後二時くらい。

 一晩眠っていただけだと思っていたのに、実はその二倍だったのね。

 そりゃあマヤもみんなも心配するわと納得した。

 開いたままの扉のむこうには、代わる代わる使用人の姿が見えた。

 みんな、私が起きているのを確認して、ほっとした顔で去って行く。


 病院のベッドのような細長いテーブルが運ばれてきて、食事と飲み物が置かれた。

 オートミールっぽいのは苦手だと前に話したから、具を溶かしたスープをつくってくれたみたい。

 固形物でもいいのに、とこぼしかけたが、マヤの顔を見て、やめた。

 ごはんを見たらお腹が空いてきたので、ぺろっと平らげた。

 食べ終わったと思ったら医者がやってきて診てもらったけど、特に問題はなし。

 このまま休めば大丈夫とお墨つきをもらった。


 診察結果を聞く時はオーゴさん、マヤ、あと、侍女頭も一緒だった。

 私の状態をシルス様に報告するというので、慌てて待ったをかける。

 マヤにレターセットをとってもらって、大急ぎで文章を書いた。

 言伝でも、オーゴさんにならまかせられるけど、私の気持ちの問題だ。


『たすけてくださって、ありがとうございます。あの夜、あの時の言葉は本心です。

 そのことも含めて、元気になったらお話しさせてください』


 簡素だけど、あまり待たせてもいけない。

 マヤたちもいるので、触手の文字は使わないでおくが、伝わるはずだ。

 私はそれを開いたままオーゴさんに渡した。内容の確認が必要だと思ったから。

 さっと読んだ彼は、丁寧に折り畳むと「たしかにお渡しします」と約束してくれた。


「さあ、もう少し休んでください。まだ魔力も回復していないそうですから」


 また寝るなんてと抵抗したが、徐々に眠くなってきてしまい、調子が悪いのは本当のようだ。

 ちょっとでも様子が怪しかったら、シルス様に会う許可は下りないだろう。

 だから私はおとなしく寝ることにした。


 ──それからいつもの夕食時まで眠って、起きたら固形物多めの食事。

 好みだと伝えていたものばかりで、ありがたいやら申しわけないやら。

 マヤに頼んで、コックにお礼を伝えてもらう、元気になったら、また手伝いもしなきゃね。

 普段別々に食べているけど、シルス様と食事のメニューは一緒になっているらしい。

 合理的な判断だけど、今回も同じならシルス様に悪いし、別々ならつくる手間をかけて悪い。

 食べたあともなんともないから、明日になれば大丈夫そうだ。

 食器を片づけるマヤを視界に入れつつ、ふと、株分けしたキンヒモを見て温室のことを思いだす。

 今まで忘れていたなんて、なんてこと。


「あ、植物の手入れは……」

「それなら旦那様がしたから安心していいと、オーゴさんから」


 え。まさかのシルス様本人が?

 どの子も落ちついているから、水やりだけでも問題ないとはいえ、さらに申しわけないポイントが増えてしまった。

 触手事件が起きたあとだから、というのもあるだろうけど。……って。


「シルス様はご無事なのよね?」


 また襲われたりしていたらと不安になったが、マヤは問題ありません、と断言した。

 念のため、一定時間してももどらなかったら警備が入ると決めていたが、ちゃんと無傷だったらしい。

 それならよかった、と息をつく。

 私は自己責任だからいいとしても、シルス様に怪我をさせたりは嫌だ。

 ……って、よく考えたら、触手をつかんで平然としていたわね。

 魔力が強いのも、扱いが上手なのも、本当のことなのだろう。

 そんなことを話していると、オーゴさんがやってきた。


「リッサ様、こちらお預かりしています、どうぞ」


 渡されたのは私が頼んだ時に使ったものと同じレター用紙。

 もともと机に入っていたもので、ブラムリィ家の家紋が押してあるもの。

 ちょっと緊張しながら折り畳まれた中を開けてみる。


『明日を待っているが、体調が回復していなかったら延期すること。

 会う約束を反故にはしないから、安心して欲しい』


 何度か見た角張った文字で書かれていた文章に、ほっと息をつく。

 わかった、と伝言するだけでも十分なのに、私に合わせてくれるなんて、本当に優しい。

 でもこれ、手で書いたのかしら。触手でも書けるのかしら。

 ……いけない、つい考えちゃう。でも、気になるのはしかたないわよね?

 これは、なんとしても明日には元気にならないと。

 オーゴさんにお礼を言うと、私はすぐ寝る支度を手伝ってもらう。

 いつもは一人でするけど、今日はマヤも離れませんと宣言して、いつも以上に世話焼きだ。


「本当にありがとう、マヤ。今私がここにいられるのは、あなたたちのおかげだわ」


 マヤを含めた実家の使用人にも、私の触手萌えははっきり伝えていない。

 まあ、集めていた植物から、若干傾向は読めていただろうけど。

 魔花の魅力も伝わらなかったから、触手はもっとニッチだろうと黙っていた。

 みんな、魔花に近づくのは嫌がったけど、それを好きな私のことは認めてくれた。

 父に放置されていても、味方になってくれて、私が大事だと言ってくれて。

 昔は、じゃあどうして触手のよさはわかってくれないんだろう、って悩んでたけど……

 ちょっと危ない目にあったからか、しみじみそう感じてしまった。


「リッサ様、もしかして体調が悪くなったんですか!? すぐお医者様を!!」

「違うわ、大丈夫よ、迷惑をかけたなって反省しているの」


 ありがたいなと、素直にお礼を口にしたら、若干失礼な反応だった。

 私、普段からちゃんとお礼を言ってるはずだけど?

 慌てて理由を説明すると、今度はそうですよ、と眉を寄せる。


「魔花のことになると無鉄砲なのがリッサ様ですけど、とっても心配しました」


 そんなに無鉄砲だったかしら、好きなものを好きに貫いていただけなのに。

 雨風の強い日に鉢植えを移動させて風邪を引いたりはしたけど……

 そういえばあの時も、めちゃくちゃ怒られたわね。なんで一人でやったんですか! って。

 だって急に風が強くなって、あの綺麗なモウセンゴケが切れたら、って思ったら、待ってられなかったんだもの。


「オーゴさんは元気になったらお説教って笑ってましたよ」


 笑ってお説教発言って……なにそれこわい。

 でも、今回に関しては100パーセント私が悪いから、正座して聞く心づもりでいよう。

 それくらい、ブラムリィ家のみんなにも気にしてもらえている。

 不謹慎だけど、嬉しいものね。


 みんなのため、そしてシルス様に会うため。

 まず、シルス様にちゃんと謝らなきゃいけない。

 それからまた話しをして……そうしたら、また見せてもらえるかもしれない。


 ……うん。はやく元気になろう。

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