14:共生相手
それからも、日常に変化はない。
午前中に仕事を手伝わせてもらって、午後は温室へ。
シルス様のラフレシアにも、再び魔力を流しだしたらしい。
なので今は茎が伸びつつある状態。
また同じようになるなら、安全を確保した状態で見たいし、できればちょっと絡まってほしい……
二度と夜間の一人歩きは許しません、て言われてるけど、それって誰かと一緒ならいいってことよね?
すくすく成長しているシルス様のラフレシア、開花の時は絶対見たいわ。
それに対して私のほうのラフレシアは茎が伸びてない。
……でも、うまく伸びたら同じようになる可能性があるってことよね?
自分の魔力なら、暴走しても抑えられるはず! と閃いた私は、毎日、あの夜のラフレシアを思いだしながら、ああなれ、ああなれ~と念じて魔力を送っている。
……結果は芳しくない、なぜなの。
それから、シルス様の書斎にも毎日お邪魔している。
姿は仕切り布越しのまま、少しずつ、生い立ちなんかを話しはじめてくれた。
シルス様の話ばかりもフェアじゃないので、私の子供のころの話もしている。
生まれた時は、触手の特徴はなかったらしい。
だから同じくらいの貴族の少年たちと遊んだりもしていた。
今でも交流のあるひとたちは、そのころからのつきあいなのだとか。
ところが、魔力の体系が定まるころに、身体から触手が生えてきた。
調べたところ、かつての時代に、そういう種族と子供をなしたらしい記録があったという。
なんと私にも見せてくれた祖先の手記に、たしかに記述があった。
──かつてあった、魔物たちの大増殖。
殲滅するための力を欲した貴族たちは、同じ志を持つ善き魔物と手を組んだ、とされている。
魔物とひととのカップルもでき、そうして生まれた子供たちは魔力も強く、かれらによって未曾有の危機は回避された。
……というのは、誰でも知っている話で、歴史上の事実でもある。
ただ、魔物と本当に心を通わせて子供をつくったのかどうかは、疑わしいけどね。
おそらく、シルス様の祖先にあたる魔物は、私が夢に見た触手そのものだったんだろう。
その存在と、愛を育む……
……私だったら喜んで! だけど、普通の貴族令嬢だったらかなり難しいと思う。
シルス様の場合はいわゆる隔世遺伝とか、先祖返りと呼ばれるものだろう。
それがよりによって、イメージの悪い触手だったから、人前に出られなくなってしまった。
ご両親も相次いで亡くなったと低い声で呟いていた。
──どうか、病死であってほしいが、確認する勇気はない。
「昔の日記には、怪我の治療に役立つ能力、とありますね」
「ああ、王宮にも記述が残っていたようで、今の仕事に就くことになった」
触手モノのお約束として、意識を朦朧とさせたり、痛みを感じなくさせたりがあるわよね。
つまり、麻酔的な使用ができる。これは医療からすると非情に強い能力だ。
研究内容が自分の身体だったとは予想の範囲外だけど……
シルス様の背後には扉があり、書斎の奥は実験室みたいになってるんだとか。
「でも、特別な力といっても、むやみに使えませんよね」
だって身体の一部なのよ。
触手の体液を採取するとなると、要するに献血みたいな感じ?
大部分がひとの姿のシルス様には、かなり負担がかかるのじゃないかしら。
「そうだな、昔は切り落としてみたりもしたのだが……」
「えぇ!? そんな勿体ないし痛そうな……今は平気なんですか?」
触手を切って倒すシーンは見るけど、だって身体から生えているのよね?
腕を一本切断するようなものじゃないの?
あわあわと声をあげると、小さく笑ったらしい、今、笑うところだった……?
身動きもしたのか、衣擦れに混ざって、またべつの音。おそらく繊毛の音だろう。
さわりとした小さなものだけど、それが逆に現実の触手だと心が躍ってしまう。
袖口から小さな触手たちが動いている状況を想像しただけで、おかわりできちゃうわ。
「当時もそこまで痛くなかったし、今も問題ない、ありがとう」
不随意に動くことを止められないらしく、意思はあまり感じないが、共生が近いらしい。
感覚も共有しているが、完全に同調しているわけでもない。
しかも切り落としてみたら、回復するためにと魔力を消費しまくり、シルス様も体調を崩した。
おまけに切る前より大きくなって逆効果となり、排除するのはあきらめた。
「切断したものを調べてもらったが、単体では存在できなかった」
なるほど。植物のように植えることもできず、生かして溶液を定期的に採取もできないと。
麻酔薬自体はとても便利だから、シルス様は負担のない程度に体液を薬に加工しているらしい。
触手から体液が出るところ、すっごく見たい……じゃなくて。
「治療薬の中でも高額ですけど、そういう理由だったんですね」
使わなければ危険だという場合以外、麻酔薬は余計に治療費を払わないと使わせてもらえない。
生産できる量が少ないから、おいそれと使えない裏事情があったわけだ。
残念というかよかったというか、私は大怪我も大病も、今世では無縁だから、利用したことはない。
「中味が私の体液だと知ったら、卒倒されそうだがな」
「私だったら大喜びですよ!」
自嘲気味なシルス様にうっかりかぶせてしまった。
あの時もシルス様の触手には支えてもらっただけで、体液は見ていない。
必要な場合だけ分泌されるんだろう。
当たり前だけど、無尽蔵なわけじゃないでしょうしね。
「そもそも、医薬品でも装飾品でも、原材料を知れば驚くものはたくさんあります」
医療だったら青カビかしら? あと、この世界にあるかは知らないけど、マムシ酒やらとか。
貴族の間で大人気の毛皮の材料は魔物だって聞くし、貝の魔物が持つ外殻は、装備としてもアクセサリーとしても評価が高い。
知らないほうが幸せ、ってやつよね。
「大切なのは、どういう効果をもたらすかだと思います。シルス様の力は、とても役立つ素晴らしいものです」
盲腸の手術とか、やったかどうか記憶にないけど、ああいうのを麻酔なしでなんて……想像しただけで無理。
でもシルス様の触手からとった麻酔があれば、患者の負担が軽減される。
原材料がどうのこうの言える状況じゃないし、そんなことのたまうのは贅沢だろう。
……あ、でも、シルス様にとって嫌なものなんだから、褒めちぎるのはまずかったわ。
「すみません、つい……」
「どうして謝るんだ? あなたの発言は間違っていない」
間違ってなくても、触手萌えを押しつけるのはマナー違反だ。
触手って単語を使っていなくても、ちょっと語りすぎた。
自分の萌えは、他人の地雷になることもあるし、この場合、地雷どころじゃない。
「おぞましい見た目だとは思っているが、あなたの言う通り、これで救えた命もある。それは、承知している」
だからこそ、一部のひとたちはシルス様には結婚してもらい、……ぶっちゃければ子供をつくって、能力を引き継いでほしいわけだ。
今のところ子供をつくる気はないとのことだけど、優しいシルス様は、救うことには積極的だ。
「……でも、私も、当事者じゃないから、好きだと叫べるところもあると思います」
もし、自分の身体から触手が生えていたら。
妄想だけならやったー! ってなる。
でも、そうなったら父がどうしていたか、考えると恐ろしい。
気持ち悪いと蔑んで、人間扱いしないで、でも能力は有用だからと、モノのように使われただろう。
想像したら、無邪気に萌えてる自分が恥ずかしくなってきた。
でもやっぱり触手は好きだし……
「私には、それがありがたい。テンタリッサ嬢は、そのままでいてくれ」
……や、優しすぎる。
暗い室内に後光が差している気がした。
尊い……とうっかり拝みそうになるが、この世界では通じない。我慢だわ。
私が本当に喜ぶと確信できたからか、徐々にシルス様は自分の触手について教えてくれるようになった。
勝手気まま、自由な触手は、いたずらっこのようにやらかすことが多く、面白い話が多くて。
一緒に聞く昔話と合わせて、今日はどんな話なのか、わくわくする日が続いた。




