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14/22

14:共生相手

 それからも、日常に変化はない。

 午前中に仕事を手伝わせてもらって、午後は温室へ。

 シルス様のラフレシアにも、再び魔力を流しだしたらしい。

 なので今は茎が伸びつつある状態。

 また同じようになるなら、安全を確保した状態で見たいし、できればちょっと絡まってほしい……

 二度と夜間の一人歩きは許しません、て言われてるけど、それって誰かと一緒ならいいってことよね?

 すくすく成長しているシルス様のラフレシア、開花の時は絶対見たいわ。


 それに対して私のほうのラフレシアは茎が伸びてない。

 ……でも、うまく伸びたら同じようになる可能性があるってことよね?

 自分の魔力なら、暴走しても抑えられるはず! と閃いた私は、毎日、あの夜のラフレシアを思いだしながら、ああなれ、ああなれ~と念じて魔力を送っている。

 ……結果は芳しくない、なぜなの。


 それから、シルス様の書斎にも毎日お邪魔している。

 姿は仕切り布越しのまま、少しずつ、生い立ちなんかを話しはじめてくれた。

 シルス様の話ばかりもフェアじゃないので、私の子供のころの話もしている。


 生まれた時は、触手の特徴はなかったらしい。

 だから同じくらいの貴族の少年たちと遊んだりもしていた。

 今でも交流のあるひとたちは、そのころからのつきあいなのだとか。


 ところが、魔力の体系が定まるころに、身体から触手が生えてきた。

 調べたところ、かつての時代に、そういう種族と子供をなしたらしい記録があったという。

 なんと私にも見せてくれた祖先の手記に、たしかに記述があった。


 ──かつてあった、魔物たちの大増殖。

 殲滅するための力を欲した貴族たちは、同じ志を持つ善き魔物と手を組んだ、とされている。

 魔物とひととのカップルもでき、そうして生まれた子供たちは魔力も強く、かれらによって未曾有の危機は回避された。


 ……というのは、誰でも知っている話で、歴史上の事実でもある。

 ただ、魔物と本当に心を通わせて子供をつくったのかどうかは、疑わしいけどね。


 おそらく、シルス様の祖先にあたる魔物は、私が夢に見た触手そのものだったんだろう。

 その存在と、愛を育む……

 ……私だったら喜んで! だけど、普通の貴族令嬢だったらかなり難しいと思う。


 シルス様の場合はいわゆる隔世遺伝とか、先祖返りと呼ばれるものだろう。

 それがよりによって、イメージの悪い触手だったから、人前に出られなくなってしまった。

 ご両親も相次いで亡くなったと低い声で呟いていた。

 ──どうか、病死であってほしいが、確認する勇気はない。


「昔の日記には、怪我の治療に役立つ能力、とありますね」

「ああ、王宮にも記述が残っていたようで、今の仕事に就くことになった」


 触手モノのお約束として、意識を朦朧とさせたり、痛みを感じなくさせたりがあるわよね。

 つまり、麻酔的な使用ができる。これは医療からすると非情に強い能力だ。

 研究内容が自分の身体だったとは予想の範囲外だけど……

 シルス様の背後には扉があり、書斎の奥は実験室みたいになってるんだとか。


「でも、特別な力といっても、むやみに使えませんよね」


 だって身体の一部なのよ。

 触手の体液を採取するとなると、要するに献血みたいな感じ?

 大部分がひとの姿のシルス様には、かなり負担がかかるのじゃないかしら。


「そうだな、昔は切り落としてみたりもしたのだが……」

「えぇ!? そんな勿体ないし痛そうな……今は平気なんですか?」


 触手を切って倒すシーンは見るけど、だって身体から生えているのよね?

 腕を一本切断するようなものじゃないの?

 あわあわと声をあげると、小さく笑ったらしい、今、笑うところだった……?

 身動きもしたのか、衣擦れに混ざって、またべつの音。おそらく繊毛の音だろう。

 さわりとした小さなものだけど、それが逆に現実の触手だと心が躍ってしまう。

 袖口から小さな触手たちが動いている状況を想像しただけで、おかわりできちゃうわ。


「当時もそこまで痛くなかったし、今も問題ない、ありがとう」


 不随意に動くことを止められないらしく、意思はあまり感じないが、共生が近いらしい。

 感覚も共有しているが、完全に同調しているわけでもない。

 しかも切り落としてみたら、回復するためにと魔力を消費しまくり、シルス様も体調を崩した。

 おまけに切る前より大きくなって逆効果となり、排除するのはあきらめた。


「切断したものを調べてもらったが、単体では存在できなかった」


 なるほど。植物のように植えることもできず、生かして溶液を定期的に採取もできないと。

 麻酔薬自体はとても便利だから、シルス様は負担のない程度に体液を薬に加工しているらしい。

 触手から体液が出るところ、すっごく見たい……じゃなくて。


「治療薬の中でも高額ですけど、そういう理由だったんですね」


 使わなければ危険だという場合以外、麻酔薬は余計に治療費を払わないと使わせてもらえない。

 生産できる量が少ないから、おいそれと使えない裏事情があったわけだ。

 残念というかよかったというか、私は大怪我も大病も、今世では無縁だから、利用したことはない。


「中味が私の体液だと知ったら、卒倒されそうだがな」

「私だったら大喜びですよ!」


 自嘲気味なシルス様にうっかりかぶせてしまった。

 あの時もシルス様の触手には支えてもらっただけで、体液は見ていない。

 必要な場合だけ分泌されるんだろう。

 当たり前だけど、無尽蔵なわけじゃないでしょうしね。


「そもそも、医薬品でも装飾品でも、原材料を知れば驚くものはたくさんあります」


 医療だったら青カビかしら? あと、この世界にあるかは知らないけど、マムシ酒やらとか。

 貴族の間で大人気の毛皮の材料は魔物だって聞くし、貝の魔物が持つ外殻は、装備としてもアクセサリーとしても評価が高い。

 知らないほうが幸せ、ってやつよね。


「大切なのは、どういう効果をもたらすかだと思います。シルス様の力は、とても役立つ素晴らしいものです」


 盲腸の手術とか、やったかどうか記憶にないけど、ああいうのを麻酔なしでなんて……想像しただけで無理。

 でもシルス様の触手からとった麻酔があれば、患者の負担が軽減される。

 原材料がどうのこうの言える状況じゃないし、そんなことのたまうのは贅沢だろう。

 ……あ、でも、シルス様にとって嫌なものなんだから、褒めちぎるのはまずかったわ。


「すみません、つい……」

「どうして謝るんだ? あなたの発言は間違っていない」


 間違ってなくても、触手萌えを押しつけるのはマナー違反だ。

 触手って単語を使っていなくても、ちょっと語りすぎた。

 自分の萌えは、他人の地雷になることもあるし、この場合、地雷どころじゃない。


「おぞましい見た目だとは思っているが、あなたの言う通り、これで救えた命もある。それは、承知している」


 だからこそ、一部のひとたちはシルス様には結婚してもらい、……ぶっちゃければ子供をつくって、能力を引き継いでほしいわけだ。

 今のところ子供をつくる気はないとのことだけど、優しいシルス様は、救うことには積極的だ。


「……でも、私も、当事者じゃないから、好きだと叫べるところもあると思います」


 もし、自分の身体から触手が生えていたら。

 妄想だけならやったー! ってなる。

 でも、そうなったら父がどうしていたか、考えると恐ろしい。

 気持ち悪いと蔑んで、人間扱いしないで、でも能力は有用だからと、モノのように使われただろう。

 想像したら、無邪気に萌えてる自分が恥ずかしくなってきた。

 でもやっぱり触手は好きだし……


「私には、それがありがたい。テンタリッサ嬢は、そのままでいてくれ」


 ……や、優しすぎる。

 暗い室内に後光が差している気がした。

 尊い……とうっかり拝みそうになるが、この世界では通じない。我慢だわ。


 私が本当に喜ぶと確信できたからか、徐々にシルス様は自分の触手について教えてくれるようになった。

 勝手気まま、自由な触手は、いたずらっこのようにやらかすことが多く、面白い話が多くて。

 一緒に聞く昔話と合わせて、今日はどんな話なのか、わくわくする日が続いた。

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