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13/22

13:萌えですから!

 翌朝になれば貧血っぽい症状もなく、元気になっていた。

 流石、若い身体は違うわね、と感心してしまう。

 それでもみんなから、今日も無理はしないこと、と言われてしまった。

 なので、午前中の仕事はなし。

 午後の植物の手入れだけは、好きなことだからとゴリ押しで認めてもらった。

 ただし、水やりだけ、っていう厳命。


 空いた時間は、触手について書いておこおとノートをとりだした。

 つくづく、絵心がないのが悔しいわ……描けていたら、みんなにも萌えがわかったかもしれないのに。

 ただ、いざ書こうとすると、なかなかペンが進まなかった。

 触手萌えは本当で、今でも大好きなのに。

 思いだそうとすると、うまくいかない。

 また次の機会があるといいんだけど、今度は怒られないように。

 そうこうしているうちに昼食になり、一休みしてから温室へ。

 なんだけど……


「安全性は確認されたのでしょう? ついてこなくてもいいのよ」

「いいえ、絶対にお供します」


 温室までついてきたマヤに声をかけるが反論された。

 シルス様によって、日中は問題なしと報告を受けたから、一人でも大丈夫なのになぁ。

 マヤだけじゃなく、警備担当までついてきたし。

 ただ、二人とも中へ入るのに葛藤しているようだったから、外で待っていてもらう。

 義務感から無理に入って、もっと苦手になられても困る。

 嫌いですって言われたら、私もショックだし。

 無理に押しつけて、トラウマになったら、今後の布教もできないじゃない。


 水やりだけですよ! と念を押され、中へ入る。

 シルス様のラフレシアは、変化する前の姿にもどっていた。

 つまり、太い茎がある状態に。

 しかも幹の長さは縮んで、私のと大差ないくらいだ。

 蕾も一度開花したからか、見当たらない。

 本当に月下美人みたいに、一夜ですべてなくなってしまった。


 こんなに小さくなったのは、シルス様が魔力を調節しているせいもあるのかしら。

 ともあれ、魔力を入れるのも禁止されたので、本当に水やりだけする。

 雑草もこまめに抜いているから、今日はしなくてもよさそう。

 他の子たちはいつもどおり元気なので、先日の悪影響はなさそうでよかった。

 そりゃあ触手が一番だけど、今まで育ててきたのだ、愛着はある。


 いつもならじっくりみんなを眺めていくけど、今日はマヤが待っている。

 時間をかけたら突撃してきそうだから、早々に温室を出た。

 外からマヤが様子をうかがっているのが見えて、近づくとあからさまにほっとした顔になる。

 よっぽど心配をかけていたんだなとまた実感した。

 なんともないことを確認したらしく、よし、ですって。


「折角だし、庭をぐるっと回って帰りたいわ」

「いいですね、でも、つらくなったらそこまでですからね」


 過保護すぎる言葉に殊勝にうなずいて、整えられた庭を歩く。

 庭師からお見舞いにと花束をもらったりもした。

 ただ、その時「お好きな色があまりなくてすみません」って謝られた。

 紫とかが好きだと思われているらしい、ちょっと違うんだけど……


 ──そしていよいよ。


 以前と同じくらいの時間に、シルス様の書斎のドアをノックする。

 どうぞ、と声がしたので、失礼しますと開けた。


 中の様子は以前と変わっていない。

 窓のカーテン下りていて、室内は少し暗く、微かなハーブ系の香り。

 仕切り布のむこうにうっすらと見える人影もそのまま。

 私専用になっている椅子に近づいたとほぼ同時、


「本当に、もう体調は大丈夫なのか?」

「はい、元気ですよ」


 かなり心配されている模様。

 だから私はきっぱり断言を返した。

 ここで会話終了で帰されたら困るもの。


「改めて、たすけてくれてありがとうございました」


 深々と礼をする。

 手紙で先に伝えていたって、ちゃんと口にすべきだ。

 ご褒美みたいな時間でも、危なかったことは認めている。


「私のせいなのだから、礼は不要だ。それより座って欲しい」


 もう元気なんだけどなぁ、と思いつつ、心配そうに揺れる声には逆らえない。

 シルス様のいつもより少し小さな声は、不安、それとも?

 私のほうもうまく喋れるだろうか。

 触手萌えを語るのは簡単だけど、そうじゃないし、と考えていると、


「仕切り布を……かけたままで、すまない」


 苦しそうな声で謝られてびっくりする。

 机を仕切るべく上から下がっている重たそうな布。

 それは、最初に会った時と変わらない。

 シルス様の姿を見たからって、外すべきだなんて、言うつもりないのに。


「あの時のあなたは魔力を失って、意識も朦朧としていた。だから、その時の言葉が……真実だと、簡単には信じられない」


 魔力を吸われてぼーっとしていたのは本当だから、否定しづらい。

 どうしたって説得力に欠けるのも事実よね。

 あの夜見た触手たちのことはよく覚えているが、事細かに説明するのは間違っている気もする。


「信じられないのは当然だと思います。ですから、すぐに仕切り布を外してほしいと無理強いする気はありません」


 いつから触手が存在していたのかにもよるが、成人してから社交界に出席した話を聞いていない。

 となると年齢から逆算して、十年以上ということになる。

 それだけの間、自分の存在をおぞましいと感じていたのに、すぐさま晒せるはずない。

 長年、この邸にいる使用人のほとんどにも、隠している状態なのだから。

 自分の秘密を教えて、もし、今までの良好な関係にヒビが入ったら?

 想像するだけでも恐ろしくて、立ちすくんでしまうだろう。

 だからこのままでいい。触手が見られないのはとっても残念だけど。

 とにかく、今日の目的、私の嗜好だけはカミングアウトしておく。

 なるべくソフトにって思ったけど、


「──私は、触手が大好きです」


 無理だった。

 でも萌えは通じそうにないから、好きに置き換える。


「でも、誰にも言うわけにはいかなくて」


 魔花に触手っぽいものはあっても、あくまで植物だからぎりぎりセーフ。

 でも、本物の触手は魔物で、ひとを襲い、討伐対象のモノ。

 魔物という括りのため、触手=よくないものという認識で、物語に出てくるとしても敵役ばかり。

 前世で大喜びで読んだり見たりしていたものも、ここではまったく手に入らない。


 だから、それっぽい植物と、前世の記憶がすべてだった。


「──では、魔花を育てていたのは」

「はい。言葉はよくないですが、代用ですね」


 魔法世界だしワンチャン、と下心含めて集めた植物たち。

 でも育ててみても、いわゆる触手モノのお約束、意思を持つように動くわけじゃない。

 育てているうちにかわいく見えたし、いらないモノ扱いが自分と重なったのも本当のことだ。

 そんなことを訥々語ると、シルス様は一応納得してくれたらしい。


「あの、これからも、こうしてお話ししてくれますか?」


 私にとっての今日の本題はここだ。

 机の下でぎゅっと拳をにぎりしめて、仕切り布のむこうのシルエットを見つめる。


「これからも……私と?」

「はい。シルス様が喋らないかぎり、私からシルス様の触手については言いません」


 だって、見せろって要求に感じてしまうだろうから。

 いや本音を漏らしていいならめちゃくちゃ見たいし触りたいしなんならちょっと絡めてもらいたいけど!

 これを正直に話したらいくらなんでもドン引きでしょう、私にだってそれくらいの理性はあるわ。


「でも、お話はしたいです。ラフレシアの今後の成長をどうするかも一緒に考えたいですし、普段のなにげないことも、たくさん」


 今までだってシルス様との会話は楽しかった。

 はじめてまともに対話してくれた異性だから、と言われればそれまでだけど。

 同性の友人とは違う話題、豊富な知識、抜群の気遣い、──これらがイケボにのってやってくるのだ。

 おまけに、今は見えなくても、大好きな触手まで持ちあわせている。

 これはもう、私にとっては萌えのパーフェクトだ!


「あなたは、本当に……私が気持ち悪くないのだな」

「ええ、まったく、少しも! シルス様は複雑かもしれませんが、私、本当に触手萌えですから!」


 いけない。ちょっと早口になってしまった。

 しかもちょっと前のめりに。慌てて椅子を引いて誤魔化そうとする。

 シルス様はあきれたのか、数秒固まっていたが、やがて吹きだした。


「──どうやら、真実のようだな」

「はい、本当です。実家の使用人にも、この趣味だけはついていけない、って言われました」


 普通の反応なんだけど、同好の士はいないのか、とへこんだものだ。

 その手の話をできる味方がいれば、と何度願ったことか。

 シルス様はむしろ疎んでいるから、萌えトークできないのが残念だ。

 ……でも、実際、自分の身体から触手が生えていたら、やったーとはならないかも。

 萌え的には見たい、さわりたい、絡まれたい、であって、自分自身じゃねぇ……

 でも、触手への解像度が上がったと考えると、これはこれで悪くない。


「私はこの身体を呪わしく思っているが──少なくとも、あなたの趣味は信じよう」


 呪わしい、と口にしたわりに、口調は暗くない。

 それが身勝手とは思いつつ、嬉しかった。


「私も、あなたと話す時間を続けたいと願っていた。まだ姿は見せられないが──それでも、いいだろうか?」


 遠慮がちな声音に、触手にはしゃいでいた心が静かになる。

 過去に何度、シルス様は、断られてきたのだろう。

 こうして問いかけるのにも、きっとものすごく勇気が必要なはず。


「勿論です! 嬉しいです、シルス様」


 だから私は精一杯の笑顔と勢いで、食い気味に快諾した。

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